|
そういえば、20代のはじめの頃、僕は本当に人を救えると勘違いをしていた。 自信がない反動で、そのようなことを思っていたのだ。 若い頃の口というのは、軽く、恐れも現実も何も知らない。 そんな僕を本気で叱ってくれた人がいる。 その人がいなければ、ずっと勘違いさんで居たことだろう。 いや、今でもお調子者的な部分があるので、その人から言われた言葉を時折思い出す。 僕は何度も恋をしてきたし、その度に相手にその時の精一杯で向かってきたつもりだ。 もちろん、救えるなどとは思わず、相手をなんとかしたい、幸せな時間を少しでも過ごしてほしいから。 でも、そのどれもが、短い時間で終焉を迎え、その度に傷ついてきた。 それ以上に、中途半端な気持ちや行動をしてきた今までは、たくさんの人を傷つけただろう。 最近、恋愛に限らず、人との関係について考えが変わってきた。 さっき、食器を洗いながら、考えていたのだけど、何も問題のない人などいないのだ。 でも、大切な人が何かの問題に直面していて、それに立ち向かおうとしているとき、何ができる? 傍につきっきりで、何かしてあげることだろうか。 いつも気にかけてあげるという、目には見えない曖昧な優しさだろうか。 どんなことがあっても、守って、支えてあげたいという強い意志だろうか。 僕は、そのどれもが、必要だとは思うが、今は少し違った気持ちをもっている。 相手に対して、それがどんな人間関係でも、できることや、関わり方というのは、期間によって変わってくる。 長期的に一緒にいないとできない、実現できない類のこと、その時折でできること。 今までの恋愛では、僕は、その時折のことしか考えられず、長いスパンで見てないから、すぐに終わっていた。 友人関係でもそうだ。 深い話、心理や、社会の情勢、自己の意見まで踏み行って、話をできたような人、本音の付き合いができた人はどれだけいるだろう。 将来の、叶えるのも難しいと周囲に言われるような夢を現実に変えられるような、話が真剣にできた人はいただろうか? 僕は、今は付き合いがないが、そのような貴重な関係を持てた友人がいる。 だいたい、そのような関係の人は、本気のぶつかり合いなので、離れたり、くっついたりする。 もう、足掛け、10年ほどってのもいる。 尊敬しているし、僕の人生にとって、居なくてはならない人たちだ。 僕が本当の意味で恋愛をして、将来一緒にいられるひとと幸せに過ごすには、前の僕では駄目だ。 どうにかしてあげたいとか、幸せにしてあげたいでなく、一緒に。 そういう概念がなかった今までとは、これからは、180度以上違った展開が待っているだろう。 このブログの最初のほうで、理解者、理解者と連呼していたが、そう言う前に、僕自身を理解していなかった。 そういう事を、自分に真剣に向きあって、もがいて、必死に生きている素晴らしい人から学んだ。 その人のようになれたらと思うし、その人との関係がずっと続いて、いい未来を一緒に見られたらと思う。 僕の周りに、魅力的な人たちが多いのは、きっと、自分がなんにもできないダメダメちゃんだからだと思う。 素敵な人達を見て、学んで、少しはマシになるように、そういう意味では運がいいようだ。 その運を無駄にしないよう、身近な人を大切に、自分をよく理解して、優しくあれたら、と切に思う。 ※自分の素敵な所を、よくよく見てるのは、周りの人かもしれません。 みんな照れ屋で言わないだけで、知っているはずです。 自分が嫌いになったり、落ち込んだりする人は、それだけ自分に向き合ってる人です。 そんな人が魅力的でない理由があれば、不思議でならない。 一番の優しさの表現方法って何なんだろう。 僕はそれを知らないから、まだわからないから、たくさんの経験と、時間を過ごすのかもしれません。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


