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合戦に臨むときの兵馬の配置、つまり陣形にはいくつかあります。
古典的には孫子や諸葛孔明の八陣が広く知られています。
魚麟・鶴翼・雁行・彎月・鉾矢・衡軛・長蛇・方円などが代表的なもの。
とりわけ魚麟と鶴翼は対として日本でも中世以来の文献にたびたび出てくる著名なものです。
魚麟はその名の通り、魚の鱗の形。
『源平盛衰記』には木曾義仲が粟津合戦において用いたことが記されています。
「魚の鱗をならべたるがごとし。
さきは細く、中、ふくらかにこそ立ちたりけれ」
凸
凸 凸 凸
凸 凸 凸 凸
凸
こんな感じ。
一方、鶴翼は鶴の翼を広げたような陣形です。
凸 凸
凸 凸
凸 凸
凸
こんな感じ。
魚麟は少数で突撃するのに適し、鶴翼は多数で敵を囲い込んで攻撃するのに適しています。
この陣形は日本の合戦の歴史の中で随所に見られたようです。
軍事史の専門ではないので、よくわかりませんが、こういうの調べてみるのも意外と面白いですね。
さて、僕の手もとに『鶴亀変化之業(きかく・へんげのわざ)』という写本があります。
窪田清音(くぼた・すがね/1791-1866)という幕末の兵学者の著述になります。
清音は数多くの著書を残しました。
『海戦布策』『海防或論』『教戦略記』『軍用一騎伝別伝』『剣法奥儀戦場秘授別伝』『剣法初学記』『刀味記』『野島流水軍古法抜書』『武教全書正解』『武術肝要集』『練兵弓砲規則』などなど枚挙にいとまがありません。
『国書総目録』によると、『鶴亀変化之業』は嘉永5年(1852)の写本が東京国立博物館に所蔵されています。
しかし著者名が記載されていません。
僕の本はそれに先んじること7年の弘化2年(1845)に清音が作ったものを文久4年(1864)に転写されたものです。
これを読むと、〈鶴亀〉という陣形は清音のオリジナルのようです。
ネーミングは〈魚麟〉〈鶴翼〉〈雁行〉のように動物を意識させるものなので、それらに示唆を得たものなのでしょう。
詳細は省きますが、図示されている陣形を画像に挙げておきます。
この陣形が実際に採用されたことはあったでしょうか。
幕末は各地で内戦があったわけですが、はたしてどうだったか、知りたいものです。
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陣形、興味深いですね。
ルーツとか知りたいものです。やはり、孫子の兵法になるんでしょうか。読もう読もうと思って未だ読めてないのです。
2010/8/2(月) 午後 9:28
鶴亀の陣形は先行文献にはないようです。
おそらく清音が独自に編んだものだろうと思います。
孫子は面白いですね。
日本でも中世から注釈書が作られてきました。
2010/8/3(火) 午前 8:35 [ 奈良漬 ]