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瓜子姫オンリーのホムペがあるのを知ったのは日曜日のことでした。
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奈良漬は学生時代に山村を歩いて昔話をいろいろ聴いてまわっておりましたが、瓜子姫の話はあまり聴いた記憶がありません。
しかしかつては広く語り継がれた昔話だったようです。
お伽草子としても同じ内容の物語があり、これを『瓜姫物語』といいます。
簡単にあらましを書いておきましょう。
大和国石上(奈良県)の辺に子どものいない賤しい老夫婦が畑で美しい瓜一つを見つけました。
それを桶に入れておいたら、光るほどの姫君になっていました。
姫君は月日を経るに随い才色兼備に育ち、程へて十四、五歳にも見えるようになりました。
その評判は隠れなく、国の守護代が嫁にと申し入れ、姫君を貰い受けることになりました。
ところが嫁入り近くになって、天探女(あまのさぐめ=アマノジャク)が、家からたばかり出してしまいます。
そして遥か遠い木の上に縛りつけられてしまいます。
一方の天探女は姫君になりすまし、嫁入りの行列の輿に乗って木の下を通りました。
すると次の歌が聞こえてきました。
瓜ちごを迎へとるべき手車に
あまのさくこそ乗りて行きけれ
松明をかざして見ると、姫君でした。
そこで、輿の中の姫が天探女だと顕れました。
捕らわれた天探女は大和国宇陀で手足を引き裂かれ、殺されてしまいます。
今、薄の根元が赤く、花の出はじめが赤く色づくのは、その血に染まったためだといいます。
かくて姫君を迎えた守護代は若君もでき、楽しみ栄え、翁と姥とは大和国の総政所に任ぜられました。
翁と姥とは若い時から天道に仕えていたので、仏神の計らいで、瓜の中に姫君を宿したのだそうです。
本物語は、「桃太郎」同様、近世以降広く民間にも流布していたようです。 民間説話の昔話と関連する室町物語には『浦島太郎』や『姥皮』などほかにもありますが、しかし誕生譚として見たとき、本物語は孤立的です。
唯一、御伽文庫に収録される小さ子譚の『一寸法師』が類例としてあげられる程度でしょう。
しかし近世も後期になると、奥田頼杖の『心学 道の話』に見られるように「何国の山の奥へ往きても、二才か三才の時に、親がはなして聞かす話」と捉えられるようになります。
さらに作者として、醍醐天皇が幼少の折の夜伽のために菅原道真が作ったという説があらわれるのでした。
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2011年02月22日
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