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必要あって前近代の辞書を使うことがあります。
一番よく使うのは『節用集』で、中でも易林本と称される慶長2年(1597)の版を使っています。
もちろん原本ではなくて、影印版(写真版)です。
それから『下学集(かがくしゅう)』で、その中で元和3年(1617)に刊行されたもの。
こちらも原本ではなく、影印版。
これは戦時中に岩波文庫の1冊にもなっていて、これを昔から愛用しています。
もうボロボロで何度も補修しているものですが、いろいろ書き入れているので、今や手放せない蔵書。
易林本『節用集』のほうも戦後2度ほど影印版が出ていますが、戦前に文庫本サイズのものが出ており、これも携帯に便利なので愛用しています。
このほかに『日葡辞書』を使いますが、邦訳が手もとにないので、これを使うときにはポルトガル語の辞書も併用しないといけないという煩雑さがあります。
でも非常に優れた辞書なので泣く泣く使っています。
これも戦後2度ほど影印版が出ています。
ところで、以前調べ物の必要から江戸後期〜明治期の辞書類を買い集めていたことがあります。
といっても全体数(いまだに把握できないくらい沢山あります)に比べて集めた数は大したものではありません。
ともかく、今日通行の国語辞典や漢和辞典同様、大同小異で系統的に把握することが困難でした。
この分野を研究している人はあまりいないようだから、ともかく図書館を経巡って、見られるものは見て、その帰りに神保町を歩いて回って未見の辞書を立ち読みしたり、買ったりする時期がありました。
画像にあげたのはそうして手に入れたものの主要なものです。
こういう実用書はどういう人が持っていたのだろうと気になるところですが、判然としません。
まあ普通に考えて身分の隔てなく、読み書きを必要とする職業の人、武家やお寺や神社や商家などの人が持っていたんでしょう。
今も昔も辞書は実用書だからボロボロになったら捨てられることになることが多かったでしょう。
今日でも中学校で使ってた英和辞典を社会人になっても後生大事に持っている人は少ないはず。
使いこんだものは古本屋に持込むこともできないから捨てることが多いですね。
幕末明治のありふれた辞書類も屑屋に持っていかれるか、燃やされるか、襖の裏打ちに使われるか、ともかく反故にされてしまったものが数多くあることでしょう。
そうした中でかろうじて百有余年を生きながらえた本なわけですから、大切に扱いたいものです。
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岩波書店から『邦訳日葡辞書』というのが出てますよ。
2011/11/6(日) 午前 2:31 [ 通りすがる乙女 ]
「手もとにない」というのは、高くて買えないから、必要なときは所蔵する図書館に出向かなくてはいけないということですw
邦訳版は、厳密に読むと、ときどき誤訳があります。
だから鵜呑みできません。
あるに越したことはありませんが、ちゃんと使うためには自分自身、批判的に読む能力を身に付けないといけないんだなと思います。
2011/11/6(日) 午前 9:59 [ 奈良漬 ]
ああ! これは失礼しました。とんでもない読み落としをしていました。なんとも申し訳ありません。どうぞお許しください。
邦訳の誤訳は、なにか傾向などありますでしょうか。
2011/11/7(月) 午後 9:53 [ 通りすがる乙女 ]
いえいえ、どうもお気になさらずwww
実は大学院時代、数年、『日葡辞書』読解の授業に出ておりまして、その時、手ほどきを受けました。
それが今でも続いている次第です。
誤訳の傾向ってあるんですかね。
そこまで読みこんでませんから分かりません…。
やはりどんなものでも、原典主義といいますか、まずは原典を確認しないと気が済まないところがありまして…。
その上で邦訳本とか翻刻本とかと見比べて答え合わせします。
その上で違いがあれば、どっちが正しいのか改めて検討することにしています。
2011/11/8(火) 午前 0:40 [ 奈良漬 ]