穴あき日記〜奈良漬のブログ

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古典的奈良漬

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間違いやすい元号

よく間違いを見かける元号ってなんでしょう?

漢字表記についていえば、戦前の文献からよく見かけるのは
「元亨(げんこう)」

「元享」
にする誤りに越えるものはないのではないでしょうか。
反対に
「永享」

「永亨」
とするものも時たま見かけますけど、「元享」の比ではないでしょう。
優れた歴史学者の著作にも「元享」とするものがあるところからすると、本人の誤りというよりはむしろ、出版過程でのミスによる可能性のほうが高いのかも知れません。
僕のように間違いやすいから注意しようという人もいるでしょうけど、あまり神経質にならない人も多いのでしょう。
しかし「元亨」を「元享」とする誤りはあまりに多すぎます。
専門家くらいは神経質になってもいいと思いますが・・・。

「元亨」が漢字の代表だとすれば、音読するときの誤字の代表は「天文」に過ぎたるものはないでしょう。
中世に関心の薄い人だと九割方「てんもん」と読みます。
これは致し方ないかなと思います。
しかし、中世史の専門家であっても、中には「てんぶん」ではなく「てんもん」と読む人がいます。
他分野の人が戦国時代の話に及んで「てんもん」と読むことは、まあ戦後教育を受けてきた人だから仕方ないかなと思って聞き流しています。

歴史学者というのは意味さえ分かればよいと考える人種が多いのですけど、これなどはその性質を端的に表しているのでしょう。
漢文資料の訓読がいい加減だったり、歴史的仮名遣いが乱れたりする例も見られますが、それは当時の言語を体系的に把握できていないことに起因するのだろうと思います。
中世の言語の把握はもちろん容易ではありませんが、文法、語彙、表記の傾向を捉える努力は怠ってはならないとおもいます。
歴史学が主として文献資料、言い換えば言語資料を扱っている以上、史料を読解する上で言語に無関心であることは許されないはず。
その面での無関心さが、「元亨」とか「天文」の誤読に出ているのではないかと想像します。

「舞姫」を「まいびめ」と読まずに「まいひめ」と読み、「官人」を「かんにん」と読まずに「かんじん」と読み、「根本」を「こんぼん(bon)」と読まずに「こんぽん(pon)」と読むなどなどの現代風な読みが蔓延する歴史書の数々。
もちろん地域や時代の差異があることを念頭にいれつつも、蓋然性の高い読みを優先することが妥当ではないかと思われます。

ということで文献の読解は、文芸作品でも歴史資料でも国語史に対する理解が必要だろうという持論を開陳しました。

なお、「天文」については同年号の期間の仮名文書中に「てんふん」「天ふん」という事例が散見されます。

色々な兵法の秘術

源義経の『虎の巻』には、虚空を飛ぶ小鷹の法や悪日に出陣する法などのほかに、次のような術が記されています。

・霧の印…その名の通り、周囲に霧を発して姿を消す術でしょう。
・「鬼」の字を左の掌に、剣の印を右の掌に書く…暗い穴や家屋に入っても様子が分かる。
・張良秘密の巻…敵と戦っても傷を蒙らない。
・毛沓の呪…負け戦のとき、敵が滅亡する。
・九字増寿陀羅尼…斬られない。
・敵中にて犬になる法…敵中で黒犬に変身する。
・隠形(おんぎょう)の印…身を隠す。
・形違(かたちがえ)の大事…延命する。
・鉾を飛ばす秘術…飛ばした鉾が敵を討った上で帰ってくる。
・弓箭に性を付くる秘術…鉄でも石でも貫通する矢にする。
・敵の魂を取りだす秘術…七日後に敵が死ぬ。
・敵をすくませて太刀・刀を使わせなくする秘術
・敵が狙っているのを知る秘術
・敵に取り囲まれても脱出できる術
・隠れた敵を暴く秘術
・火難・水難を逃れる秘術
・火をもって敵を責める術
・毒矢の治療の秘術
・二心ある軍勢を従わせる秘術
・神通の矢を作る法

このほかにも色々挙げられています。
密教的であり、陰陽道の発想も入っています。
基本的に印が結べないと効力が発揮できないものが多くを占めています。

ロープレなどのゲームに出てきそうな術が散見されるなかで、犬に変身する術があるのが面白いと思いました。

「敵中ニテモ狗ニ成ル秘法」
というものです。
次のような手順を踏みます。

1、光ある犬の肝を取って土器に入れる。
2、それを七日間隠す。
3a、その間、(梵字)を10万遍「満る」
 *「満つる」の意味がわかりません。
3b、あるいは掌で髪や鬚を擦る。
 *原文「或は」。
  3aと同時にこの所作をせよとのことか?

その結果、「人目に黒狗と見ゆる也」ということです。
また、黒犬の皮で身を包んでもよいとのこと。

敵中で黒犬に変身するのは、闇夜に侵入しやすいこと、見つかっても侵入者として疑われない、脱出しやすいなどのメリットがあったかと思います。

吉凶と合戦

中世から戦国時代にかけての戦において、合戦の日時をどう決めたのかというのは興味深い問題でしょう。
近現代であれば極めて合理的な作戦を立てることでしょうけれども、かつては吉凶の判断も大きな比重を占めていました。

このことについて、昨夜NHKテレビで陰陽師の真実ということで取り上げられていました。
(たまたま見たので全体の番組構成がどうなのか知りませんけど。)
今日でも大安や赤口や仏滅などありますが、そのようなものは昔からあって軍事行動をも左右するものとして意義づけられていました。
大友宗麟の軍が南下して島津の軍勢に大敗を喫したのは悪日なのに進軍した結果なんですね(『大友興廃記』)。
少なくとも結果として当時はそう理解されました。
だから吉凶の判断は大切なわけです。

こうした事柄を解説する役として番組では小和田哲男氏が出てましたが、この方の名著『呪術と占星の戦国史』(新潮選書)にはこの問題が詳述されております。
番組でも取り上げられていた毛利元就の吉凶を逆手に取った戦術については、この著書でも詳しく説かれています。
元就は陶晴賢軍との合戦に際して、日月を両面に描いた扇を用いて悪日を吉日に変える呪法を用いました。
それによって毛利軍に勝利をもたらしたのでした。
これは
「昼は日の方を表にして使い、
 夜は月の方を表にして使うべし」
という軍陣作法を応用したものと考えられます。

ところで源義経も用いた『虎の巻』には悪日に、悪い方向に出陣する方法について記載されています。
この方法については小和田氏著書では紹介されていないので、ここでちょっと取り上げておきます。

『虎の巻』によると、鬼門、すなわち艮(=丑寅・うしとら=東北)の方向に、左の鞋(かい=わらじ)を七歩進めて鷹の羽の矢を一つ、鬼門の方角に射るというものです。
その際、
「梵天、帝釈、四天王、天地中央」
と七遍唱えます。
また右の掌に「鬼」という字を書いて馬を乗ります。
そうすれば
「敵、敗軍疑ひ無きなり」
と断言しています。

残念ながら、まだこの実例を見出していないので、果たして実践して成功するものなのかどうか、わかりません。
ただ、小難しい印の結び方や梵語の呪文などが必要ないので、お手軽な秘法として使えるものではないかと思います。

イメージ 1

昨日の『毎日新聞』朝刊にこのような記事が載っていました(画像参照)。

島根県立美術館所蔵品に限らず、『武蔵野図屏風』の特徴は満月が野の果てにあるのではなく、野中にあるということです。
この絵でも右下の野から上半分が顔を出しています。
(黒いのは銀泥で描いたか、銀箔を押したかして、酸化した結果です)

図の下の解説では『続古今集』の次の歌を引いています。

 武蔵野は月の入るべき嶺もなし
  尾花が末にかかる白雲

武蔵野はただただ広く、月の入る嶺さえない。
そのような野に生い茂る薄の穂先には白雪が降りかかってほのかに白んでいる。
なんともわびしくも美しい情景であることか。

こんな感じですかね。
それはそうと、この歌を引いたところで、果たして上の屏風絵が理解できるかどうか…。
ちょっと無理なんじゃないでしょうか。
つまり野原から月が見える理由が説明されていません。
「秋草の間から昇る満月」が詠まれているわけではないのです。
それに上の句では「月の入るべき嶺」とあるのだから、歌意に即して解釈するなら、これはむしろ「秋草の間に落ちる満月」とみるべきではないでしょうか。
ともあれ、この歌では単に「月の入るべき嶺」もないといっているだけです。
ついでにいえば、「つらなる芒に雲がかか」ることはこの歌には詠まれてません。

この歌よりも参考になるのは次の歌でしょう。

 武蔵野は月の入るべき山もなし
  草より出でて草にこそ入れ

武蔵野はただただ広く、月の入るべき山さえもない。
だから月は草から出て昇り、野に落ちて草に入っていくのだ。

この歌だと、下の句において野中に月が見える理由が説明されています。
武蔵野には月の入るべき山さえない広大な野原だから、月は草の中から出てきて、また入っていくのだというのです。
すなわちこの歌こそ屏風絵の情景に対応するものと見るべきでしょう。

この歌は作者不詳で、室町〜江戸初期に作られたものです。
人口に膾炙したこの歌のイメージが武蔵野図の背景にあったのでしょう。

※この図については中世和歌文学の研究者菊池仁氏の考察をかつて聴聞したことがあります。
氏のご見解を参考に書かせていただきました。

小鷹の法―飛行の術

忍法にはどれだけの術があるのか、調べたことがないので分かりません。
が、昔からよく知られているのは小鷹の法あたりでしょうか。
これは自分の姿を小鷹に変えて空を飛ぶ術です。

源義経もこの術を心得ていて、虚空を舞い上がったことが中世の古い物語に語られています。
義経がこの術を習得したのはいつだったかは分かりません。
しかし、最後の戦いである衣川(ころもがわ)の合戦の直前まで手にしていたという『虎の巻』にこの術の方法が記されているのです(原漢文)。

 * * *

先づ、護身法  常の如し。
次いで九字八方  一遍づつ。
次いで光明真言八方 七遍づつ唱ふ。
次いで太郎坊の印 弥陀定印  口伝。
(梵)(梵)(梵)(梵)々々々(梵)(梵)
次いで不至の印  秘歌に曰く
 嵐吹此山風乃止於利(アラシフクコノヤマカゼノシヲリ)
 無向宇敵於吹払奈利(ムカウテキヲフキハラフナリ)
  この両印言、常に之を用ふる也。
次いで観音経一巻
次いで心経三巻
 その一切功徳慈眼大明神 廿一編
大日 百遍
弁才天真言 百遍
毘沙門天真言 百遍
本命星当年星 各百遍
 南無金剛蔵王
 南無胎蔵権現
 荒神呪    各百遍づつ也。

 * * *

これをやれば小鷹の姿に変じて虚空に舞い上がることができるようです。

今日の印象からすれば、印を結んで
「忍!」
と言えば術が発動すると思いがちですけど、その準備は相当手が込んでたようです。
九字というのはセーラー・マーズ御愛用の「臨・兵・闘・者(ry」のこと。
太郎坊の印というのがどういうのか知りませんが、これは面白いですね。
太郎坊とは日本第一の大天狗のことです。
愛宕山に棲んでます。
牛若丸こと義経は天狗に兵法を学んだとも言われますので、天狗と兵法は繋がりが深いんでしょう。
秘歌の「嵐吹くこの山風の」云々は本来5・7・5・7・7だったんじゃないでしょうか。
書写を繰り返す中で、文字が抜けて字足らずになってしまったのかも知れません。
「敵」も「テキ」ではなく「カタキ」とすれば「向かふ敵(かたき)を/吹き払ふなり」とキレイに読めます。
不思議な歌です。
『観音経』(法華経普門品)や『般若心経』を読むなんてことホントにしたのでしょうか。

どうも戦の場で敵とやり合っているときにできる術ではないようですね。
後方にあって時間をかけて用いるべき術だったようです。

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