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「文章は、正しいテンポで読むときにだけ、理解することができる」
(ヴィトゲンシュタイン 「反哲学的断章」)
まさにそうだと思います。
現代の流行作家のほとんどは、早いテンポ、たとえば電車の中で読むのにはちょうどいい。
でもじっくりゆっくり読み返しながら読もうとしても、あまり意味がなかったりすることもある。
古典といわれる作品は、逆にじっくり読まないと、表面的な部分しか見えなくて、本当の面白さを感じなかったりする。
文章には、読むにふさわしいテンポがある。
でもこれって、色んな分野で言えるよね。
映画もそうだろうし、絵画とかもそうかもしれない。
僕は旅が好きだけど、じっくり歩いて回った時にはものすごく感動したのに、同じところを車で回ると、あれって思うほどつまらなかったという経験を何度もしている。
だから、いくら安くても
「北海道一周5日間の旅」とか、「利尻、礼文、1泊二日の旅」
なんてのは、愚の骨頂だと思うんだよね。
街もそうで、ゆっくり歩かないとその面白さがわからない街が面白い。
今散歩ブームだけど、そうゆうゆっくりじっくり街を楽しむ面白さが認められて来ているんでしょうね。
地方の、たとえば、仙台にしても、盛岡にしても、青森にしても、札幌にしても、車移動を前提に街が作られている気がして、ゆっくり歩いて回ると、意外とそれほど面白みがわかない街ってある。(もちろん街って広いから、パーツパーツによって違うけど)
そうゆう意味では、東京って面白い。
練馬区も散歩に最高だし、文京区なんて面白すぎる。
北海道一周を5日間で回るより、練馬区をじっくり歩いて回った方が、絶対にそこから得られる感動は違うはずだと僕は思うよ。
そういえば、飲食店もそうだよなー。
ゆっくりじっくり楽しんだ方がいい店もあれば、
粋な寿司屋さんのように、食事が終わると、サッと帰るのが粋だったりする店もある。
その店の使い方のテンポを間違えるとその店の本来の良さを楽しめないのに、意外と、お店の方から、どうゆうテンポで楽しめる店なのか自己表現出来てない店も多く、案の定その店の使い方を間違ってしまってるお客様が入ってきて、コンセプトがぶれてしまってる店って結構多かったりするよね。
そういえば、深い話になるかもしれないけど、人間関係もテンポを間違えるとうまくいかないよね。
いわゆる学生ノリってあるじゃない?
あれって、親父世代には、どうにもついていけないんだよね。
でもその学生同士のノリのままで、親父世代に付き合おうとしてしまってる学生が結構いる。
で、それでは、うまくコミュニケーション出来なかったりしてしまうんだよね。
同じ世代同士でも、テンポが合わなくて、人間関係がうまくいかないケースは多い。
大切なのは、相手に合わせて、テンポを変えることなんだよね。相手に合わせて自分のテンポを変えると、
今まであまり仲良くなかった奴とも、急に仲良くなったりする。
いつも自分のテンポ、自分のリズムだけで生きていると、結局ごくごく限られた人としか心の交流ができなくて、結局孤独になったりする。
ウォーレンボックウインクルの名言はここでも生きてくるんだよね。
「相手がジルバを踊ればジルバを踊れ、相手がワルツを踊ればワルツを踊れ」
これがプロレスの基本中の基本なんだけどね。
今現在、人間関係(家族、友達、仕事仲間・・・)で苦しんでる人、孤独感を抱いてる人は、
誰かと対峙するときに、テンポを自分の方から、相手に合わせる努力をしてみるといいと思う。
劇的に変わるはずだからね。
歩いて回る浅草の街と、人力車に乗って回る浅草の街と、車で通る浅草の街が全く別物であるのと同じようにね。
自分は全く変わらないし、浅草の街も変わらないのに、それを見て回るテンポが変わるだけなのに、全く別物に成ってしまうんだよね。
人間関係もそれと同じだよね。
「文章は、正しいテンポで読むときにだけ、理解することができる」
そう、
「人間関係も、正しいテンポでつきあって初めて、お互いが理解できるようになる」
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