穴あき日記〜奈良漬のブログ

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妖怪・怪異

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築地魚河岸の人魚

先日、愛媛県立図書館で大正時代の郷土史家のノートを閲覧していたら、面白い新聞記事が貼り込まれていました。
出没した人魚の検証に関する記事です。
大正14年の『伊予日日新聞』なのですが、日付がメモされていないので、何月何日の記事なのかは分かりません。
舞台は東京築地なので、東京発の新聞各紙にも関連記事が載っているかも知れませんね。
御存じのかた、ご教示ください。
(濁点の誤りは適宜改め、文末の句点を一部補いました。振り仮名は一部を除き省略)
 
***************************
「おも白き恋のローマンスをもつ絵その侭の人魚が来た
 魚介に交つて突如築地魚河岸へ学者たちが参考の為研究する
 
 ◇昔から人魚といふ動物が海に棲息すると伝へられ漁夫が海上で浪にゆられながら子供を抱いて乳を飲ましてゐるのを見たといふ話も度々である。美しい涙の出るやうな海洋のローマンスとして或夕航海中の船舶の一漁夫がふと海上に髪を振乱して海上に浮き沈みしつゝある女を発見して船に引上た。
 ◇それから女を船中に置く裡(うち)に若い美男子の漁夫は故郷のこともわすれてその女を愛するやうになつた女「私を愛するなら決して陸へ連て行かないで下さい」と云つた。彼は女を愛するの余り船員が一人へり二人去つて行くのもしらないで永久に航海を続ける決心で海上に漂つたけれども人間である漁夫は若々しく美しいにひきかへだんだんと年をおいてさびしさを感じ女の熱情を受られなくなつて愈(いよいよ)故郷へ指して船を進めた。船が明朝故郷につくといふ夕その女は海中深く姿を没して忽ち人魚の姿に返つた。男も今更さびしく同じく海中に身を投じて死んだローマンスもある。
 ◇人魚それが突如築地の魚河岸へ勿論いきてはゐないが現はれその報を得た水産講習所や大日本水産会では珍しいとて研究することゝなり持主の築地魚河岸佃兼と交渉して水産講習所勅任教授妹尾秀実氏外(ほか)教授数氏がその人魚について鑑定をした。何(ど)うも余りに珍しいので作りものらしいといふので頗る問題になつてゐる。然し上半身は人間のやうな骨相を持ち下半身は魚身である。丁度絵にあるやうな珍しいもの。持主佃兼では其方面から手に入れたのだといふが研究の余地があるらしい。
***************************
 
長い文章でしたが、本題は三段落目だけなんですよねw
 
人魚は漁船で引き揚げたものではなく、「その方面から手に入れた」ということです。
「どの方面」から手に入れたのでしょう。
先日、熱田神宮奉納連歌(上・下)を読了しました。
前々回の記事で取り上げた浄瑠璃姫についても一句詠まれています。
『寛永二十年俳諧百韻』(1643年)より
  管絃(くはげん)には 笛の役者の足らざらん
   浄瑠璃姫に 尽くす牛若
  恋ゆゑに矢矧(やはぎ)の橋にただよひて
*(笛を吹いて)浄瑠璃姫に尽くす牛若。恋ゆえに矢矧の橋のあたりをさまよっていることよ。
 
せっかくなので、個人的に興味のある怪異・妖怪関連の句を抜き出しておきます。
 
【物の怪】
『天文十五・十六年千句』(1546〜1547年)より
   祈る数そふ 御注連(みしめ)白木綿(しらゆふ)
  物の怪も なにの恨みか 残さまし
*(多くの祈りが通じて)物の怪もなんの恨みを残すだろうか。
 
『寛永二十年九月二十八日夢想百韻』より
   おもひの玉や くりかへすらん
  物の怪の 名をさまざまに 名乗りいで
*(思いを残す魂が繰り返し現れ)物の怪の名をさまざまに名乗り出ることだ。
 
【鬼】
『天正十八年千句』(1590年)より
   夕べになれば 女たたずむ
  まれに見ば 鬼のかたちも かくやらん
*(夕べに外にたたずむ(妖艶な)女を)たまに見かけると、鬼の姿もこうなんだろうかと思われるよ。
 
【遊魂】
『天正十八年千句』より
   おもひのあまり いでて行く道
  とりとめぬ 魂をただ 打ちわびて
*(道に思いのあまり出ていった)取りとめない魂をただうち詫びて眺めることだ。
 
【妖狐】
『寛永二十年俳諧百韻』
   手車まはし 人をたらせり
  月の夜に こんと鳴きたる 古狐
*(手車をまわすように人をたらした。)月夜にコンとないた古狐よ。
 

崇徳院のこと少々

一週間ぶりの更新です。
 
崇徳院(すとくいん・1119-1164)は平安期の天皇で、保元の乱に敗れて讃岐国に流刑に処されました。
その不遇な生涯から、古来名高い怨霊として知られます。
もと、院号は讃岐院でしたが、のちに鎌倉幕府の怨霊慰撫の意向によって崇徳院と改められました。
 
怨霊化の詳細は中世軍記の『保元物語』に描かれています。
「日本国の大悪魔」になることを誓って生きながら天狗となり、荼毘の煙は都に流れていったといいます。
その後、崇徳院の怨霊伝説は中近世の説話・物語・芸能・絵画など、さまざまなジャンルの題材となっていきます。
怨霊としての性格のほかに、妖怪としては天狗との関係も濃厚です。
 
ところで香川県には崇徳院の伝説が散在し、院やその皇子を祀る社もあります。
そうした中で日文研のDBにこんなのが載っていました。
「阿佐川神社は通称をシコクサンといい、崇徳天皇を祭っている。明治初期、不景気のために宵祭りの神楽奉納を止めることになった。すると祭の後に、近隣の村人から大きな神楽をしていて、灯を見たとか笛や太鼓の音を聞いたという話を聞いた。氏子は誰一人としてこれを見聞きしておらず、これは神が神楽をしてくれということだろうといい、また神楽奉納をするようになった。」
珍しい事例ですが、一種の世間話ですね。
阿佐川神社は香川県綾歌郡綾川町(元綾上町で、2006年に綾川町に合併)に鎮座する社だそうです。
が、ちょっと手もとに資料がないし、ネット検索してもヒットしないので、よく分からないんですね。
今度地元教育委員会にでも問い合わせてみないといけないかも。
 

九尾の狐の尻尾

世にに九尾の狐というのがおります。
以前、何度か本ブログにおいて玉藻の前という妖狐を主人公とする『玉藻の草子』という室町時代物語を取り上げました。
これが九尾の狐なのだと言われます。
ただ、注意しなくてはならないのは、玉藻の前は中世後期の古い物語草子や絵巻に登場しますが、みな二尾だということです。
http://blogs.yahoo.co.jp/warszawa11045/17862673.html
 
退治したあと、その尾を切ってみると、中にそれぞれ赤白の針が入っていたそうです。
九本では解体処理が大変ですねw
赤白とか白黒とか陰陽とか、そうした二項対立に意味が隠されているのでしょう。
 
これの二尾の妖狐が九尾にすり替わったのは、おそらく近世の読み物の影響だろうと思われます。
すなわち滝沢馬琴は随筆『玄同放言』の中で次のように述べています。
 
  国俗(みくにうど)のいはゆる九尾狐は『三国悪狐伝』(一名、三国妖婦伝)てふ草子物語より出でたり。
  かの悪狐伝は、原本、何人の作なるかを知らず。
  ちかき頃まで写本にておこなはれき。
 
(もともと九尾の狐というのは中国では子孫繁昌などめでたい予兆を示す瑞獣だったのですが)、日本では俗に悪狐とされます。それは『三国悪狐伝』(またの名を『三国妖婦伝』とも)という物語草子に由来する俗信に過ぎないとのこと。
で、その『三国悪狐伝』なる本は一般には『三国妖婦伝』のほうで知られています。
写本としても流布しています。
馬琴の言を信じるならば、もともと作者不詳の写本の読み物として書き継がれていたものが、のちに名のある作家と絵師のコラボの絵本として出版されたもののようです。
こっちもまたよく流布しております。
 
そういう読み物ですから、玉藻=九尾の狐というイメージが定着したもののようです。
 
ところで、民間では読み物には記されていない説が付随していることがあります。
すなわち九尾の狐が退治されたとき、尾が天に散り散りに飛散したといいます。
それらは日本中に散らばり、人に憑くクダギツネまたはオサキになりました。
あるいは殺生石を砕いて、その破片を踏むとコマメができるともいいます。
 
クダギツネ、オサキというのは、人に取り憑く狐で、昔は日本中にたくさんおりました。
九尾の狐をそうした狐の始祖と信じていたようです。
こうなると、九尾の狐は単なる妖怪ではなく、一種、神話的な性格を帯びているようです。
しばらくぶりです。
土曜日に学会でシンポジウムのパネリストをやり、お伽草子の話をしました。
その前の数日は仕事をしながらその合間合間に準備せねばならず、またその後は軽く燃え尽き症候群に陥っておりました。
いつものことですが、一仕事終えるたびに、この無気力状態はどうにかならんものかと思います。
おかげで安定したリーマンライフとはまったく無縁の人生を過ごしております。
 
閑話休題。
昨日終わってしまいましたが、渋谷の國學院大學図書館で古典籍のささやかな展示会が催されておりました。
テーマは「異類・変化・怪奇との共生」
展示資料は次の通り。
 
・羅生門絵巻
江戸前期写2軸。
源頼光四天王の一人渡辺綱の鬼退治の話。
 
・ふくろう
奈良絵本2冊。
ふくろうと鳥社会のヒロインうそ姫との悲恋物語。
 
・いなり妻の草子
江戸中期絵巻1軸。
人間の男と稲荷の使者白狐との婚姻物語。
信田妻の面影あり。
 
・酒呑童子絵巻
江戸前期絵巻1軸。
大江山の酒呑童子の物語。
 
・付喪神絵詞(つくもがみ・えことば)
江戸後期絵巻1軸。
古くなった器物に魂魄が宿り妖怪化した付喪神。
その生成から往生するまでを描いた物語。
妖怪絵巻の傑作。
 
・百鬼夜行絵巻
江戸後期絵巻1軸。
鬼や神変を得た動物、付喪神らが行列をなす様を描く妖怪絵巻の傑作中の傑作。
今は百鬼夜行絵巻についていろいろ語りたい心境ですが、省略。
 
・宇治拾遺物語
万治2年(1659)絵入版本。
院政期の説話集の傑作。
 
・古今著聞集
明和7年(1770)絵入版本。
鎌倉期の世俗説話集。
 
・源平盛衰記図会(げんぺいじょうすいき・ずえ)
寛政12年(1800)絵入版本。
『平家物語』の中でも大部の作品『源平盛衰記』の絵入本。
良く読まれた本です。
 
・義経勲功図会
江戸後期絵入版本。
源義経の一代記。
 
・十訓抄
享保6年(1721)絵入版本。
鎌倉期の世俗説話集。
 
・徒然草
江戸中期絵入版本。
言わずと知れた鎌倉期の随筆。
妖怪ネコマタの挿絵が展示されてました。
 
・佐国物語
江戸前期の絵入版本。
草木の精が女性の姿に変じて仏の教えに導かれる話。
 
・狗張子
元禄5年(1692)絵入版本。
江戸前期を代表する怪談集。
 
・酒呑童子絵貼交屏風(しゅてんどうじ・え・はりまぜ・びょうぶ)
二曲一隻。
江戸前期に制作した『酒呑童子』の横型奈良絵本の挿絵を屏風に貼ったもの。
 
 
たいへん面白い展示でした。
とくに、妖怪関連の展示といえば、近世の妖怪絵巻とか怪談本とか錦絵とか、そういうものばかりを並べるのが普通です。
しかし、この展示では中世の文学作品の絵入版本の挿絵など、見過ごされがちな作品を主に扱っている点、新鮮でした。
また同様の試みをしてもらいたいものです。
 

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