穴あき日記〜奈良漬のブログ

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神田神保町の一角

竹内啓一編『日本人のふるさと 高度成長以前の原風景』(岩波書店、1995年)を見ていたら、神田神保町の写真が載っていました。
それで早速古本を買いに行ったついでに同じ辺りの写真を撮ってきました。
 
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道路を越えた向こうから撮ればうまく対照できるのでしょうが、なにせ車の往来が激しい広い車道なので、ちょっと無理でした。
楽譜など音楽関係の充実した古賀書店、その三軒先の山陽堂書店は当時のままです。
上の古い写真はたぶん昭和30年代だと思います。
今でも古い書店が散在していますが、10年前よりも減っているような印象を受けます。
先日、神田神保町で奇妙な本に出会いました。
『常識と話題』と題する緑色の地味な小本です。
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気を付けて見つけたところで、素通りする程度のデザインです。
しかし、これを手に取ったのは置かれてある場所が不自然だったからです。
つまり戦前前後の地下本が10冊ほど並んである中に挟まっていたのです。
なぜこんなところにと、気になったので手に取りました。
簡易なクルミ製本の表紙を開いて見ると、『常識と話題』とは全然違うタイトルが出てきました。
その名も『源平嫩葉(わかば)軍記』といいます。
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本作は前中後の3編から構成されています。
前編は上の解題にみられるように江戸で出版されたものとのこと。
須原屋は江戸前期から物語草子をたくさん出してきた老舗の書店です。
(ホントにこんな本も出したのでしょうか?)
中編・後編はこれに続いて編者の知人が書き継いだ新作とのことです。
いつ出版されたのか定かではありませんが、昭和30年代ではないかと想像します。
(まったくの想像です!)
 
内容は壇ノ浦の合戦後、救われた女性たちと義経たちとのみだらな話ですwww
今月下旬に所用で神戸に行く予定なので、手もとにそのあたりの資料がないかと物色したところ、幕末頃の摺物が出てきました。
神戸にある長田神社(ながた・じんじゃ)のものです。
ここは古代の『延喜式』にも載る古い神社で、1800年以上前に創建されたと伝えられています。
 
さて、この摺物はタイトルが付いていませんが、趣旨からいえば、太々神楽並びに一千燈を奉納すべく信者に広く援助金を募ったものです。
短い文なので、平易な書き下し文に改めて全文を掲載しましょう。
 
 * * *
 
摂州八部郡長田大明神と申し奉るは
大己貴命(おほなむちのみこと)の御子
事代主命(ことしろぬしのみこと)を祭り奉る也。
則ち御神体は世に申す恵比須 の本源にあらせ給ふなり。
然る処、此の度、他力を以て毎年三月下旬三日の間、
御神前におゐて、太々神楽并びに一千燈を献じ申し度く候ふに付き、
十万人講興行仕り候ふ。
これに依つて、入講銭、御壱人前十二銅づつ掛切にて、
永代御名前をしるし、毎月御神前に
五穀成就、武運長久、海上安全、商内繁栄、家内安全之御祈祷、
これ有り候えば、何卒(なにとぞ)、御信心之御方は
御入講下され候ふ様、偏へに希(ねが)ひ奉り候ふ。以上。
 
     摂州本宮長田大社
          大
          大坂
        世話方 惣
          兵庫
            惣
          □□
            惣
          兵庫
     入講銭引請所 永 代 講
 
 
 * * *
 
末尾に世話方として兵庫の惣講中が挙がっていますが、次に記された「惣講中」がどこのものなのか、二文字、摺が薄くて読めません(画像参照)。
なんでしょう???
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ともあれ、今度、参詣する機会があれば、この時の石碑か何か、関連する物が境内に残っていないか探してみたいと思います。

生類の名による物見立

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前の記事―狂言「文蔵」「青海苔」―の続きです。

「文蔵(ぶんぞう)」から「温糟(うんぞう)」
「忠度(ただのり)」から「青海苔(あおのり)」

この洒落をもとにストーリーを与える、絵画化する方向に創作を進めると、擬人化作品が生まれることでしょう。

明治の頃に出たとおぼしき一枚摺の番付「生類の名による物見立(みたて)」もまた、これと似たものといえるかも知れません。

 勧進元 大日本国蜻蛉形(とんぼうのかたち)
 差添人 太閤は猿の冠者、加藤は鬼上官

まずこんなことが書かれていて、以下に東西の力士の名が記されます。
勧進元が蜻蛉の形というのは、記紀神話に秋津島、すなわち蜻蛉の形の島だという記述があることによります。
太閤は猿、すなわち豊臣秀吉、加藤は加藤清正。

大関 東・獅子とび  西・龍之口
関脇 東・猫の門   西・かみなり門
小結 東・鷺之森   西・雀松原
前頭 東・千鳥の香炉 西・とらの巻
前頭 東・くもきり丸 西・とんぼう切鑓
前頭 東・百足山   西・犬鳴山
前頭 東・象頭山   西・鳩のみね
(以下略)

頭取は牛頭天王、犬神、ひる子の社、馬頭観音、猿田彦、蛸薬師、蛍大明神、とら薬師
行司は馬子大臣、猪の早太、猿丸太夫、牛若丸、蝉丸、鬼若丸、孔雀三郎、犬きよ

頭取は神仏、行司は人間で統一されていますね。
最後に世話人は大磯のとら、はち娘、高尾太夫、かに娘など女性陣で占められています。
虫損のために2人名前が判然としないのが残念です。

このように、生物に関わる名前が並んでいます。
地名もあれば、人名もあります。
名前が並んでいるだけで擬人化作品として成り立っていると思いますが、擬人名の中に、大磯の虎や高尾太夫など人名もまじっていているのが特色といえるでしょうか。

平時忠の勇姿

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先日の土日を使って、愛知県に行ってきました。
土曜日は西尾市の岩瀬文庫に古典籍の閲覧へ。
『源平盛衰記』の絵入版本全12冊の書誌を調査するためです。
大部であるため、閉館の4時まで2時間かけて調べていたのですが、結局終わらずしまいでした。

この本と同じものと思われるものが、1冊だけではありますが、手もとにあります。
そのうち、一図を画像として挙げます。

比叡山の僧たちが神輿をかついで騒動を起こすなか、蜂起を恐れた朝廷は院宣を下して穏便に事態を処理することにしました。
その時の使者として時の権中納言平時忠が派遣されました。
公家衆がみな恐れる中、時忠は勇気のある人で、使者に立つことにしたのです。

比叡山の僧たちは、時忠がやってきたら髻(もとどり)を切って恥をかかせ、湖に落としてしまえと乱暴なことを詮議していました。
僧たちは非常に怒った様子でしたが、時忠は少しも恐れません。
延暦寺の大講堂の前に座り、懐中から筆と墨を出し、紙に一筆何か書きました。
それを僧たちの前で披露しました。

「衆徒濫悪を致すは魔縁の所行、
 明王制止を加ふるは善逝の加護なり」

僧たちはこれをみて納得して引きさがりました。
かくして比叡山の騒ぎは収まり、院宣を無事披露して事なきを得ました。

平時忠の勇にして優なる人柄を示すエピソードです。

時忠は平家の政権に協力していたことから、後年、能登の流刑に処されます。
かの地で子を得ました。
時国家といって、今でも続いています。


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