穴あき日記〜奈良漬のブログ

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お伽草子

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酒呑童子の前半生

大江山に城を築き、都で人をさらって肉を喰らい、酒のごとく血を飲みむ鬼、酒呑童子。
なぜこの鬼が大江山に住むようになったのか。
酒呑童子の出自と大江山に至るまでの伝記小説というべきものがあります。
これを『伊吹童子』と称します。
 
今の滋賀県の岐阜県寄りに伊吹山という霊山があります。
その山の神様を伊吹大明神といいます。
この神様が人間の玉姫御前のもとに通って子どもが生まれました。
これを伊吹童子と呼びます。
とはいえ、この名は後人の与えたもので、当時は酒呑童子と呼びました。
というのも、3歳の時から酒を好んで飲んでいたからです。
いくら飲んでも酔うことがないくらい酒に強く、玉姫の父はこの子に酒呑童子と名付けたのです。
 
その後、童子は都の鬼門(北東)を守護する比叡山にのぼり、仏道修行をすることになりました。
時に都を長岡京から平安京に遷ったばかりで、禁中のお庭で様々な芸能が行われていました。
酒呑童子はそこで一つの提案をします。
「わが山はこれ、王城の鬼門なり。
 それにつき、鬼の形をまなびて参るべし。
 鬼踊りとて、花やかに興ある見物にて候ふべし。」
この案が採用されて、比叡山では鬼踊りを興行することになりました。
当の鬼は酒呑童子が演じます。
鬼の面を付けて踊り狂ったところ、見る者すべてが恐れおののくほどの姿に映りました。
 
この踊りは帝の御感めでたく、大成功に終わりました。
ところがどうしたことか、鬼面をはずそうとしてもはずれません。
酒呑童子は驚き戸惑い、周囲の稚児仲間に取ってくれと頼んでも、皆怖じ恐れて、近づくことさえしません。
 
この段階ではまだ鬼面がはずれず、ひどく焦燥する一人の子どもに過ぎませんでした。
このあと、本当の鬼となっていきます。
 
 
***異類の会報告***
お伽草子『伊吹童子』新出本の紹介

貝づくしの詞章

日本では、中世以来、七五調の詞章に乗せて物の名を連ねていくレトリックが発達しました。
芝居で好まれる「道行(みちゆき)」もその一種です。
たとえば室町時代の狸の物語である『筆結物語(ひっけつ・ものがたり)』は次のような一節があります。

 * * *

朧夜の、月もやどかる、昆陽(こや)の池、稲野の小篠、駒に飼ひ、小野原すぎて、忍頂寺、笑みをふくみて、笑路(わらひぢ)や、小河の渡、ほどもなく、弓削(ゆげ)の庄にぞ着きにける。

 * * *

声に出して読むと、リズミカルな詞章であることが分かります。
これと似ているものが物づくしというもの。
物づくしにもいろいろ型がありますが、一番完成された形が次のようなものかと思います。
植物を擬人化したお伽草子『ひめゆり』から。

 * * *

竹の裏葉の・雀貝       7・5
森に声ある・烏貝       7・5
波打つあぐる・簾(すだれ)貝 7・5
鷹の尾にきく・屋形貝     7・5
波しら糸の・鎧貝       7・5
あまの衣の・うつせ貝     7・5
不破の関屋の・いたや貝    7・5
波とや花の・桜貝       7・5
柳の裏の・楊枝貝       7・5
この手に拾ふ・柏貝      7・5
波にぬれたる・袖貝や     7・5
日も暮れ灘の・周防貝     7・5

 * * *

ここに挙がっている貝がみな実在するものかどうか、確認していませんが、おそらく、そういう呼称の貝があったのだと思います。

ところで前回の記事で取り上げた『精進魚類問答』の中にも貝づくしの箇所があります。
ヒロインの荒布(あらめ)の前が豆腐の判官に謀反を密告しに行く道行の段に次のようにあります。

 * * *

扨、色々の貝共が
礒邊にあさり(浅利/漁り)・千鳥貝 7・5    
沖に走るは・帆翌貝         7・5
色を争ふ・錦貝           7・5
柴貝と見る貝の           6・7
豊かに見ゆる・長者貝        7・5
貝吹き上る・ほらの貝        7・5
年も寄り来る・姥貝や        7・5
色黒けれど・溝貝や・        7・5
しゝ貝、化け貝・猫貝や       8・5
甲斐甲斐しくも・姫君は
沖の方をば・詠めつつ
一首は斯くこそ・聞こえける

 * * *

この作品は江戸後期の成立の思われるものです。
七五調の貝づくしのはそのころまで継承されていたことが知られます。

今日は、とある研究会でお伽草子『玉藻の草紙』について、ちょっとした発表をしてきました。
前回の記事で紹介した作品です。
この作品は室町時代の物語の中でも多く写本の伝世しているものです。
ざっと20余種確認されます。
いずれも仮名書きの和文で伝わっています。
ところが、前回の記事で画像に挙げたように、漢文体の『玉藻の草紙』が近年出てきたのです。

それがどういう性格のものであるかということをちょっと報告したわけです。

今月の抱負に「今月は玉藻の前の研究メインでやってきます」と書きましたが、一段落付きましたので、とりあえず一言。

明日からまたちゃんとした内容の記事を書きます。
ちょっと酔っ払ってます。
ノシノシ

妖狐玉藻の前の物語

イメージ 1

九尾の狐として知られる妖狐玉藻の前は、近世以降、絵草子や芝居、錦絵など色々な媒体を通して広く浸透し、近代以降も妖怪の一種として知られています。
文芸作品では岡本綺堂『玉藻の前』があり、また先年それをマンガ化した波津彬子(なみつ・あきこ)『幻想綺帖2 玉藻の前』なども出ました。
ライトノベル『いぬかみっ!』(のちにマンガ化、アニメ化)の主人公ようこは、実は犬ではなく、九尾の狐(妖狐)だったというオチはよかったです。

ところが、玉藻の前は、古く、二本の尾をもつ古狐でした。
室町時代には大きな二尾の狐として描かれています。
お伽草子『玉藻の草紙』はこんな内容です。

 * * *

久寿元年(1154年)、鳥羽院の仙洞に才色兼備の玉藻の前という化女が現れた。
玉藻の前は内典・外典・世法・仏法あらゆる事に通じており、天皇をはじめ多くの公卿が種々の事を質問するも、すべて誤りなく答え、天皇の寵愛を得るに至る。
時に天皇が病に倒れ、陰陽師安倍安成はその原因が玉藻の前にあると勘進する。
安成が公卿簽儀の場で、玉藻の前の素性が下野那須野にいて、古く天竺天羅国(てんらこく)から渡ってきた妖狐であることを説く。
安成の申請により、太山府君の祭を執り行うことになり、玉藻の前に御幣取りを勤めさせる。
玉藻の前は祭なかばで出奔するが、安成の要請で討手を遣わすことになる。
弓の名手上総介・三浦介両名は院宣を給わり妖狐を追って、ついに討ち取る。
狐の体内から仏舎利入りの金の壺や光る玉、赤白の針などが出てくる。

 * * *

この物語は絵巻物や絵本に仕立てられ、室町以降、よく読まれました。

ところで手もとにもその伝本があるんですが、その奥書(おくがき・今で言う奥付)が誠に奇妙。

  于時保元二年四月日権中納言重政

于時(ときに)保元2年(1157年)4月に権中納言(ごんのちゅうなごん)重政が書いたということのようです。
これは久寿元年から3年後のことです。
ところがこの当時の公卿の中に重政という人はいません。
しかも上総介、三浦介は千葉常胤・三浦義明という鎌倉の御家人で、時代も合いません。
どうやら偽物の奥書らしいです。
『玉藻の草紙』の伝本は20本近く伝来していますが、どれもこの奥書はありません。
一体、誰がこんな紛らわしい一文を加えたのか、気になるところです。

妖狐玉藻の前の原点

玉藻の前は8万歳を生きた妖狐(ようこ)です。
その古い記録は仏典『仁王般若波羅密経』に載っています。
ということで、お伽草子『玉藻の草紙』ではこれを引用しています。
ちょっと詳しくみておきたいと思います。


昔、天羅国(てんらこく)ニ一人ノ王御坐(おは)ス。
其ノ王ニ太子一人有リ。
名ヅケテ班足太子(はんぞく・たいし)ト云フ。
此ノ班足王、外道ノ羅陀師(らだし)ノ教ヘニ依ツテ、千人ノ王ノ頭ヲ切(ちぎ)リ、塚ノ神ヲ祭リ、自ラ其ノ位ヲ取リ、数万人ノ力士、力王ヲ集メテ、東西南北、近国遠国押シ寄セ、搦メテ捕ル間、九百九十九人ノ王ヲ取ル。

昔、インドに天羅国という国がありました。
そこの皇太子を班足太子といいます。
この太子が外道の羅陀師に、1000人の王の頭を切って塚の神に捧げるようにそそのかされました。
そこで太子は父王の地位を奪って自ら王となり、数万人の将兵に命じて四方八方の国々を攻めて各国の王をからめ取ってきました。
その数なんと999人。


今一人足ラザル所ニ、外道教ヘテ曰ク、
「是(これ)ヨリ北一万里行キテ王坐(ましま)ス。
 普明王ト云フ。
 此ノ王ヲ取ツテ千人ノ数ニ満チ、一度ニ千人ノ頚ヲ切レ
ト云フ。

ようやく999人の王を捕らえましたが、まだ一人足りません。
どうしたものかと思っているところに、羅陀師が来て言いました。
「ここから北に一万里行ったところに王がいらっしゃいます。
 この王を捕ってくれば1000人になるから、その時、一気に1000人の首を切りなさい」


時ニ普明王合掌シテ、班足太子ニ向ヒテ曰ク、
「願ハクハ一日ノ暇(いとま)ヲ給ハバ、三宝ヲ頂礼シ、沙門ヲ供養セン」
ト申シケレバ、一日ノ暇ヲ許サル。
其ノ時、普明王、過去七仏ヲ念ジテ百人ノ法師ヲ請ジテ、『仁王般若経』ヲ講説シ給フニ、第一ノ高僧、普明王ノ為ニ、而(しか)モ偈ヲ説イテ曰ク、
「劫焼終訖  乾坤銅然
 須弥巨海  都為灰揚」
ト誦シ給フ。
此ノ文、皆説キ畢ンヌ。

捕らえられた普明王は合掌して班足太子にお願いしました。
「どうぞ、一日だけ暇をください。三宝(仏法僧)を敬い、僧を供養しますので」
太子はこれを許しました。
そこで普明王は100人の僧を呼んで仁王会(にんのうえ)という法事を大々的に執り行いました。


普明王、此ノ文ヲ聞キ給ヒ、四諦十二因縁ヲ悟リ、法眼皆空理ヲ得テ、班足太子モ諸法空寂ノ道理ヲ聴聞シ、悪心ヲ翻シ、千人ノ王ニ向ヒテ曰ク、
「是、諸王咎ニ非ズ、外道ノ勧メニ依ツテ悪因ニ趣ク。
 今ハ各々早ク本国ニ帰リ無生法忍ヲ得ベシ」
其ノ昔、班足太子祭ラントセシ処ノ神ハ今ノ狐也。

普明王も班足太子も『仁王経』を聴聞して悟りを得、太子は改心して捕らえた1000人の王を解放しました。
外道の羅陀師にそそのかされて太子が祭ろうとした塚の神がすなわち妖狐玉藻の前の正体なのでした。

以上のように、『仁王経』所収の上記のエピソード(「護国品」)に説かれる狐が世々を経て、大陸から渡り、わが国に来たのでした。

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