穴あき日記〜奈良漬のブログ

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前回の記事で取り上げた妖狐玉藻の前は遡ると古代インドの天羅国にあって、皇太子班足太子(はんぞく・たいし)をそそのかして1000人の王の首を斬らせようとした塚の神でした。
班足太子については諸書に載っている著名な人物です。
たとえば室町時代の仏教説話集『三国伝記』には異伝が記されています。

 * * *

班足王は獅子の産んだ子である。
それゆえに血肉を好んで食べる。
ある時、良い肉がなかったので、料理人が奔走した末に死んだばかりの子どもの肉を料理に出した。
すると王は
「今日の肉は殊のほか美味であった。
 今後必ずこれを用意せよ」
と命じた。
以来、料理人は日々家々を回っては子どもをさらって食肉としたから民の嘆きは甚だしい。
そこで天羅国をとりまく1000の小国の王が兵を向かわせ班足王を捕えてしまった。
そうして嗜闍崛山(ぎっしゃくせん)という深山に流刑に処したのだった。

小国の王たちの思惑としては班足王をそこに棲む鬼神の餌食にするつもりだったのだが、かえって助けて鬼王に祀り上げてしまった。
そして王は鬼神たちと相談して1000の小国の王たちを退治してしようと企んだ。
復讐心もあったが、加えて、昔、外道から
「1000人の王を殺して鬼神に供えれば、1000度王位に昇ることができる」
と言われたことがあったからだ。
かくして鬼神を従えた班足王は小国の王たちを捕えるために空を翔けていった。

班足王ら鬼たちが捕えた王は計999人に及んだ。
あと一人は遠く万里の外にいる普明王(ふみょうおう)だけである。
普明王もまた鬼たちに捕えられたが、しかし班足王に命の大切さを説いた。
すると班足王は改心して1000人の王を故郷に帰し、自らは仏道に帰依したのだった。

 * * *

『玉藻の草紙』にみられる班足太子のエピソードとはかなり異なる内容になってますね。
こっちでは生まれながらに邪悪な人間という設定ですし、そもそも人の子ではなかったのでした。
太子でなくて王になってますし。
でも変わらないところは直前の999人の王と捕えるて1000人目の王の説得によって悪心を翻すことでしょうか。

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999と1000は、ここでも出てきましたね。
『一つ足りないというのは物語の設定として緊張感を与えるんでしょう』と『99とか999とかのほうが多大だという心理が働いているのかも知れません』とのことで、なるほど…と思いました。特に、隠された暗号のような意味はないのかもしれないなぁと、ちょっとガッカリかも…ですが…(^^)

こちらのお話は、室町時代の日本人が作ったものなのでしょうか?
もし、そうだとしたら、「班足王は獅子の産んだ子なので、邪悪な人間」という設定になっているということは、室町時代の人たちは、獅子には悪いイメージを持っていたということでしょうか…。たしか神社の入り口などに置いてあるのは、獅子の像だったように思いますので、獅子=邪悪という発想は、なんだか意外だなぁと思いました…。

2010/8/27(金) 午後 5:04 [ ゆら ]

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この話での鬼って幽霊のことでなくて、悪鬼羅刹のイメージなんでしょうかね。室町ならそういうイメージのほうが強そうですが。ここでの「外道」とは、道教や儒教のことでしょうか?

2010/8/27(金) 午後 8:44 [ カムイ ]

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>ゆらさん

隠された暗号みたいなので気付いたら、また紹介しますね。
文字の配列とか、また文字の濃淡とかで裏の意味を示そうとするものはありますけど。
個人的な好みからすれば、漢字を分解して別の意味を読みとるのはちょっとした謎々みたいで好きですけどね。

この話がどこまで遡るかちょっと調べてみないと分かりません。
すみません。
戦前に出た大日本仏教全書という叢書の収録されている本しか手もとにないもので・・・。
おそらく『仁王経』とは違う仏典の中に元の話があるかと想像します。
獅子のイメージは幅広いですね。
聖なるものとしての面もありますが、害獣としての面もあります。
日本人にとって獅子は想像上の動物ですので前者のケースが多いですけど、天竺(インド)においては野獣なので、仏典のなかで人間を襲う害獣として描かれることも多いのではないかと思います。

>カムイさん

その通りですね。
羅刹です。
「外道」はあくまで意訳でして、原文では「陀羅胎」と書いてあります。
手もとの仏教辞典には載ってないですorz

2010/8/27(金) 午後 11:13 [ 奈良漬 ]

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>隠された暗号みたいなので気付いたら、また紹介しますね。

ありがとうございます(^^)
『文字の配列とか、また文字の濃淡とかで裏の意味を示そうとするもの』とかは、あるのですね〜。『漢字を分解して別の意味を読みとる』というのは、なんだか複雑で、作者の方はよく書かれたなぁと思いました…。私には複雑すぎて、とても楽しめそうにありませんが…^^;

『大日本仏教全書』のシリーズというものがあるのですね。ちょっと興味がわき検索してみたのですが、ひょえ〜っ…あ、いえ、大変失礼いたしました。ずらっと載ってる写真を見ましたが、壮観な眺めでした…。調べていただきまして、ありがとうございました。こちらのなんでも載っていそうなシリーズ本に載っていないということは、ほとんど知られていないお話ということでしょうね。

獅子は、場所によって、いろいろイメージがあるのですね。獅子というのは、伝説上の動物のことだと思いますが、『天竺(インド)においては野獣』なのですね。

2010/8/28(土) 午後 5:11 [ ゆら ]

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奈良漬さん。丁寧な説明ありがとうございます。ふと、中国であった「破仏」のことを思い出しまして。もしかしたらそういうのを下敷きにして書いてあるのかなと思ったり。王をそそのかして、道教側が仏教の石窟を壊したとかいうのが中国は何回かありましたよね。

2010/8/28(土) 午後 9:01 [ カムイ ]

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>ゆらさん

漢字の分解というのは今でも取り上げられますよ。
「人という字はヒトとヒトとが支えあって(略)」というネタなどはご存じかと思いますが。

大日本仏教全書はさすがに読破していません。
拾い読みです。
現在流布している全書は黒い背表紙の大きなサイズの本ですけど、最初は持ち運びできる程度のサイズでした。
たぶん捜せば班足王の話は10や20は出てくるだろうと思います。

天竺だから野獣とは一概には言えないと思います。
日本にあってオオカミは野獣ですけど、その一方では三峰神社のように神として祀ることもあります。
狐も野獣ですが、一方では神の使者。
カラスもハトもヘビもサルもシカもなんでも多面性を持っていると思います。
獅子もまたしかりということでしょうね。

2010/8/29(日) 午前 0:33 [ 奈良漬 ]

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>カムイさん

古代インドの話ですから、たぶん、仏教と既存の在地宗教との確執がこのようなかたちで説話化されているのではないかなあと思います。
北陸のほうで一向宗と日蓮宗の信仰地域の境目について、蓮如上人と日蓮上人が相談して決めたという話となって伝わっています。
宗教的な話の場合mそうした社会背景が話の上ではキャラクター化されて現れてくるのかも知れません。

2010/8/29(日) 午前 0:34 [ 奈良漬 ]

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やはり、似たような話はインドにもあったのですね?こういう説話は、そういう意味では裏の意味がやはり隠されていますね。神仏習合のような形でその地域に仏教がなじむまでの紆余曲折が、インドにも中国にもあるということでしょうか。

2010/8/29(日) 午前 10:38 [ カムイ ]

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日本の守屋大臣の話もそうですが、やはり宗教の黎明期には既存の宗教との関係が説話に反映されることが多いんでしょうね。
『百喩経』などみると、仏教徒/非仏教徒が鮮明に示されてますが、中には天部のように古代インドの神々を仏教の大系の中に取り込んで位置づけていくこともおこなわれています。
日本でも排除するだけでなく、取り込むことはしばしば見られますね。
特に開山由来にはその山の神を守護神として祀り上げる過程があります。
比叡山における伝教大師の話など典型でしょう。

2010/8/29(日) 午前 10:57 [ 奈良漬 ]

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いろいろ教えていただき、ありがとうございます。

『多面性』ということが、全然頭になかったなぁと気がつきました。単純に考えてしまう癖をなんとかしなきゃ…と思います。…しょっちゅうそう思ってたりするのですが…^^;

ありがとうございました(^^)

2010/8/29(日) 午後 4:54 [ ゆら ]

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仏教側が、守護神として祀り上げるということは、無視できない宗教勢力であったわけですね。そうすると、無視できる既存宗教の神々は駆逐されたりもしたんだろうなと思います。もちろん仏教伝来以前にも神が神を駆逐することはあったと思います。

2010/8/29(日) 午後 6:48 [ カムイ ]

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仏教の布教にあたって、その優位性を理解させることが必要ですから、他の宗教を排除するような説話はインドにも日本にもけっこうありますね。
日本だととくに『日本霊異記』のような古いものに見られます。
中世にくだると、仏教は思想の基本になりますから、宗派ごとの対立が説話上に表れてきますね。

2010/8/30(月) 午前 0:27 [ 奈良漬 ]

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仏教が安泰になったぶん、内輪もめをするということでしょうか。いろいろ当時の人々や社会の思惑が見え隠れしますね(笑)

2010/8/30(月) 午後 10:58 [ カムイ ]

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基本的に仏教が思想の前提にあるので、仏教自体を相対化する発想がなくなってたんじゃないかと思います。
現代の政治家が民主主義を前提に、各政党色を出すのと同じようなものかと。

2010/8/31(火) 午前 0:31 [ 奈良漬 ]

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なるほど。そういうことですね。
あと、文献で残りやすいのは仏教という面もありますね。神道はあまり、文字であらわしたり、論理的に云々したがりませんから。で、地方の祭文なんかを見ると、かなり仏教用語で彩られていますから、こういう事実を見ても、かなり神仏習合の形ですし、その場合は形式の面(言葉など)では仏教のほうが前面にでてきますね。
形のある「仏教」と、形のない「神道」となると、どうしても仏教のほうが残りやすいという事実もありますね。

2010/8/31(火) 午前 8:43 [ カムイ ]

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神道は論理的な部分が弱いから仏教の思考法によって再解釈されていったのでしょう。
ある意味、仏教のおかげで神道は存命できたともいえます。
近世になってそれに対する反動がエネルギーとなって古神道の復興の運動が出てきたのですから。

中世や近世のあまり国学の影響を受けなかった地方の神社には祭文や祝詞に仏語が見られますね。
漢語もあまり抵抗なく使っているみたいです。
神に奏する厳かで格調ある文を読み上げる場合、和語ばかりよりも漢語を取りいれるほうがよいという意識も働いたのでしょう。

2010/8/31(火) 午前 9:23 [ 奈良漬 ]

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>神道は論理的な部分が弱いから仏教の思考法によって再解釈

同感です。なんとなくですが、あまり意識せずに仏教用語を取り入れているなあという感じですね。逆に考えると、現代の神社の神事などは元の形とは随分違うんだろうなあと思います。当時の人はあまり仏教云々とか考えていなくて、神道と仏教をもはや分けられないぐらいな形に混ぜていたのでしょうねえ。
伝統って言っていますけど、意外に小さな神社や地方の神社のほうが古式を保っていたりするのも痛快なところですね。

2010/8/31(火) 午前 11:12 [ カムイ ]

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古神道と復古神道の違いですね。
復古神道を基礎とする近代の神道がはたしてどれだけ仏教伝来以前の神道の形態をとどめ、また復活させたのか。
たぶん、専門に調べている人はいるでしょうけど、ちょっと分かりません。
古神道となると、もはや未知の領域ですね。
古いと分かっている部分は復古神道に取り込まれたでしょうけど、それは再創造であって、継承とは別物ではないかと思います。
中世の古楽器を使って当時の楽譜に則って演奏したからといって中世の演奏にはならないわけで、その環境や演奏者や心性が異なっているのですから真正なる中世音楽にはなりません。
同様に、祭儀は神を迎える準備から送るまでの全体が大切なのだとすれば、そのうちの一部を解明復できたからといって、古代の祭儀が再現できたということにはならないでしょう。
もっともむつかしいのは、古神道における神観念まで現代人の我々に同調できるのかということです。
それがなくて、形だけ完璧に再現したとて、ただの見世物に過ぎません。
だから古神道というのは一種の理想であって、実現不可能なもの。
それ自体が信仰の一形態だろうと思います。

2010/8/31(火) 午後 1:21 [ 奈良漬 ]


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