穴あき日記〜奈良漬のブログ

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お久しぶりです。
 
先日、昭和2年(1927)11月22日に書かれた南方熊楠の手紙を読みました。
雑賀貞次郎という弟子筋にあたる郷土史家に宛てたものです。
これは郵送されたものではなく、知り合いの子どもを使いにして持って行かせたものでした。
 
11月も下旬となり、寒い時期。
しかも夜8時。
子どもからすれば眠い頃合いです。
家の中でぬくぬく暖まって寝て居りました。
 
そこに熊楠がやってきて、手紙を持って行ってくれと頼みました。
冬の晩に起こされて使いに出ろとの仰せ。
天下の南方先生の命といえども、グズって使いに出る気がしません。
そこで熊楠は懐柔策をとりました。
「雑賀宅に行けば、『牟婁口碑集』(雑賀著)と、饅頭なりアンパンなり振る舞ってもらえるから行ってくれ」
これでようやっと、使いに出てくれました。
 
さて、上に熊楠の台詞を挙げましたが、これは手紙の文面の趣意をとったまでのもので、まったく厳密なものではありません。
原文にはこうあります。
 
牟婁口碑集一冊トマンチウナリアンパンナリ十銭ガノト振舞ヒ下サルコト受合ヒト申シ立テ漸ク貴方ヘ行テモライ候間、間違ヒナク右二品御フルマヒヤリ被下度候
(『牟婁口碑集』1冊と、饅頭なりアンパンなり10銭のものと、振舞い下さること受け合いと、申し立て、ようやくあなたの所へ行ってもらいましたので、間違いなく右2品、御振舞いくだされたい)
 
文中に「十銭ガノ」という表現が出てきます。
ちょっと珍しいでしょう。
〜ガノという言い方は今でも使う地方があるのでしょうか。
『日本国語大辞典』ではこれを名詞として扱い、コトやモノの意をあらわす形式名詞と説明しています。
初見の例は古く、平安歌人曾禰好忠の歌集『曾丹集』に
  人妻と我がのと二つ思ふには馴れこし袖はあはれまされり
と見えます。
口語資料としては歌舞伎『加州桜谷血達磨(かしゅうさくらがやつちだるま)』に「私がのぢや」とみえるようです。
これは昭和12年(1937)刊行の湯沢幸吉郎『国語史―〔近世篇〕―』(刀江書院)に挙げられている例です。
「私+が」の連語の連体修飾語に付いて、これに体言の資格を与えるものということです。
湯沢氏によると、このような言い方は江戸後期には「全然せぬではないが、「私のだ」のやうにいふのが普通のやうである」とのこと。
ちなみに湯沢氏は戦後に『江戸言葉の研究』(昭和29年、明治書院)という大著を著しました。基本的に上記『国語史』の構成を汲んで、数多くの用例を引きながら詳述した名著です。
しかし、なぜか上の「私がの」の事例をはじめ、〜ガノについての解説を省略しています。
なぜでしょう…
 
ともあれ、熊楠が書簡に記した「十銭がの」というのは古くから文献に稀に見られるものではあったわけです。
「十銭のもの」と言い換えることができるし、当時もそれが一般的だったと思われますが、熊楠の言葉づかいからすると、「十銭がの」のほうが普通だったということでしょうか。
これはあるいは和歌山方言としては一般的だったかも知れませんが、詳しいことは調べていません。
 
 
 
さて、今日はこれから名古屋に行ってきます。
ではでは。

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