練馬区大泉学園・「もんじゃ焼きお好み焼き わらべ」のつぶやき

天候がいいので、バーベキューに行きたい!でもなかなか行けないって方、どうぞ手ぶらでわらべで「室内バーベキュー」をどうぞ。

好きな街、思い出の街

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かつてサラリーマン時代に、新潟長岡に長く住んでいたこともありました。

新幹線の駅からすぐ近くに寮があり、殿町の飲み屋街も近く、毎晩何軒も飲み歩いていましたね。

夏の長岡と言えば、花火大会ですが、花火をゆっくり見て、地元でそのあと飲み歩くのが楽しかったですね―。

長岡からは、海も、山も、温泉も近く、そして週末には新潟競馬場まで行くのも楽しみでした。

関屋記念はそのころの思い出が詰まってますね。

どうも飲み歩いた後、電車などで帰るのが苦手で、長岡のころは、歩いて帰れるところにいい飲み屋が沢山あるのがうれしかったです。

今も、大泉で、歩いて帰れるところで、沢山飲み歩いてますが、やっぱり飲み歩きは地元が一番ですね。


もう何年も長岡に行ってないなー。

本当に住みやすく、大好きな街でした。

最近は殿町も寂れてしまってるって聞くと悲しくなるけど、今どうなってるんだろうな。

僕が飲み歩いていた店もほとんどなくなってしまってるみたいだし。

毎年長岡の花火の時期になると、行きたくなってしまうんですよねー。

思い出の高千穂線

テレビ東京の土曜スペシャルで、廃線鉄道歩き旅というのをやっていた。

さすが土スペ。魅力的な企画どんどん出してきますね。


その中で、廃線となってる高千穂線を歩くたびをやっていました。

駅など大切に保存してたり、住民が鉄道をいかに身近に感じ、愛していたかがよくわかって、涙が出そうでした。


高千穂線は、僕も一回しか行ったことがないのですが、強烈な思い出があります。

大学生のころ、青春18きっぷで、電車を乗り継いでどこにもとまらずにどこまでいけるかを、時刻表とにらめっこしていて、0泊3日で、高千穂まで行けるのを発見しました。

で、車中2泊して高千穂まで行ったんですね。その時の思い出を強烈に覚えてます。


ふらふらになってたどり着いた高千穂では、ユースホステル界では超有名な、キチガイユース(使ってはいけない言葉に今はなってるのかもしれませんが、当時はこれで言い慣わされていました。)、高千穂ユースに泊ったんですね。


高千穂ユースには、1泊の予定だったのですが、まー噂にたがわぬ強烈なユースで、気が付いたら何泊か泊っていましたね。

その時紹介されて行った、延岡の「たこはち(だったと思う・・・)」という居酒屋もすさまじく強烈で、一生の思い出となっております。


あー高千穂ユース、そしてたこはちは、まだあるのかな??たこはちはもうさすがにないだろうな。


その当時は、まだ神話の世界にはあまり興味なかったので、今は神話旅としてまた是非いつか高千穂には行きたいと思います。


高千穂線の廃線の跡めぐり・・・・、魅力ありすぎだなー。
旅好きの僕もなかなか旅に出る時間がなく、うずうずしてますが、
 
先日テレビで見て猛烈に行ってみたくなったところがあります。
 
 
それが長崎県五島列島の小値賀島。
 
 
学生のころ、五島列島の福江島には何度も行き、まさに僕の人生を変えてくれた島なんですが、五島列島に行くと、他の島にも行きたい行きたいと思いながらも、福江の魅力から逃れられず、他の島には行ったことがないんですよ。
 
 
小値賀島、あーめちゃめちゃ行きたい。
 
 
民家に泊まりたい。
 
 
無人島野崎島にも行きたい。
 
 
あー行きたい!
 
 
すげー行きたい!
 
 
あーもう行くしかないか!
 
 
よーし・・・・行く・・・・・一体いつ行けるんだ!!!

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北海道の北のはずれ、礼文島には、何度も行った。

本当に思い出いっぱいの大好きな島です。

海と、高山植物咲き乱れる美しい島。


書きたいことは山ほどあるけど、

やっぱり、この島で一番思い出に残ってるのは、港での、船の別れだね。


旅先で出会った、一緒に島を歩いた仲間を見送るのが、この島の大きな名物となってる。

大きな声で、涙を流しながらテープを投げて見送るシーンが、毎日のように繰り返されている。


そこには、島の人が、この島を離れる、本当にドラマチックな別れもあれば、

旅行でたまたま来た人が、帰っていく日常的な別れもある。

でも、どうゆう別れであっても、

この島での別れは、感動的で、何かを思い出させてくれて、思わず胸がジーンとなり、涙が流れる。



日々の生活で疲れ、感動に乏しくなった人も、この島での見送りのシーンを体験すれば、きっと、心のどこかに置き忘れていた感動がふつふつと蘇ってくるはず。


思えば、昭和は、電車の別れにしろ、船の別れにしろ、感動がたくさんあった。別れがドラマチックだった。


別れは、それで終わりではない、心に残る別れは、その人の思い出として、一生の宝ものになる。


僕はお店でも、従業員に、一番大切なのは、「出会いと別れ」


途中多少のんびりしていても、お客様を出迎える瞬間と、会計が終わってお帰りになる瞬間は大切にしなさいと教えている。

自分でいろんなお店に行っても、やっぱり、出会いと別れをしっかりやってる店は、印象に残る。


今、平成の世、別れがドラマチックでなくなりつつあるのではないだろうか?


別れても、携帯電話で、すぐに連絡がついてしまう・・・・


便利だけど、俺はつまらないな。


卒業しても、メールとかでつながってる。


だから、別れが、本当の別れになってない。


でも、本当の別れのドラマチックな思いを知らない世代には、ぜひ礼文島での、船での別れを経験してほしいと思う。


「出会いと別れ」



出会い方のじょうずな人、別れ方が上手な人、出会いと別れを大切にしている人は、人間としての魅力が大きいと思う。


この島は、僕に、「出会いと別れ」の大切さを教えてくれた、本当に感謝感謝の島なんです。

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松本市をぶらぶらしていて、開智学校があることを発見。

テレビなどでは何度か見たことがあったが、そうだ、そういえば松本市だったんだ。

もう閉館時間まで30分ほどしか時間がなかったのですが、是非見学したいと思い行ってきました。

この旧開智学校は、明治6年(1873年Z)に開校され、昭和38年僕が生まれた年まで現役として90年間使われたという日本で最も古い小学校のひとつです。

かつては女鳥羽川沿いにあったものを、現在はとなりに今現役の開智小学校のあるところに博物館として公開されてます。

かつての教育の様子や、教科書など、沢山の資料が展示されてますが、今教育基本法の改正問題が議論されてますが、改めて教育の大切さを思い知らされた想いがしました。

当時この建物をつくるのに、補助金などなく、巨額の工事費のほとんどを松本町全住民の寄付によって作ったといいます。

市民の教育に掛ける想いが伝わるなんとも厳粛な思いにさせられました。

教育とは何か。教育はいかに行うべきか。

色々と考えさせられる、明治の人たちの気持ちが伝わる素晴らしい施設でした。


ありがとう!

転載元転載元: 練馬区大泉学園・もんじゃ屋「わらべ」のつぶやき

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