高柳 和江のブログ

人生を幸せに生きるために、さあ、1日5回笑って、1日5回感動しよう!

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帝京平成大学で救急救命士を教えている小関一英教授の最後の授業に講演者として招かれた。小関教授は、私が日本医科大学医療管理学准教授でいたころの研究仲間だ。
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当時、医療の質が研究テーマだった。救命救急室に運ばれてきた患者の中で亡くなった人で、本当は助かってもよかったのではないかというpreventable death (防げた死)について、研究していた。
一般には、救命救急室に運ばれてきたら、あとは、そこの医師まかせ。
死んだら、運がわるかったね。生き残ったら、さすが、救命救急だと思う。
日本の救命救急のレベルは、超一流だ。国松庁長官が狙撃犯に腹部大動脈を打たれて、体の血液を3回も入れ変えるくらいの大量の輸血をして完全治癒されたのは驚きだった。しかも、最初の記者会見から助かると断言していた。現場を知る医師は無理でしょと思っていたのに。

当時から、米国では常にこうした医療の質についての自浄作用が行われていた。日本でも、検証してみようと、小関先生が働きかけて、3つの大学病院、数個の病院の救命救急室の医師たちが症例を持ち寄って検討したのだ。その激論たるや、はんぱじゃない。私が中立で仕切り役だった。

私は、外科医で、救命のことが分かっているとはいえ、救命救急の先生たちは過激だった。症例検討する中で、自殺してやっとの思いで救命した人が
び降り自殺した症例とか、心臓を包丁で一突き刺された人を助けられなか
たのは、preventable death (防げた死)だったとか、おっしゃる。
地方の病院で輸血が間にあわなかった例もpreventable death (防げた死)に分類された。
日本の(防げた死)は医師のレベルだけでなく、医療制度にも問題があったことがあぶりだされた。日本の救急医療の素晴らしさは切磋琢磨されて、それが、その後の、ドクターヘリの認可や大震災の時のDMAT(災害急性期に活動できる機動性を持った トレーニングを受けた医療チーム)などにつながったのだ。この研究会を主導していた小関教授が帝京平成大学で救急救命士の卵を教えていた。
熱血指導は続いていて、イケメンの体育会系の学生が、自分は片道2時間半かかって通っていますが無遅刻無欠席ですとか、今の政治情勢はとか、硬派の意見を述べて、今どきの若者で、こういう人がいるの?って、びっくりした。
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それは熱血教師の指導の成果だった。「できない奴は落とす、救命の現場はそんなに厳しいものだと、前期では52%の学生を落としたとか。
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私の、「笑医は感動の笑い」で「医療者は患者の真のニーズを知り、心の安全を」の講演をした。最期の授業は、小関教授の指導によるゼミの学生たちがケネディの就任演説からできた曲「Together」を熱唱して終わった。
「国が何をしてくれるかではなく、君が国のために何をするかだ」というケネディの言葉を最後にして。感動だった。
小関一英先生ご苦労様でした。
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