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今年の冬は寒いですね。
時期外れの話題なんですが、暑いさなかのお盆の時期の行事について取り上げたいと思います。
というのも、先月、年始で実家に行った時に、昔撮影した写真がいろいろ出てきたのですが、その中に面白いものが含まれていたからです。
今から18年も昔!
炎天下、神奈川県藤沢の遊行寺にお参りに行きました。
そしてさらに奥地に行くべくバスに乗って山を登っていくと、花応院というお寺があります。
あまり大きくなくお堂に地元の人が20人あまり集まっておりました。
そこで地元の方が額に入った大きな絵を示しながら物語を語りました。
どんな物語かというと、小栗判官の伝記です。
小栗判官とその家来10人は照手姫の父横山大膳によって毒殺されてしまいます。
閻魔王の力で蘇ることができることになりました。
ところが家来衆はすでに火葬を済ませたあと。
ただひとり、小栗だけが火葬されておりませんでした。
そこで小栗ひとりがこの世に蘇生します。
復活したものの、業病を患った小栗は壮絶な時を経て完治。
かくして横山を退治します。
物語のなかば、小栗たちが地獄に落ちます。
そこで語り手はご住職とバトンタッチ。
閻魔十王図の掛け軸を示しながら地獄の在り様を説きます。
一通り地獄の様子を語った後、小栗が蘇生してからの物語に移ります。
全体は1時間程度。
このあと、ジュースが出て、ちょっとした懇親会となりました。
僕は末席にいて、戦国時代の落ち武者の流れを汲むという方に絵解きのことや当地の盆行事のことなどうかがいました。
今でも小栗判官の一代記の絵解きは行われていることでしょう。
絵解きといえば、紀州道成寺の縁起がよく知られていますけど、こういうささやかな絵解きも民俗社会での物語文芸を考える上でとても重要だと思いました。
この時(平成6年8月16日)の印象が日記に書かれていたので、少し引用しておきます。
「藤沢は山に進むと全く違う土地になる。特に旧俣野町はそうだ。一軒々々は広く立派な農家が多い。大抵、二、三の旧家と其分家からなっており、ともすると、どこか遠くの山村に来ているような心持ちがする処だ。」
あれから18年。
また機会があれば行きたいものです。
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こういう動き、いいですね。過去を大切にすることは、祖先を大切に扱うことですもの。
土葬をしていなかった、のですね。火葬は何時頃から主流になったのでしょうか?閻魔王も、失礼ながら、現代の漫画もここからヒントが出たのか?と思わせるくらい、現代的なイメージで、ちょっと驚いています。
2012/2/4(土) 午前 1:49 [ リヒト緑 ]
今、「今昔物語集」3を読んでいます。だいぶ物語風になってきており楽に読めるようになりました。閻魔府は出てきますね。
今昔物語をもとに作品を書いた人も分かりはじめています。
小栗判官は地獄からよみがえり、また地獄へ行くのですか。
2012/2/4(土) 午前 6:50 [ 答他伊奈 ]
>リヒト緑さん
火葬自体は仏教が伝来して間もなく行われるようになりました。
でもそれと並行して土葬が広く行われてきてますね。
火葬が主流になるのは地域差が大きいと思いますけど、どうなんでしょうねえ…。
やはり近代、それも戦後ではないでしょうか???
考えたことのないことでしたので、よく分からないです、すみません!
閻魔王がコミカルに描かれるようになるのは室町時代あたりからでしょうか。
狂言に見られますね。
小栗判官の物語も、早くとも室町時代から語られるようになったと思われますので、そういう時代性が反映されているのかも知れません。
2012/2/4(土) 午前 9:28 [ 奈良漬 ]
>氷砂糖さん
『今昔物語集』読破計画ですか!
巻3はインドの仏教説話ばかりなので、関心が薄いとシンドイところですね。
やはり文学としては、内容といい、文章といい、本朝世俗部が一番だと思います。
小栗判官は毒を盛られながらも刀を抜いて横山を斬ろうとしますが、毒がまわってあえなく死んでしまいます。享年21歳。
閻魔様のお裁きでは、家来衆は非業の死だから今一度娑婆に帰してやるとのことでしたが、すでに火葬済み。
小栗ひとり土葬。
※「非法の死」→火葬
「名大将=小栗」→土葬
という考えがあったようです。
(つづく)
2012/2/4(土) 午前 9:59 [ 奈良漬 ]
かくして忠義に篤い家来衆の懇願を聴きいれ、閻魔様は小栗を娑婆に戻します。
その後、塚(墓地)がカッパと開いて小栗が蘇ります。
しかし、体はむごい状態になっていました。
(いわゆるハンセン氏病に相当する体のようです)
自分で歩くこともままならず、土車(つちぐるま)という粗末な台車なようなものに乗り、熊野に参ることにします。
しかし自力では無理なので、道々の人々の慈悲に頼って少しずつ進んで行きます。
そしてついに熊野で湯治をして全快。
その後、照手姫とも再会し、宿敵横山大膳を退治し、富貴の身となり、83歳で大往生します。
小栗の物語は前半と打って変わり、蘇生後は涙をさそう内容です。
壮大な英雄物語として広く語り継がれました。
今説経節の本(新潮日本古典集成・説経集)で読み返してみましたが、思わず読み入ってしまいました。
改めて読んでみて、今でいうところの大衆文学的な面白さ満点の作品だとおもいます。
2012/2/4(土) 午前 10:02 [ 奈良漬 ]
今、今昔物語は巻第二十四です。マンガ「陰陽師」も今昔物語を読んで書かれたと分かるもとの話が載っています。古典全集もあと一冊で今昔物語は終わりです。
「伊勢物語」を借りようにも誰かが借りていて、まだ読めないのです。
2012/2/4(土) 午前 10:14 [ 答他伊奈 ]
今昔の本朝編には文芸作品からマンガまでいろいろ元ネタになるものが含まれていますから、ゆっくり見つけてみてくださいね。
2012/2/5(日) 午前 0:06 [ 奈良漬 ]
初めまして。
先日の1月16日、花應院の絵解きを拝聴しました。
そのときのことを書こうとしたら、こちらのブログの記事を知り、
トラックバックさせていただいた次第です。
他にもいろいろ書かれているご様子、
楽しみに読ませていただきます。
2012/2/29(水) 午後 8:42 [ porepore ]
初めまして!
ご返事遅れまして申し訳ありません!!
花應院の絵解きの記事、面白く拝読しました。
今でもしっかり続いているのですね。
こういうのは残してもらいたいものです。
しかしパソコンの前で云々というのは、時代の推移を見るようです。
いずれ機会を見つけて現代版の絵解きを見たいものです。
2012/3/5(月) 午後 0:06 [ 奈良漬 ]