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新村出(しんむら・いずる/1876-1967)は国語国文畑の人間なら知らぬ人はいないくらいの大学者です。
詳細はウィキをご覧ください。
国文学方面から知った奈良漬は、キリシタン文学に通暁した人だというのが第一印象でした。
上のウィキでは脱漏しておりますが、編著の一つに海表叢書(全6巻+別巻)があります。
これには『鬼利至端破却論伝』(浅井了意)、『吉利支丹退治物語』、『海上物語』(恵中)、『めざまし草』といった仮名草子から『火浣布略説』(平賀源内)、『救荒二物考』(高野長英)といった江戸後期の考証随筆まで多岐にわたって収録するだけでなく、しっかり解説もしております。
随筆の数も多数で、博覧強記ぶりが存分に発揮された文集となっております。
その中に『花鳥草紙』(昭和10年、中央講談社刊)があります。
これは昭和5〜10年の間に書いたものを集めたもので、題の通り、花や鳥にまつわることを、日本の古代文献から民俗語彙、さらには中国や欧州の古典や現代語、旅先での見聞などなど、あらゆる情報を総動員して書き綴っています。
恐るべし。
さて、その中でごく些細なことについて付言しておきます。
それは「W君」という人についてです。
W君は柳田國男との会話の中に出てくる人物です。
新村は京都大学教授なので、京都在住ですが、毎月、東京に出てきておりました。
●昭和8年(1933)7月、田園調布の親戚宅に宿泊。
・三越デパート(日本橋本店?)での洋画家林武の個展を鑑賞。
※林武の父甕臣(みかおみ)は国語学者なので、その関係があるか。
・帰路、書店で新刊の『野鳥の生活』(竹野家立著、大畑書店刊)を購入。
・ついで東京堂(神田神保町)に立ち寄って雑誌を物色。
・柳田國男の「六月の鳥」が掲載されている雑誌を手にする。
・電話で7月13日午前に訪問する約束を取る。
●13日午前10時前に砧町の柳田邸を訪問。
・話題1…邸前の木になる赤い実をついばむ小鳥のこと
・話題2…雀の言語の研究について
・話題3…調布で耳にする美声の鳥の正体について
・話題4…『退読書歴』(柳田國男著、昭和8年、書物展望社刊)のこと
・話題5…『桃太郎の誕生』(柳田國男著、昭和8年、三省堂刊)のこと
・話題6…W君の方言学会でのスピーチのこと
・話題7…アナトール・フランス本邦紹介の経緯
・話題8…上田柳村(上田敏)がアナトール・フランスに会ったこと(『上田敏全集』第10巻に関連書簡あり)
・話題9…アナトール・フランス『白き石の上』紹介の経緯
・柳田邸を出て東洋文庫に向かう。
さて、話題6にいう「W君」とは誰でしょうか。
和辻哲郎とみて間違いないでしょう。
新村は「京都の同僚」といっておりますが、和辻はこの年、京都大学に在職中でした。
また「柳田君から或る機にアナトール・フランスの『白き石の上』を読むことを勧められて、それがW君が国粋主義に転向するの機縁となった」とも書いています。
このことは『柳田國男対談集』(筑摩選書)で和辻自身が述べていることでもあります。
それにしても高等な談議に終始しておりますな。
関心します。
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