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先日の記事で、室町時代の狸の短編物語『筆結物語』に出てくる遊女「星の前」の前の名が「他子(かりご)の命福(みょうぶ)」といったということに触れました。
http://blogs.yahoo.co.jp/warszawa11045/20005651.html
(命福は命婦の当て字が誤字でしょう)
で、このキャラクターが実は狐だったんじゃないかと想像しました。
狸と狐の婚姻説話となってるわけです。
ところで今日読んでた本に狐を示すらしい「命婦」が出てきましたのでちょっと紹介します。
『中世近世の禁裏の蔵書と古典学の研究―高松宮家伝来禁裏本を中心として― 研究調査報告1』という長いタイトルの報告書の中に、南北朝期の公家藤原家定という人の奏状が翻刻されています。
それにはこんなことが書かれています。
近衛亭には「変化(へんげ)の物」がいる。
寝殿西妻で蛇足を見た。(原文「見蛇足」)
また三河守頼綱(源頼光孫)が宿直の晩に毛ある物が出た。(原文「有毛之物出来」)
そこで頼綱は太刀を抜いて斬り付けたところ、鶏冠木(カエデ)の木に登って消えてしまった。
翌朝、明るくなってみると、血がべっとり付いていた。
野干(やかん)の仕業だったか。
かつて近衛亭は、このように様々な奇怪な出来事が起こった。
この記事のあとに、命婦を尊崇して神膳を供する家は、凶あるの時はこれを受け入れず、吉事がある時は常に出現すると書かれています。
「野干」というのは仏典の訳語ではありますが、日本では俗に狐をいいます。
近衛亭の怪異は狐のせいだというのです。
ついで書かれた命婦もまた祀るべきものとしての狐を指すでしょう。
つまり同じ狐でも使い分けが見られます。
野干は虎狼野干などの慣用表現から知られるように、悪いイメージで用いられます。
一方、命婦は稲荷信仰を前提とした表現といえます。
だから「尊崇命婦供神膳」と記されているのでしょう。
同じころの別の資料「花山院山水石由来記」にも次のようにあります。
「昭宣公の時、命婦、守護神として此の地に住す」
つまり昭宣公藤原基経の時代に命婦が守護神としてこの地に鎮座したとのこと。
室町時代の百科全書『壒嚢鈔(あいのうしょう)』には、なぜ狐を命婦というのか説明されています。
命婦は女官(にょうかん)の位の名。
狐をそれに準じる神の位(神階)のものとして、その異名が与えられていたようです。
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おはようございます^^。
ずいぶん勉強させてもらいました…♪
命婦については、多分狐信仰に関係あるんだろう、と言うぐらいは、参拝した稲荷神社の摂社として祀られていましたので、それとなく感じていましたが、女官の位の名とは驚きです…^^。
また、狐=命婦=野干、もっとも野干と言う言葉は初めてですが、次に命婦社に出会ったら、もっと観察してみます…^^♪
2010/11/5(金) 午前 6:34
ウーンさんのブログの膨大な記事からケータイで今「命婦」を検索してみましたが、ちょっと出てきませんでした。
今度、機会があったら、末社だろうが摂社だろうが、是非記事にしてくださいo(^-^)o
2010/11/5(金) 午前 11:15 [ 奈良漬 ]
了解しました♪
見付けましたが、稲荷神社の摂社として、やはり、あまり気に留めたふうもなく「命婦社です」ってだけでした、意味合いがよく分かっていなかったんですね…(汗)ちょっと、残念です…^^♪
2010/11/5(金) 午前 11:21
いえいえ、無理言ってすみません。
何かの機会についでにでも挙げていただければ幸いです。
2010/11/5(金) 午後 5:18 [ 奈良漬 ]
こんばんは^^。
いや〜、気になって、気になって^^。これも何かの御縁だと思います…♪
前に摂社として紹介した記事の写真よりは、3枚ほど多くの写真を見付けましたので、「命婦社と命婦信仰」と題し、書いてみます…♪
2010/11/5(金) 午後 6:22
その後、TBさせて下さいね…^^♪
2010/11/5(金) 午後 6:23
命婦は、女性の位の名前なんですね。以前も奈良漬さんが、指摘されたように、「狐」はどちらかというと「女性」のイメージが関わってくるようですね。
2010/11/5(金) 午後 7:20 [ カムイ ]
>ビナヤカさん
命婦社の記事ありがとうございました。
感謝です!
2010/11/6(土) 午前 10:47 [ 奈良漬 ]
>カムイさん
狐を女性にイメージする傾向は中国にもあると思いましたけど、世界的なものなんでしょうかね。
西洋ではイソップ物語の影響もあって男の傾向があるかも。
気になるところです。
2010/11/6(土) 午前 10:50 [ 奈良漬 ]