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信州上田の旅の二泊目は、上田駅近くで、長年営業している、
「上田温泉 ホテル祥園」に泊まったのですが、沢山の有名人も泊っているこ
の宿、なかなか快適でした。
さて、最終日三日目は、真田氏発祥の地、真田の郷に行きました。
まず向かったのは、長谷寺(ちょうこくじ)
真田幸村の祖父・幸隆が1547年に改ざんした古刹で、境内には幸隆夫婦と
真田昌幸のお墓があります。
ここは、初めて行きますが、いやー、なんというか、新緑の信州、昨日とは打
って変わっての晴天の中、これでもか!ってほど気持ちがいい天気で、まさに、「爽やか!」
と叫びたくなる風が吹き、僕の他に誰もいなくて、本当に気持ちの良い思いを
させていただきました。
気持ちよすぎるぞ!
真田幸村(信繁)は、大阪の陣にて大阪城で真田丸を築き奮戦しますが、49歳にて戦死。
一方徳川方についた長男信之は上田に帰りますが、その後真田は上田より松代(長野市)へ所領を移されます。
その際に、菩提寺であった長谷寺と住職も松代に真田氏とともに移りました。
その際に混同を避けるために同じ「音」の読み(ちょうこくじ)で一文字を変え、
『長国寺』を建立し真田氏の菩提寺としました。 とのことです。
ここは好きだなー。本当に良かったです。
その後、真田氏の居館跡である、真田御屋敷皇大神社へ。
ここは、中世の居館跡としての形態がほぼ完全に残っています。
社伝によると真田昌幸が砥石城に移るにあたって、この居館跡を保存す
るため伊勢神宮の御分霊をうつし祀ったと伝えられます。
つつじがもうすぐ本番を迎えるところでした。
そして、この旅の最後は、約15年前にも行っている、真田氏歴史館へ。
真田ゆかりの品々が沢山展示してあり、NHK大河ドラマ「真田太平記」で使
用された、忍者の武器や、真田父子の鎧が凄かったです。
今回の旅は、「真田太平記」を読みながらの旅だったので、しびれました。
いやー、真田というキラーコンテンツを持っている信州上田。
漫画アニメという超強烈なキラーコンテンツを持ちながらも全くそれを活かし
きっていない大泉学園をなんとか盛り上げたいと思っている僕としても、色々
勉強になる旅でした。
(終わり)
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上田城はいま長野県立上田高等学校になっていると思いますが、老父はその前身、旧制上田中学校の卒業であります。
戦後、試験が嫌で放火事件があって、予科練から復学した者が消火の指揮をして、それが水際立っていた、なんていう話を聞きました。
今でも校歌に
「関八州の精鋭を ここに挫きし英雄の 義心(こころ)のあとは今もなほ」という歌詞があったり、
応援歌に
「真田勇士の 血を継ぎし 上田健児の 底力」
とあったり、こういう歴史は羨ましいです。
このことである。
2019/6/2(日) 午後 8:01 [ S島 ]
さすが、凄い家系ですね!
やっぱり、真田という凄い人たちが出てきた土地には、何かありますね。
そしてその偉人たちをキチンと顕彰し、その精神を受け継いできた上田の人たちは、凄いものがあるなって思います。
偉人が出たところって、その偉人だけでなく、その後のその土地の人たちに大きな影響与えますね。
日本全体で考えても、日本の偉人を、いいかげん敗戦史観から抜け出して、もっとたたえて、日本人の素晴らしさをもっともっと見直さないといけないなと上田でも感じました。
2019/6/3(月) 午前 6:55