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江戸時代を代表する『源氏物語』の注釈書に『源氏物語湖月抄』があります。
北村季吟という古典文学に通じた博学の人が作ったものです。
後世広く読まれ、近代に入ってからも活字本が出ました。
現在は講談社学術文庫に全3冊で刊行されて、それが一番読みやすいものとなっています。
ところで僕の手許にある『湖月抄』は明治38年(1905)に刊行されたものです。
もともと明治24年(1891)初版のものですが、38年版はなんと第27版。
いかによく読まれたものか、察することができるでしょう。
その一因に学校教育で購読対象とするところが多かったからではないかと思います。
手許の『湖月抄』もどこかの学校で教科書として利用したもので、「夕顔」の巻の欄外に
第三学期
という記述がみられられ、そこから下に示したような書入れが、どっと本文に見られるようになります。
もっともすべてのページにわたっているのではなく、部分部分にしか見られません。
おそらくそれらは授業で取り上げられたもので、つまり講師が述べたことを書きとめたのだろうと思います。
ずいぶん細かく、読みづらい部分もかなりありますが、よくよく読んでみると意外に面白いなあと思いましたので、気が乗っているときに字をおこしていきたいと思います。
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(前言)
源氏は五条に住む大弐の乳母の許に見舞いにいきました。
老病をいたわったのです。
その時、同じ五条に住む夕顔と知り合いになります。
これを機に夕顔の許に通うようになりました。
一方、秋に入り、六条の御息所(みやすんどころ)の許に通うことがありました。
明くる朝はとても霧が濃く立ち込めていました。
【本文】
らうかたへおはするに、中将の君御ともにまゐる、
しをん色の、をりにあひたる、うす物のも、あざやかにひきゆひたるこしつき、さわやかになまめきたり、
みかへり給て、すみのまのかうらんに、しばしひきすゑ給へり、
うちとけたらぬもてなし、かみのさがりば、めざましくもとみ給
さく花にうつるてふ名はつゝめどもをらで過うきけさの朝がほ
いかゞすべきとて、手をとらへ給へれば、いとなれてとく 朝霧のはれまもまたぬけしきにてはなに心をとめぬとぞみる と、おほやけごとにぞきこゑなす、 をかしげなるさぶらひわらはのすがたこのましう、ことさらめきたる、さしぬきのすそ、露けゞに、花のなかにまじりて、あさがほをりて参る程など、ゑにかゞまほしげなり、
【欄外緒言】 この色のフォント
第三学期
推話的な部分 ひよつとすると朝顔の姫と云ふ章が、古いものにはあつたのかも知れぬ。
【書入れ】この色のフォント(本文太字部分に対応)
らうかたへおはするに、
中門廊(車をまたして置いたのであらう。)
中将の君御ともにまゐる、しをん色の、 これにも手がついてゐる、昔ではあたりまへのこと、妾の如きもの
をりにあひたる、
時節柄に適当した
うす物のも、
これがしをん色
あざやかにひきゆひたるこしつき、
印象深く
さわやかになまめきたり、
さばさばとハイカラである
みかへり給て、すみのまのかうらんに、
御柱の角の所の高欄に
しばしひきすゑ給へり、
おひきすゑになつた
うちとけたらぬ
すつかり心をうちとけぬ。身分がよいので、えんりよしてゐる
もてなし、
みのこなし
かみのさがりば、
びんにたらしたもみあげの毛であると普通云ふがそればかりではあるまい。
めざましくもとみ給
なまいきだと云ふ(否難する気持がある)とんでもなく美しい女だなあ、身分不相応だなあと思つた気持。
歌「さく花にうつるてふ名は
心移りがする
つゝめども
つつしんでゐるけれども
をらで過うきけさの朝がほ」
だがこの朝顔(朝の女の類)を折らないでは通りすぎられない気がする
いかゞすべきとて、手をとらへ給へれば、 どうしたらいゝのだい
いとなれて
うけこたへに馴れてゐること
とく
すぐ返事をした。
歌「朝霧のはれまも あめだが(朝霧)もはれたから帰ればよいのに
またぬけしきにてはなに心をとめぬとぞみる
またないでせかせかと帰つて、花に注意をひかれてゐるのでせう。
(歌意)あまたのせかせかでる様子にあつてそれはあまたのうたの如くほかの女のことにして云つてゐる。花に心をひかれてゐるのでせう。 と、おほやけごとにぞきこゑなす、 おもてむきのことに申し示した。主人がはのことに(自分のことではない様にして)
をかしげなる しわがふかい風をした
さぶらひわらはの
おつきの女の子
すがたこのましう、
すがたのいかにも理想的で、
ことさらめきたる、
わざとめいた
さしぬきのすそ、
山家ではもゝひきの如きもの。よしつねばかまのすそが、
露けゞに、
いかにもつゆぽつたく
花のなかにまじりて、あさがほをりて参る程など、
なんかゞ
ゑにかゝまほしげなり、
まるで(ゑにかゝまほしげ)様子なり 【復元的近代語訳】以上の書入れを取り込んで、訳文を作成しました。
中門廊へいらつしやつた所が、中将の君の御供に参つた。
紫苑色の時節柄に適当した薄絹の裳の印象深く結っている腰つきはさばさばとハイカラである。
源氏は振り返り御覧になつて御柱の角の所の高欄にお引き据ゑになつた。
すつかり心をうちとけぬ身のこなし、髪のもみあげがとんでもなく美しい女だなあと御覧になる。
「咲く花に心移りがするという噂はつつしでゐるけれども、だがこの朝顔を折らないで通すぎられない気がする。どうしたらいゝのだい」 といって、手をお取りになれば、うけこたへに馴れてゐてすぐ返事をした。 「あまたのせかせかでる様子にあつてそれはあまたのうたの如くほかの女のことにして云つてゐる。花に心をひかれてゐるのでせう。」 と、おもてむきのことに申し示した。 しわがふかい風をしたお付きの女の子の姿のいかにも理想的で、わざとめいた義経袴のすそが、いかにも露ぽつたく花の中に混じって朝顔を折って参るなんかゞまるで絵に描きたい様子である。
【備考】
「をかしげなる侍童」を「しわがふかい風のお付きの女の子」とありますが、「しわが深い」とはどういうことなのでしょう。
なお侍童は一般に少年だと解釈されています。
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2012年06月13日
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