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『利根川図志』で有名な赤松宗旦には『銚子日記』という紀行があります。
これは安政5年(1858)3月21日から4月5日にかけてのもので、記事は日記形式でその内容も至ってシンプルなものです。
『利根町史』1巻に収録されており、今日、これを初めて読んだのですが、なかなか面白いものです。
一番面白いと思ったのは次の記事(3月23日の条)。
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昼八ツ時、源田河岸より船にて金江津村へ渡る
曲流舎可川に面会。
是より船を出して神崎の方へ下る。
けふも北風にてふねおそし。
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赤松宗旦と曲流舎可川とは面識があったのですね。
可川は稲敷郡河内(かわち)町にいた俳諧の宗匠です。
可川の姓は海保。
米問屋を家業としておりました。
曲流舎は明治大正期の俳句の誕生以降も生きながらえ、近世以来の地方俳諧の雰囲気を残しているみたいです。
この二人の交流がどんなものだったのか、気になって仕方ありません。
宗旦の墓と可川の句碑はこちらに載せています(下の方)↓
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2011年04月14日
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