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九尾の狐として知られる妖狐玉藻の前は、近世以降、絵草子や芝居、錦絵など色々な媒体を通して広く浸透し、近代以降も妖怪の一種として知られています。
文芸作品では岡本綺堂『玉藻の前』があり、また先年それをマンガ化した波津彬子(なみつ・あきこ)『幻想綺帖2 玉藻の前』なども出ました。
ライトノベル『いぬかみっ!』(のちにマンガ化、アニメ化)の主人公ようこは、実は犬ではなく、九尾の狐(妖狐)だったというオチはよかったです。
ところが、玉藻の前は、古く、二本の尾をもつ古狐でした。
室町時代には大きな二尾の狐として描かれています。
お伽草子『玉藻の草紙』はこんな内容です。
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久寿元年(1154年)、鳥羽院の仙洞に才色兼備の玉藻の前という化女が現れた。
玉藻の前は内典・外典・世法・仏法あらゆる事に通じており、天皇をはじめ多くの公卿が種々の事を質問するも、すべて誤りなく答え、天皇の寵愛を得るに至る。
時に天皇が病に倒れ、陰陽師安倍安成はその原因が玉藻の前にあると勘進する。
安成が公卿簽儀の場で、玉藻の前の素性が下野那須野にいて、古く天竺天羅国(てんらこく)から渡ってきた妖狐であることを説く。
安成の申請により、太山府君の祭を執り行うことになり、玉藻の前に御幣取りを勤めさせる。
玉藻の前は祭なかばで出奔するが、安成の要請で討手を遣わすことになる。
弓の名手上総介・三浦介両名は院宣を給わり妖狐を追って、ついに討ち取る。
狐の体内から仏舎利入りの金の壺や光る玉、赤白の針などが出てくる。
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この物語は絵巻物や絵本に仕立てられ、室町以降、よく読まれました。
ところで手もとにもその伝本があるんですが、その奥書(おくがき・今で言う奥付)が誠に奇妙。
于時保元二年四月日権中納言重政
于時(ときに)保元2年(1157年)4月に権中納言(ごんのちゅうなごん)重政が書いたということのようです。
これは久寿元年から3年後のことです。
ところがこの当時の公卿の中に重政という人はいません。
しかも上総介、三浦介は千葉常胤・三浦義明という鎌倉の御家人で、時代も合いません。
どうやら偽物の奥書らしいです。
『玉藻の草紙』の伝本は20本近く伝来していますが、どれもこの奥書はありません。
一体、誰がこんな紛らわしい一文を加えたのか、気になるところです。
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ネットでは知ったかぶりで書いている人がいます。
わたしは調べて書いていると思い、信じてしまいました。
あとで違うと知り年号から調べなおしました。今はいくつも見ます。
権中納言重政という人もいると信じていた人が当時はいたのでしょうね。
2010/10/14(木) 午後 2:40 [ 答他伊奈 ]
こんにちは。
1157年というと保元の乱の翌年?と思い、ネットで1157年でちょっと検索してみたら、北条政子誕生の年と知り、へぇ…と思いました。関係ない話ですみません…。玉藻の前の物語は、だんだん話の内容がパワーアップしていったということでしょうか。昔から、陰陽師の物語のファンがいたのだなぁと思ったりしましたが…(^^)
奥書というのですか、『于時保元二年四月日権中納言重政』というこちらですが、陰陽師物語ということもあり、「ナゾ」と知ると、つい、わくわくしてしまいます…(^^)
ところで、こちらの写真の本ですが、きれいで読みやすい字で、ちょっとびっくりしました。昔のものは、読めないものばかり…と思ってたのですが、こういうものもあるのですね。
2010/10/14(木) 午後 3:43 [ ゆら ]
玉藻で思い出すのが、5年前観世栄夫さんを小豆島にお招きをして講演会を催したとき、チラシを扇子にしてご自分で吟じながら、玉藻の一幕を演じてくれました。
「能は能舞台だけでなく、いつでも、どこでもできなければなりません」と言っていた、今は亡き観世栄夫さんを思い出しました。
2010/10/14(木) 午後 11:16
>氷砂糖さん
ネットでは真偽の定かでないことが当たり前のように書かれます。
またウィキをそのまま流用して、あたかも自分のコメントのように書くものもあります。
ウソとホントが混沌としているから、結局、自力で判断せざるを得ないわけですね。
著名な人物の名を騙るのではなく、いたかどうか分からない人物の名を記すということは、そんな人もいたかもしれないという印象を与えるのではないかと思います。
これが平清盛とか源頼政とかの有名人だと、かえって不審がられるので、あえてちょっと調べた程度では分からないような人物を仕立てたのかなと疑ってます。
2010/10/14(木) 午後 11:33 [ 奈良漬 ]
お伽草子の『玉藻の草紙』は確かに妖狐vs陰陽師という図式が見られるんですよね。
玉藻ばかりがクローズアップされてますけど、この物語では陰陽師が玉藻の正体をあばき、それを追い立てる役割を担っていて、その経緯を語る場面が充実しています。
最終的には武士が討ち果たしますが、実際は陰陽師の働きは絶大です。
おっしゃるとおり、陰陽師物語といってもいい側面が大きいと思います。
2010/10/14(木) 午後 11:43 [ 奈良漬 ]
>testpilotさん
「能は能舞台だけでなく、いつでも、どこでもできなければなりません」
――至言だと思います。
「殺生石」は舞台で観たことないですけど、けっこうドラマティックな展開なので、楽しそうですね。
最近、DVDとかテレビで能を観るとき、一緒に謡ったり、舞ったりすると楽しいことを知りました。
以前は眠くて仕方なかったのですが・・・。
2010/10/15(金) 午前 0:04 [ 奈良漬 ]