穴あき日記〜奈良漬のブログ

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古典的奈良漬

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源平物浄瑠璃の話

明日、浄瑠璃の源平物についての講演があります。
科研費プロジェクト「文化現象としての源平盛衰記」が主催する公開講演会です。
奈良漬もこれに関わっているので、この場を使って紹介させていただきます。
 
【内容】
伊藤りさ氏(国立国会図書館勤務)
「源平物浄瑠璃の作劇手法について」
 
【日時】
2011年4月23日(月)15:00〜17:00
 
【会場】
國學院大学渋谷校舎1号館
 
 

馬琴作品に見える読売

滝沢馬琴に『おそめ久松 膏油橋河原祭文(あぶらばし・かわら・さいもん)』という作品があります。
文政6年(1823)に出た合巻ですが、読んだのは明治20年刊行の活字本です。
 
この作品の中に、読売が出てきます。
 
**************
もがりの茂賀平、かすりの粕蔵なんどよばるる悪漢(わるもの)どもをかたらうて、お染久松が恋仲を歌祭文に作らせて、天満(てんま)・生玉・座摩の辺、人立ち多きところにて、
茂「これはこのたび評判の大色事、新内まじりの歌祭文、上下そろへてわづか八文。
 お聞きなさい、お聞きなさい」
粕「きいて鬼門の角屋敷、河原橋とや、油屋の一人娘にお染とて」
(中略)
と、かく歌はせて売らせけり。
**************
 
天満・生玉・座摩はいずれも大坂の神社で、江戸後期には寄席興行の場の代表的な場所でした。
安政年間に出た『摂津名所図会大成』には座摩神社の境内には軍書講釈などの小屋があって、すこぶる賑わしいと書かれています。
天満には軍書講釈の小屋のほか、放下師、品玉、軽業、流行り歌の読売、菓子類や手遊具の出店など、所狭しと軒を連ねて朝暮たいそう繁昌しているといいます。
 
上掲の一節はそうした情景を反映しているようですね。
読売は薄い懐中本などを販売していました。
薄いのに、なぜ上下2冊とか、上中下3冊とか分けるんでしょうか。
以前、本ブログにも挙げた『新いた青物づくしやんれいぶし』もまた読売の対象であった可能性のあるものだと考えています。

演能時間

音楽の演奏時間をどうやって明らかにするかという関心は、歴史研究の領域で<社会史>と呼ばれるものが盛んになってきた80年代以降に、西洋音楽史研究の中から生まれてきたものと思っておりました。
当時、『エピステーメー』という月刊誌がありました。
量・質ともに充実したハイカルチャーの結晶のような雑誌でした。
そこで音楽史の特集を組んだことがあり、学生時代、耽読したものです。
それは西洋中世の音楽をどう再現するかという問いかけがされており、古楽器演奏の台頭と軌を一にするものでした。
 
その後、日本の著名な民俗音楽研究者が歴博の『研究報告』に同様の問題意識で書いた論文を載せ、日本文化研究の範囲にもようやく浸透していくことになるのかなと思ったものです。
 
また放送大学の能楽の講座で、室町期の演能時間は今より短かったこと、所作が速かったことなど説明されていました。
古典芸能の研究にも取り入れられるようになったのだろうと思いました。
 
ところで昭和33年に出版された栗林貞一『能楽の話』を読んでいたら、次のような一節がありました。
 
************
 
 古い記録によると、一日に十数番演じているのもあり、慶長十二年に江戸城内に興行した勧進能では、今の午前八時から午後四時頃までの間に、九番の能と七番の狂言を演じた番組が残っていますが、計算すると能一番の所要時間四十分あまり、狂言一番の所要時間十五分あまりという事になりますか……。とに角能の所要時間は、発生時代よりも年を経るに従って長くなっている。それは能の演出が芸術的に完成され来ったがためだろう、といわれています。
 
************
 
演能時間の詮索は昔から行われていたみたいですね。
〈社会史〉以前から関心をもたれる問題だったわけです。
 
8時〜16時頃の約480分
能9番×40分あまり…360分あまり
狂言7番×15分あまり…105分あまり
 
と、こういうことですか。
なんの記録を扱っているのか分からないので、詳細がわかりません。
ただ上の計算だと、休みがない!
ぶっ通しで鑑賞していたのでしょうかね。
とすれば、演者も観者も大変です。

落書禁止の引き札

イメージ 1
引き札とはチラシのことです。
『出版ニュース』最新号(3下旬号)の扉に『引札絵ビラ風俗史』からいくつかの引き札が紹介されています。
その中に江戸時代の貸本屋の引き札が挙がっています。
こういう引き札は初めて目にしたので、かなり面白く思いました。
 
一字判読不能ですが、こんな風に書かれています。
(濁点、句読点を私に付けています)
 
************
 
らくがき、又がし、御無用
 
貸本類相改御座候。
万一らく書等被成
候はば、見料の外に
別段●料可請候。
此段わけて御断
  奉申上候已上 佐野伊勢久
 
************
 
貸本業を営む佐野(現栃木県佐野市)の伊勢久が発行した引き札です。
チラシというよりは、むしろ利用上のお願いを書いたものですね。
落書をしたり又貸しをしたりしてはいけませんということです。
(返却時に)貸本類をチェックしております。
万一、落書等をされた場合、閲覧料のほかに弁償代を請求致します。
この点、よくよく申し上げておきます。
こんな趣旨のことが書かれています。
 
今日、公共の図書に落書をしても、返却時に図書館員は中を確認しないので、この点、昔の方が注意が行き届いていたようですね。
規模が違うのでそれはそれで仕方ないですけど。
 
昔、大学図書館で数ページ分バッサリ切り取られた本を見たことがあります。
しかしそれには見返し部分に日付とともに、切り取った犯人が○○部○○○○であるという貼り紙が付いていました。
たしか戦前のものだったと思います。
今なら必要な部分はコピーして済ませられますが、できない時代は写すのが基本でした。
それを横着した結果なんでしょう。
 
なお、貸本屋については以前ちょっと記事にしました。

富士山登山の今昔

室町時代の説話集に古代の文人都良香(みやこのよしか)の詩文「富士山記」を引いて、こんなことが書かれています。
 
*************
 
かの山へは、いにしへ登る事やすからずと見えたり。
役君のみ頂に至れりといふ。
今やうの人、
「今年は富士山へ幾千人登りし。」
「去年は何百人の禅定ありし。」
などいへる事、不思議なり。
ことに、かの山へ登りしどちは、さまざまの事、語りあひ侍るといへり。
世も末になればにや、かやうのきびしき山へも、やすらかに登ると見えたり。
昔の人々は遠くかの山を眺めやるだに、高名の事に申しあへり。
今は登らぬ者を笑ふといへり。
古今格別なるべし。
 
*************
 
富士山に登るのは、昔は容易ではなかったそうです。
役君、すなわち役行者(えんのぎょうじゃ=山伏の祖)ただ一人が山頂に達したといいます。
今の人は
「今年は富士山に何千人登った、去年は何百人山岳修行した」などとさまざまに語りあいます。
時代が下ってこんな高くて険しい山にも簡単に登るようになったようです。
昔の人々は遠く眺めるだけでも大したものだと言われたのに、今は登らなくては笑われてしまうそうです。
 
と、こんな趣旨のことが書かれています。
 
僕は新幹線で東海道を通過するたびに、かならず富士山を眺めて感激します。
東下りをした業平と心が通じたような気分になります。
残念ながらいまだに富士山には登ったことがないので、上の記述からすると、室町人からも笑われてしまうかも知れません。
古代と中世後期とでは旅をめぐる環境がだいぶ違ったのでしょうし、富士山の開発ということもあるのかも知れません。
室町末〜江戸初頃に成立した『富士参詣曼荼羅』を見ると、山麓から頂上に向けて登山者が蟻の行列のように続いている様子が描かれています。
イメージとしてはこの様子と上記の記録とが合致するのではないかと思います。
 
現在、環境省は毎年の登山者数の統計を取っており、この5年はおよそ25〜6万人も登っているようです。
今とは全然比較にならないですけど、室町後期に数千人も登る人がいたとは、事実ならば驚きです。

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