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江戸時代中期に出た『日本詩史』(岩波文庫)という本を読んでいたら、面白い詩が載っていました。
備前の松原一清の作った「牛牕(牛窓)に舟を泊す」という詩の一節です。
漁家の児女亦字を知り、
笑つて孝経を将つて老翁に教ふ。
漁師の娘でさえ文字を知り、『孝経』を教えを老人に説いている様子が歌われています。
この地の民に学問が浸透していたことが窺えるわけです。
『孝経』は孔子が弟子の曾子に孝を説いたものです。
「身体髪膚はこれを父母に受く、敢へて毀傷せざるは孝の始めなり。
身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終りなり。」
これが基本理念でしょう。
そこで思い出すのは、室町時代のとある問答書の一節です。
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問ふ。学文(がくもん)にはいかなる文を読みてしかるべく候ふや。
答ふ。まづ孝経を読みて、孝行を尽くし侍るべし。
忠臣は孝子の門より出づと見えたり。
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これは武家の初等教育を説いているようです。
武家の場合、その後、四書五経で仁義道徳を修得し、また兵法七書で軍事学を学び、さらに『東坡詩集』『山谷詩集』『三体詩』『詩学大成』などを読んで詩を、三代集(古今集・後撰集・拾遺集)『源氏物語』『伊勢物語』を読んで歌や連歌を作る便りとすることが求められます。
さて、これを読むと、『孝経』を学んで実生活において孝行を尽くしてこそ、その者は立派な忠臣になるという考えがあったことが窺われます。
『孝経』は世俗の教育の基礎ですが、仏教界でもそれに類するものはあって、『父母恩重経(ぶも・おんじゅう・きょう)』がそれに当たります。
どちらにしても孝行が大切であって、それが日本の教育の根本にあったように思います。
江戸に降ると、武家のみならず、漁師の娘でさえ、おそらく最低限の読み書き能力しかなかったのでしょうが、『孝経』は手許にあって生活の一部となっていたのかも知れません。
こういう詩の一節を読むと、戦前の修身教育のトラウマから戦後軽視されてきた道徳教育を、そろそろ見直してもいいのではないかなという気がします。
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