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〈大和言葉〉は一種の言葉遊びです。
中世の語り物『浄瑠璃十二段草子』にその典型が出てきます。
源義経が浄瑠璃姫に語りかけます。
あさまのたけの たとへかな
熊野のみやまの ふぜいかな
筒井の水の たとへかな
野中の清水の たとへかな
(下略)
というふうに7・5調の文を10あまり連ねます。
これを聴いた浄瑠璃姫は次のように返答します。
あさまのたけの、たとへとは、きみをおもふと、さぶらふか
熊野のみやまのふぜいとは、申すにかなへと、さぶらふか
筒井の水の、たとへとは、やるかたなきと、さぶらふか
というように、問いに対する答えを加えて返答しています。
この種の謎かけを含む掛け合いを大和言葉といいます。
正しくはもう少し幅広いのですが、これが基本でしょう。
『物くさ太郎』では姫と太郎との掛け合いの形式を採っています。
また平家の悲恋物語『横笛草紙』のように、ラブレターの艶なる詞を解説する文脈で使われています。
くずのした葉とは、我が身うらにありながら、ちぢに心のまよふ事なり。
身はうき雲のやうぞとは、あまのよそなる君ゆゑに、心そらにあこがるることなり
さくらのたちゑの鶯とは、声ふりたてて、なくばかりの事なり
などとあります。
このように「〜とは…とさぶらふか」「〜とは…のことなり」のように形式的な表現が使われています。
これら物語作品中に見られる一問一答が、室町末期から江戸期にかけて流布した歌語集『大和言葉』『大和歌詞』の「〜とは〜の心也」の型に継承されていきます。
前回の記事に紹介した『増補 大和詞大全』は物語の文脈から離れて完全に字引となってしまいましたが、知識の集大成という意味で、一つの到達点といえるでしょう。
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