穴あき日記〜奈良漬のブログ

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日本を代表する古典的な妖狐といえば、玉藻の前でしょうか。
那須野の殺生石の伝説としても有名ですね。
本ブログでも何度か記事にしてきました。
玉藻の前そのものについて
新出資料について
 
今回はちょっと毛色の違った作品をご紹介します。
タイトルに示した通り、玉藻の前ならぬ玉子の前の物語です。
書名は『玉子の前の由来』。
イメージ 1
 
塩漬の国魚野が原というところに鉄砲石(てっぽうせき)というものがあるそうです。
竹輪元年切り身の年、九尾厚焼のきすご(きす・鱚)が玉子の前と変じて、かすがはら相国の養子となって玉鯛(玉体=帝)に近づきました。
帝は鰊(/二心)なきものと安心し、酒色におぼれていきました。
そうして帝は「はもう(鱧/病)」の床に打ち臥したまうことになりました。
名医を呼び、また加持祈祷をさせましたが、一向に回復しません。
時にいけすの膳部安いか(烏賊/ちか・親)が占うところでは、玉子の前の仕業とのこと。
安いかは祭壇を設けて祈りました。
 
  のうぼうちんからりん。かますぎや。ぬたくたや。あみじをからや。
  ゑびざこや。からすみすかけて。なまぐさそはか。
 
かくして玉子の前は正体を露見しました。
安いか、すかさず太刀魚を取って切り払うと、すだこ(酢蛸/姿)は見えなくなりました。
(以上、上巻)
 
さて、きすごはその後、都を出て関東煮(おでん)の方に赴き、塩漬(下野)の国魚野(那須野)が原にとどまりました。
そこで尼鯛(あまた・数多)の人民を取って食べました。
その知らせを受けた帝は追討を七浦鯨之助と松前数の幸助に命じます。
「諸人のうるめ(憂き目)を助けよ」
鯨之助と数の幸助は玉子の前を見事討伐しましたが、しかし玉子の魂魄はそのまま厚焼の〈おいしい〉というものに変り、なおも諸人を悩ましました。
そこで帝は、かすてら鶏卵上人に命じて引導を授けることにします。
上人、おいしいを説き伏せます。
 「汝、元来一羽にて二羽とり(鶏)とはいかん。
 そもさんがいふ事なかれ。
 女郎の誠と玉子の四角を見たる事なし。
 いづれの日、いづれの時か、世上のそしりをまぬがれんや。
 それ経文に曰く、
  明けの鴉と鐘つき坊〈ぼ〉さまと鶏にくいよ。
 やゝもすれば、びちやたれのわかれをかなしめ。
 いらざるさへいじをするや。
 それおもんみれば、菅原道明寺(菅原伝授手習鑑)にて土師(はじ)の兵衛が曰く、
  そりや、こそないたは、とつてんこう。
  ありや、またないたは、とつてんこう
 と、汝が一声のあやまりによつて、たつたをはじめ、太郎親子が死だま、きみよいさいごなどと、かゝじゆばゝがあくたい、みなこれ、うぬがしはざならずや。
 早くも迷ひのかはをさつて、あつやき茹で玉子とならんよりは、ただぴよぴよへん□そのま□ばたばた、こつかこう。」(□は虫損で判読不可)
 
このような引導を授けると、にわかに鍋野(那須野)が原からふわふわと火焔が立ちのぼり、玉子の前の魂魄はどじょうぶつ(泥鰌ぶつ/ど成仏)しました。
「いざさわら(鰆/さらば)、いざさわら」
この場所は今に鉄砲石(/殺生石)として残っています。
「これぞ誠に玉子の前の怪談、恐るべし、恐るべし」
 
なんともふざけたお話です。
これ、幕末〜明治の頃の草双紙です。
『国書総目録』に載っていないから、ちょっとした珍本ですね。
一体、どんな人がこんな読み物を買って読んでたのでしょうかwww
気になるところです。
 
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