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祖父が入院をして、おそらくすぐ退院できるらしいが、守るという事を考えていた。 入院した日には、僕はダウンしていて、翌日にお見舞いへ行った。 気持ち良さそうに眠っていたけど、ちょっと声をかけてみる。 「おぉ、きてくれたかぁ〜。」 無防備に、僕を受け入れてくれる、そんな祖父の目を見て、いつも救われる。 それからしばらくの間、二人きりだったんだけど、涙もろくなってしまう。 なんでも、田舎の事を最近は思いだすようで、いつもは話さないような事まで、嬉しそうに話してた。 いつになっても、育った場所、懐かしむ人、そんなものはあるもので、二人、ノスタルジックな時間をすごした。 祖父の具合は、この数年で、かなり悪くなり、でも、僕が来ると元気に振舞ってくれた。 皆に対しても、たまにふざけてみせたり、ムードを作ってるようだ。 去年、母方の祖父がなくなり、僕はお見舞いも、葬式もでられなかった。 そんなのは、親戚で、ただ、僕一人だけ。 途中までいったけど、具合を悪くするのを恐れ、ひき返した。 自分の保身に走ってしまったし、何一つ、僕には守れないと実感した。 守るって言葉って、僕は人に、自分以外の大切な相手につかう、そんな言葉だと思う。 少し前だけど、母方の祖母を訪ねた。 仏壇の前で、僕は泣いてしまい、祖母もキッチンで泣いていた。 僕は何も、祖父が亡くなった事を悔やんだのではなく、違う意味で泣いていた。 祖母と話して、やはり、みんなには寂しいなどと言えないらしい。 僕ができる事など限られてるが、今できるのは、時折電話をしたり、元気な顔を見せることだ。 せめて、僕ができる限りの事をして、結果を見せたい。 守るってなんだろう。 僕が歳をとって、大切な人がいるとして、守れるだろうか。 今の夢が全てかなっても、これ以上、元気になる事はない。 瞬発力はあると思うけど、そのツケが酷くて、いつも具合を崩す。 できないことなど幾らでもあるし、言い方は悪いが、あきらめるなら、やめてしまえばいい。 せっかく、ギターが修理されて、バッチリになってるのに、そちらだけに注力できない。 別にアーティストになれるなんて、思ってはいないけど、一般人よりはうまくなりたい。 (今はまだ、下手です。でも、やめません。) たまに思う、僕が無趣味で、向上心0で、控えめだったら、生きてないなって。 母の日が近い。 スーパーで、ははのひありがとう。なんて、似顔絵の用紙が配布してあった。 僕は絵が下手だし、母に手紙をまともに、絵をつけてなんて出した事がない。 メールを受信拒否にしたり、電話をすぐ切ったり、そんな事までしてしまった。 どうしても、ふがいない感情を親という、安心できる相手にぶつけてしまっていた。 スーパーの帰り道、たぶんやらないけど、似顔絵を本気で書いて、母に贈ったらどうなるか。 そんな事を考えていたら、なんか幸せな気分になれた。 幼いころ、僕の周りの人たちは、そんなたくさんの幸せの種を蒔いてくれてたのかな。 そういえば、滅多に会わなかった祖父母も、よく荷物や、手紙をくれてた。 これからは、僕が、みんなを楽しませる番だ。 ※朝っぱらからですが、やはり書きたい内容なので。 僕の生活は、老人のそれと変わらないと、最近やっと自覚しました。 昔、24時間対応のホットラインをしてました。 夜中だろうと、朝だろうと、身だしなみをキッチリして、出かけたのを思いだします。 過去に書いた詩です。 祖父が亡くなったときに書きました。 よろしければ、よんでみてください。 |

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