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日本で古くから読まれてきた漢籍にはいろいろありますが、とりわけ子どもの勉強にも使われた作品に『二十四孝』があります。
その名の通り、24の孝子の行状を取り上げたものです。
これは絵画化され、たとえば屏風や画帖に仕立てられました。
また平易な仮名文に改められ、お伽草子の1編としても読まれました。
さて、この『二十四孝』の中に老莱子という人物が取り上げられています。
老莱子は70歳ですが、老いた両親が健在でした。
親を喜ばせようと、綺麗な衣を着て、幼児の姿となって舞い戯れました。
さらに親に給仕しようとして、わざと転倒して子どものように泣きました。
なぜそんなことをしたかというと、自分の老いた姿を見たら親は悲しく思うだろうと心配したからです。
さらに両親が自身の老いを自覚しないようにとの配慮からでした。
その効果のほどはともかくも、親孝行の鑑だということで、二十四孝の一人に採用されたのでしょう。
老莱子の絵はお伽草子の版本では下に掲げたようなものです。
これに対して、手もとにある老莱子の絵を挙げましょう。
最初見たときは何か中国の故事を描いたものとしか思いませんでしたが、老人が老いた男女の前で舞っているので、老莱子なんだなと気づきました。
江戸中期頃の作かと思います。
画帖か屏風か分かりませんが、二十四孝図の1図が剥がされ、僕の手もとに帰したのでしょう。
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絵巻・絵本
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私も一度、右隻、左隻のどちらかが失われ、実際は十二図しか有りませんでしたが、「二十四孝図屏風」を見たことがあります♪
その時、失われて見られなかった中に、この老菜子(「ろうらいし」でいいのでしょうか?…^^;)が入っていました♪
「二十四孝」見たさに寺院仏閣の彫刻を観察していると言ってもいいぐらいです…^^、でも、よく題材に使われる彫刻は決まっているようですね…^^♪
2011/2/5(土) 午前 8:54
「二十四孝」は非常に好んで画題として取り上げられましたし、近世には寺子屋の教本としても扱われたものですから、人口に膾炙していたものと思われます。
落語の与太郎話の中でも古い話に「厄払い」というのがありますが、その厄払いの口上の中にも「老莱子(ろうらいし)」が出てきます。
建物の彫刻に二十四孝が取り上げられることも多かったと思いますね。
2011/2/5(土) 午前 11:45 [ 奈良漬 ]
やはり、老菜子(ろうらいし)で良かったのですね^^。
私のメモ書きが間違ったとしか思えませんでした^^;…♪
ちょっと、普通じゃ「ろうさいし」としか読めませんよね…^^♪
2011/2/5(土) 午後 1:39