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以前取り上げた『勧学院物語』では、スズメは天皇として君臨し、ヒバリが近臣として仕事をし、セキレイが小姓の役を勤めていました。
では他の作品ではどうでしょう。
『鳥の歌合』によると、鳥たちが歌合をするきっかけは、虫たちが歌合を行ったことにあります。
ウグイスの竹林坊によると、鳥獣虫魚の4種は源平藤橘を示すといいます。
鳥―源氏
虫―平氏
獣―藤原氏
魚―橘氏
それぞれの氏の中で社会が成り立っています。
ウグイスと話し合っていたミソサザイが虫に対抗して鳥たちで歌合をしたいといっても、容易に実施することはできません。
ウグイスは言います。
「かやうのわたくしならぬ御事を、上見ぬ鷲殿を指し置かむ事、思ひもよらず。
訊き出し給ふこそ幸ひならめ。
御辺、御披露あれ。」
つまり歌合というのは私的な集いではなく、公事の一種だというのです。
それを上見ぬ鷲殿の許可なく行うのはいかがなことか、まずは鷲殿にお伝えなされよと言ってます。
これはすなわち鳥社会を掌握しているのがワシであるから、ワシの意向を窺った上で事を運ばないといけないと判断しているのです。
そもそも「上見ぬ鷲」というネーミングはワシより上はおらず、恐れるものもなく、おしなべてワシの足下にあることを意味します。
鳥社会の王とするに最もふさわしいものといえるでしょう。
また『ふくろう』という鳥社会の恋愛物語でもやはりワシが実権を握り、横恋慕の末に家来に命じて美しいウソを殺してしまいます。
このように、鳥社会ではワシを頂点とする秩序が妥当なものと思われます。
その意味で、ワシを指し置いてスズメを頂点とする『勧学院物語』は特異な世界観をもっているように思われます。
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2011年05月09日
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