穴あき日記〜奈良漬のブログ

『熊楠と猫』発売中!/ツイッターID:@NarazakeMiwa

【翻刻】江戸時代後期の無題随筆

[ リスト ]

武田勝頼と土屋昌恒

無題随筆の翻刻です(第44話)。
天目山での武田家滅亡に際し、家臣の跡部勝資(かつすけ)と土屋昌恒(まさつね)がとった行動を描いています。
※□は虫損。
 
* * *
勝頼、天目山に落ち行き、跡部尾張守、此処に落合て、馳せ抜いて遁れんとす。
土屋惣蔵昌恒、
「いかに跡部。
 御最期を見て、すて参らせて、いづく□かは逃げのびん不覚さよ。」
といふままに、よつ引いて放つ矢に、跡部、ただ中を射ぬかれて、馬より落ちて死してけり。
惣蔵、勝頼に向ひ、
「御敵、すでに近付きぬ。
 昌恒、防ぎ矢仕らん。
 御心静かに御自害あるべし」
と、近付く敵をさんざんに射る。
矢種射つくして打物のさやをはづし、切つて出でんとする所を、敵六人が鎗につらぬかれ、地に倒る。
四郎、左の手にて鎗一々にかなぐりすて、六人を切つて、我が身、またかたき三人の鎗につらぬかれ、父子同じく討たれ給ひけり。

* * *
 
武田勝頼が甲斐の天目山で自害したのは天正10年(1582)3月11日のことでした。
上のエピソードによると、逃れる勝頼一行に跡部尾張守勝資がばったり遇ったといいます。
勝資は主君勝頼を見捨てて逃げようとしたのです。
その不忠の行動に対して、土屋昌恒は天にかわって矢を放ち、成敗したとのこと。
昌恒はその後勝頼に自害を勧め、その間、自分は追手の織田軍をさんざんに蹴散らしました。
 
武田勝頼に最後まで忠義を尽した武将の姿です。
 
勝資が昌恒に射殺されたという説は聞いたことがありません。
出所はどこでしょうか・・・。

閉じる コメント(2)

顔アイコン

良いですね、軍記物のようで。
「よつ引いて放つ矢に・・」見てきたように、手に汗するような描写。さすが「片手千人斬り」武将!
ただ跡部勝資は、武田勝頼の傅役なので、逃げるのかな???

2011/2/12(土) 午後 11:48 yoshy

顔アイコン

見てきたような描写は、何かの物語の抜書のような印象を与えますね。
出典を探してます・・・。
「よつ引いて」なんて表現は『平家物語』の那須与一の彷彿させます。
「片手千人斬り」の昌恒は男ですなあ。

2011/2/13(日) 午前 0:16 [ 奈良漬 ]


.
奈良漬
奈良漬
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(2)
  • トーヤ
  • 太陽求めポチが行く
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事