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動物は人間と交流するときにいろいろの形をとります。
キツネやタヌキだったら、人間に化けます。
絵画の世界では、頭が動物で、それ以外が人間という造形が一般に行われてきました。
最近だと、後ろ足で立ちあがり、骨格を人間に近づけた獣人のような造形が一般化しているようですね。
ところがサルの場合は人間に化けることも、獣人化することもありません。
原形のサルのまま、ただし、服を着ているという設定になります。
昔話でいえば、鶴女房ではツルが美しい女性に化ける、カチカチ山ではタヌキが人間の婆さんに化ける、蛇聟入り(三輪山の伝説)では蛇が男性に化けるなどなど。
ところが猿聟入りではサルのまんま、農夫の娘を嫁にしようとします。
猿神退治もしかり。
お伽草子の『藤袋草子絵巻』は猿聟入りの物語ですが、やはりサルのまま描かれています。
江戸時代前期の絵巻で中国のサルの隠れ里を取り上げた『猿陽侯絵巻』というのがあるのですが、それでもサルが立派な服を着ているだけです。
この作品ではサルの棲み処に美しい女性が3人いて、退治にきた猟師がサルの化けた姿だと勘違いします。
つまりサルは化ける能力があると考えているんです。
これは年経た動物は神変を得るという発想に基づくものでして、どの動物であっても、年経たら皆異能を備えるようになります。
古狐の玉藻の前も鍋島の化け猫もその例です。
サルが人間に化ける姿を一度見てみたい気がしますが、まだ絵では見たことがありません。
たとえば戦前の茨城の農村で、サルが死んだ爺さんに化けて婆さんのところにやってきて毎晩飯を食べていたという話があります。
また夫の猟師にばけて、妻と契り、毛むくじゃらの子どもを産んだという話もあります(栃木県)。
また若い女性が男と契り家出しました。
この男が実はサルの化けた姿なのでした。
数十年後、猟師がある山に入ったらその女が見つかったので、一緒に帰ろうとすすめられると、サルに殺されるから嫌だと、山にとどまったそうです(宮城県)。
この話は猿神の面影のある怪異譚にですね。
サルは人間に姿形が似ているから、わざわざ人間に化けた姿で描いたり、頭以外は人間の姿で造形することもなく、単に服を着せるだけで人に見立てることが可能です。
その点、ほかの動物たちと一線を画するわけです。
しかしそれゆえに、ほかの動物たちが擬人化されていても(たとえば桃太郎の家来たち)、サルは猿廻しのサルのごとく赤いチャンチャンコなどを着てるだけという安易な表現になっているのでしょうか。
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