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副都心線西早稲田駅のすぐ近くにある学習院女子大学で「文化の華―新収蔵品を中心に―」という小展示会が開催されています。
詳細は下記の公式ページをご覧ください。
初出品の「中国故事図屏風」は非常に見応えのある優品です。
右隻は次の6図から成っています。
第1扇…項羽、最期の合戦
第2扇…越王勾践の敗戦
第3扇…不明
第4扇…咸陽宮
第5扇…秦始皇帝
第6扇…越王勾践、会稽山に籠る
それぞれの絵に仮名書きで絵の題材を記した金紙の題簽が押されているので、何の故事を題材にしたのかは分かります。
しかし第3扇だけはそれが欠損していて、何に取材したのか分かりません。
中国の故事に詳しい方がご覧になれば分かると思います。
(分かった方、ご教示ください)
一方、左隻は次の6図から成っています。
第1扇…荊軻(けいか)、秦舞陽、樊於期の首を斬る
第2扇…項羽、戦に負けて敗走する
第3扇…呉王夫差
第4扇…鴻門の会稽
第5扇…漢高祖、韓信に先手を命じる
第6扇…越王勾践、帰国する
このように、幾つかの故事から抜きだして六曲一双に仕立てた屏風です。
題材ごとにグループ分けしてみましょう。
呉越…右2、右6、左3、左4、左6
秦始皇帝…右4、右5、左1
項羽と劉邦…右1、左2、左5
こう見ると、配列が本来のものであったかは疑いが残るでしょう。
さて、これらの故事は『太平記』をはじめ、日本の物語文学の世界でも好まれたものです。
本屏風とほぼ同時期に作られた『太平記絵巻』や『咸陽宮絵巻』『呉越絵巻』などと関わりがあるかどうか、気になるところです。
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前回に続き、新刊学術誌のご紹介。
今度はかなりマニアックなので、ほとんど流通していないのが残念ですが、この手の機関誌としてはカラーの写真ページが充実しています。
まず目次―――
・國學院大學図書館所蔵『羅生門』の解題と翻刻
〈研究論文〉
・國學院の「国学」―「非常時」に於ける河野省三・折口信夫・武田祐吉の国学―
・國學院における三浦周行の法制史講義
・平家物語と絵画資料研究―國學院大學所蔵資料を中心に―
〈資料紹介〉
・國學院大學図書館所蔵『徒然草』版本類解題
〈資料翻刻〉
・國學院大學図書館蔵『清輔本金葉和歌集』の解題と翻刻
・國學院大學図書館所蔵 奈良絵本『田村の草子』解題と翻刻
・庄内藩佐藤氏旧蔵天保改革期前後「聞見録」
―概要紹介と巻一(三方領知替一件関係)翻刻―
このうち、『羅生門』絵巻の挿絵全16図は巻頭カラーで掲載されています。
ほかに本文の一部、『酒呑童子絵貼交屏風』『田村の草子』も一部カラー掲載。
『羅生門』『田村の草子』はお伽草子の一種で、前者は絵巻仕立て、後者は奈良絵本仕立てになっています。
『羅生門』はよく知られている内容で、渡辺綱が鬼の腕を斬るエピソードを物語草子化したもの。
『田村の草子』もやはり鬼退治の話です。
「平家物語と絵画資料研究」は國學院大學図書館に所蔵される『平家』関連の絵画資料の概要を述べており、便利です。
『徒然草』の版本解題は奈良漬執筆。
版本9種と注釈書8種について解説しています。
本学にはまだほかに取り上げなくてはいけない典籍がありますが、調査が行き届かず、今回はこれまで。
次号(来春)に続編を載せるつもりです。
画像資料をまったく挙げなかったのは怠慢でした。
今度は刊記など有効なものを載せたいと思います。
なお、個人的には『徒然草参考』に興味がありますので、本ブログでも折を見てご紹介ようと思います。
これは『徒然草寿命院抄』とはテクスト以前で繋がっている面白い注釈書です。
あまりに面白くて自分でも買ってしまったので、元を取らなくてはならんでしょうなw
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年度末はどこの大学や学会でも機関誌が目白押しです。
その中で最近落手した雑誌2冊をご紹介。
今回は『日本文学論究』です。
1.『日本文学論究』第71冊
《シンポジウム》異類・変化・怪奇との共生―我々だけではない此世―
・シンポジウムによせて…豊島秀範
・異類・変化・擬人化キャラクターの造形―お伽草子の時代から―…伊藤慎吾
・昔話における異類…花部英雄
・スペンサー・コレクション所蔵『百鬼夜行絵巻』について…辻英子
・人麻呂歌集七夕歌の使者
・嗅覚の「なつかし」―『源氏物語』空蝉の例を起点として―
・夜居僧都の密奏における「罪」
・『源氏物語』「鴛鴦のうきね」の歌について―かげの行方―
・山家の心中と折敷のふち―『山家心中集』巻末の構成について―
・『義経記』巻七と『源平盛衰記』―北陸記事における共通性について―
・童言葉と黄表紙―「焼いた牛蒡をおつつけろ」ほか―
・福田恆存「一匹と九十九匹」論―〈絶対肯定〉の宣言―
シンポジウムは去年の国文学会春季大会のもの。
質疑の時間が短すぎて、議論が深まらなかったのが残念でなりませんが、個人的には〈擬人化〉という趣向の文化史的意義が明確に見えてきたのが収穫でした。
妖怪と擬人化キャラクターを比較すると、まず妖怪は現実に存在すると想定され、擬人化キャラクターは架空のものとするのが前提となります。
そして、お伽草子の時代はその中間的存在として精霊が好んで絵画化されました。
それらは存在としては現実にあるものと信じられ、また想定され、しかし造形としては架空の所産でした。
その他、物語の設定、ストーリーの特色、図像面での特色などにも言及しております。
『義経記』の論は北陸の記事には白山信仰の影響が強く、それは白山の長吏の林氏が関係しているというもの。
「童言葉と黄表紙」は、『ぶん福ちゃがまに毛生太郎月(けがはえたらうづき)』『かみ様内にか蟹牛蒡挟多(かにごぼうはさんだ)』を例に、黄表紙創作に当時の童言葉が重要な役割を担っていることを指摘しています。
他は未読。
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昨日、愛媛大学で開催された研究会で『浄瑠璃物語』について、ちょっとした発表をしてきました。
事前に示したタイトルは少し変更して「浄瑠璃御前と乳母冷泉―キャラクターの特質をめぐって―」にしました。
源義経の想い人浄瑠璃御前に常にそばで仕える乳母の冷泉(レンゼイ、レイゼンなど読み方はいろいろ)については前々から関心がありました。
冷泉という乳母(もしくは侍女)はこの物語だけではなく、室町物語、古浄瑠璃、説教節の10数作品の中にも登場するからです。
いろいろな姫君に仕えて忙しい人だなあと言いたくなりますが、実は同名異人であって、たくさんの物語に登場しても、同じ女性が遍歴しているわけではありません。
別人でありながら、〈冷泉〉という、決してありふれているとはいえない名前が付いているのでしから、不思議なことです。
そこで、冷泉と呼ばれる乳母―物語ではサブキャラ―の特質は何かを考察することにしました。
冷泉は『浄瑠璃物語』の中では、物語の後半、矢矧(やはぎ)の宿(しゅく)を出た御曹司義経が病に倒れます。
冷泉は宿を訪れた旅の僧の話から義経の現状を知り、それを浄瑠璃御前に伝えました。
そして義経を探しに出る姫に付き従い、吹上の浜に倒れている義経を見つけました。
息を吹き返した義経と姫のために宿を探し求めます。
このように、冷泉は物語の中では浄瑠璃御前に付き従って旅をする唯一の人物として描かれます。
サブキャラクターとはいえ、欠かすことの出来ない存在だったのです。
では他の作品に登場する冷泉はどうかといいますと、やはり同様に乳母もしくは侍女として他の女性に比べて際立って重い役割を担っています。
つまり物語の展開上、省略できないモチーフに組み込まれているということです。
『浄瑠璃物語』をはじめとして諸作品に冷泉という女性が登場するのはなぜかというと、おそらく、物語上の伝統ということだと思います。
『浄瑠璃物語』の浄瑠璃御前が息絶えた義経を蘇生させる「吹上の段」はそれ単独でも演じられ、人気のあるパートでした。
そこに登場する冷泉もまた重要なキャラクターとして印象深いものでした。
それによって「冷泉」は固有名詞でありながら、「乳母・侍女」の代名詞としての性格を多分に帯びていったと思われます。
ちょうど、落語に出てくる「権兵衛」といえば田舎者、「熊五郎」といえば長屋住まいの職人というイメージが与えられたように。
物語史的にみると、すでにその立ち位置は「侍従」と呼ばれる女性がおりましたが、それが『浄瑠璃物語』の流行によって「冷泉」に取って代わられる流れが派生してきたと推測されます。
浄瑠璃御前の乳母の冷泉は、物語を語ること/聴くこと、あるいは読むこと、つまり物語・語り物の受容の中ではぐくまれてきた一種の記号的存在(すでに一定の意味、属性が与えられた名前)であったと思われます。
聴き手/読み手は冷泉の名が現れることで、おのずと姫君の乳母・侍女が登場したと認識したことでしょう。
長きにわたり繰り返し物語が語られていく中で、語り手と聴き手の間に生まれてきた共通認識が成り立っていたわけです。
まあこんな話をしました。
いろいろご意見をいただきました。
いずれ文章にまとめたいと思います。
はじめての愛媛。
今日は夕方の便で帰宅するので、それまで愛媛県立図書館で本をいろいろ見たいと思います。
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新村出(しんむら・いずる/1876-1967)は国語国文畑の人間なら知らぬ人はいないくらいの大学者です。
詳細はウィキをご覧ください。
国文学方面から知った奈良漬は、キリシタン文学に通暁した人だというのが第一印象でした。
上のウィキでは脱漏しておりますが、編著の一つに海表叢書(全6巻+別巻)があります。
これには『鬼利至端破却論伝』(浅井了意)、『吉利支丹退治物語』、『海上物語』(恵中)、『めざまし草』といった仮名草子から『火浣布略説』(平賀源内)、『救荒二物考』(高野長英)といった江戸後期の考証随筆まで多岐にわたって収録するだけでなく、しっかり解説もしております。
随筆の数も多数で、博覧強記ぶりが存分に発揮された文集となっております。
その中に『花鳥草紙』(昭和10年、中央講談社刊)があります。
これは昭和5〜10年の間に書いたものを集めたもので、題の通り、花や鳥にまつわることを、日本の古代文献から民俗語彙、さらには中国や欧州の古典や現代語、旅先での見聞などなど、あらゆる情報を総動員して書き綴っています。
恐るべし。
さて、その中でごく些細なことについて付言しておきます。
それは「W君」という人についてです。
W君は柳田國男との会話の中に出てくる人物です。
新村は京都大学教授なので、京都在住ですが、毎月、東京に出てきておりました。
●昭和8年(1933)7月、田園調布の親戚宅に宿泊。
・三越デパート(日本橋本店?)での洋画家林武の個展を鑑賞。
※林武の父甕臣(みかおみ)は国語学者なので、その関係があるか。
・帰路、書店で新刊の『野鳥の生活』(竹野家立著、大畑書店刊)を購入。
・ついで東京堂(神田神保町)に立ち寄って雑誌を物色。
・柳田國男の「六月の鳥」が掲載されている雑誌を手にする。
・電話で7月13日午前に訪問する約束を取る。
●13日午前10時前に砧町の柳田邸を訪問。
・話題1…邸前の木になる赤い実をついばむ小鳥のこと
・話題2…雀の言語の研究について
・話題3…調布で耳にする美声の鳥の正体について
・話題4…『退読書歴』(柳田國男著、昭和8年、書物展望社刊)のこと
・話題5…『桃太郎の誕生』(柳田國男著、昭和8年、三省堂刊)のこと
・話題6…W君の方言学会でのスピーチのこと
・話題7…アナトール・フランス本邦紹介の経緯
・話題8…上田柳村(上田敏)がアナトール・フランスに会ったこと(『上田敏全集』第10巻に関連書簡あり)
・話題9…アナトール・フランス『白き石の上』紹介の経緯
・柳田邸を出て東洋文庫に向かう。
さて、話題6にいう「W君」とは誰でしょうか。
和辻哲郎とみて間違いないでしょう。
新村は「京都の同僚」といっておりますが、和辻はこの年、京都大学に在職中でした。
また「柳田君から或る機にアナトール・フランスの『白き石の上』を読むことを勧められて、それがW君が国粋主義に転向するの機縁となった」とも書いています。
このことは『柳田國男対談集』(筑摩選書)で和辻自身が述べていることでもあります。
それにしても高等な談議に終始しておりますな。
関心します。
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