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世にに九尾の狐というのがおります。
以前、何度か本ブログにおいて玉藻の前という妖狐を主人公とする『玉藻の草子』という室町時代物語を取り上げました。 これが九尾の狐なのだと言われます。 ただ、注意しなくてはならないのは、玉藻の前は中世後期の古い物語草子や絵巻に登場しますが、みな二尾だということです。 http://blogs.yahoo.co.jp/warszawa11045/17862673.html 退治したあと、その尾を切ってみると、中にそれぞれ赤白の針が入っていたそうです。
九本では解体処理が大変ですねw
赤白とか白黒とか陰陽とか、そうした二項対立に意味が隠されているのでしょう。
これの二尾の妖狐が九尾にすり替わったのは、おそらく近世の読み物の影響だろうと思われます。
すなわち滝沢馬琴は随筆『玄同放言』の中で次のように述べています。
国俗(みくにうど)のいはゆる九尾狐は『三国悪狐伝』(一名、三国妖婦伝)てふ草子物語より出でたり。
かの悪狐伝は、原本、何人の作なるかを知らず。
ちかき頃まで写本にておこなはれき。
(もともと九尾の狐というのは中国では子孫繁昌などめでたい予兆を示す瑞獣だったのですが)、日本では俗に悪狐とされます。それは『三国悪狐伝』(またの名を『三国妖婦伝』とも)という物語草子に由来する俗信に過ぎないとのこと。
で、その『三国悪狐伝』なる本は一般には『三国妖婦伝』のほうで知られています。
写本としても流布しています。
馬琴の言を信じるならば、もともと作者不詳の写本の読み物として書き継がれていたものが、のちに名のある作家と絵師のコラボの絵本として出版されたもののようです。
こっちもまたよく流布しております。
そういう読み物ですから、玉藻=九尾の狐というイメージが定着したもののようです。
ところで、民間では読み物には記されていない説が付随していることがあります。
すなわち九尾の狐が退治されたとき、尾が天に散り散りに飛散したといいます。
それらは日本中に散らばり、人に憑くクダギツネまたはオサキになりました。
あるいは殺生石を砕いて、その破片を踏むとコマメができるともいいます。
クダギツネ、オサキというのは、人に取り憑く狐で、昔は日本中にたくさんおりました。
九尾の狐をそうした狐の始祖と信じていたようです。
こうなると、九尾の狐は単なる妖怪ではなく、一種、神話的な性格を帯びているようです。
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お隣の韓国にも九尾狐(クミホ)伝説というのがあると、ドラマで見たことがあるような気がするのですが、中国から伝わったのでしょうか。確か、人肉を食べないと生きていけない一族という設定でした。虚構かどうか、確かめていませんが。
2011/8/3(水) 午後 11:57 [ sofashiroihana ]
最近、更級日記を読みました。
散逸物語という類のものがあると知りました。
残って伝わるとは、支持されたという事でしょうか。
2011/8/4(木) 午前 5:52 [ 答他伊奈 ]
>sofaさん
やはり韓国にもありますか。
中国古代の文献に出てきますので、あるいはインドや中東にもいるかもしれませんね。
ありがとうございました!
2011/8/5(金) 午後 3:13 [ 奈良漬 ]
>氷砂糖さん
散逸してしまった作品は相当数に及ぶのではないかと思います。
タイトルだけでも記録されていれば幸運というべきかもしれません。
中世の風葉和歌集には今は失われた物語の中の歌が記載されており、詞書とあわせて、ある程度、どんな内容だったか想像できるものがあります。
時代によって、物語需要のあり方が違うし、作品評価も違うので、伝わっていないから価値が低いということはありませんが、鎌倉時代の王朝物語なんかは平安時代のそれに比べ、昔も今も人気ないですね。
2011/8/5(金) 午後 3:24 [ 奈良漬 ]
鎌倉時代の王朝物語を調べてみます。
2011/8/5(金) 午後 8:00 [ 答他伊奈 ]