穴あき日記〜奈良漬のブログ

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妖怪・怪異

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狐の嫁取り

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大正15年に『越後三条南郷談』という文庫本サイズの小さな本がでました。
今の新潟県三条市南部の民俗や歴史などが書かれた本です。
昔話・伝説・世間話・民謡・俗信・方言・地名・年中行事・生業・信仰・生物など広範囲に及んでいます。
そのうち、生物や妖怪にまつわる話、風変わりな人の話、民謡が充実しています。
構成が中途半端でまとまりがないという批判のあり、その点、同意見ですけど、しかし内容的には十分面白いもので、僕の愛読書の1冊です。

さて、この本には、その土地特有の話もありますが、全国的に見られる事柄も収録しています。
妖怪・怪異関連でいうと、火の玉、竜巻、天から降ってきた亀のような現象から天狗、河童、小豆とぎ、蓑虫、朱盤などなどさまざまです。
中でも沢山載っている話が狐にまつわるもの。
狐の化かされた話や狐火、名前のある狐の話などです。

狐火には単独で浮遊するものもありますが、行列をなすものもあります。
行列をなすものを狐の嫁入りと一般にいいますね。
ここでは「狐の嫁取り」といいます。
三条市南部の大面(おおもむら)に松原というところがあり、ここでよく見られたそうです。

去年、実際歩いてみました。
近くのお年寄り(昭和5年生)から、子どもの頃よく見たということを聴きました。
その方はこんなことを言っていました。

「昔は松原の方で狐の嫁取りが見られた。
 何度も見た。
 11時頃から始まった。
 見えてくるると、「狐の嫁取り始まったけえ、見に来いや」などと言って、夏によく見に行ったものである。
 ポカポカ、ポカポカ20〜30mくらいの光の行列が山の方に向かってのぼっていった。」

『越後三条南郷談』で書かれているのと同じ光景を目にしていたお年寄りがいたんですね。
この方はほかにも、

「狐の嫁取りは近場では見えない。
 ちょっと眺めるようなところに出る。
 北陸工業の工場が建てられる前は狐がいっぱいいた。
 長嶺(ながみね)にも狐の巣が多くあった。
 松の枝で燃やして遊んでいると、大人から「狐に仕返しされるぞ」と言われた。」

などと言っていました。
狐が人を化かしたり、仕返しをしたりする意思をもつことは昭和初期生まれでも信じている人がいたようです。
それ以前の人々には自明のものであったようです。

しかし、狐の嫁取りについてはもっと合理的というか、擬科学的というか、もっともらしい解釈をする人もいたようです。
ここで聴いたのは、狐の嫁取りというのは、松原の木の表面についている粉っぽい苔が光るんだということです。
残念ながら実見することはできませんでしたが、画像に挙げたのが件の苔のようです。
これ、ほんとに光るんでしょうかね???

※画像は話に出てきた長嶺地区の遠景。
 狐の嫁取りが見れるのはその先の山です。
 昔は手前の水田にも狐が見られたそうです。

山中の大きな頭の女

柳田國男は日本の民俗学を築いた人物としてよく知られています。
その柳田は大正期に主宰していた雑誌『郷土研究』でさまざまな名前を使っていました。
川村杳樹・尾芝古樟・中川長昌・久米長目その他、いろいろとあります。

さて、『郷土研究』第4巻11号(大正6年2月)には久米長目の名で「山人外伝史料」という論文を掲載しています。
これは日本民族以前に本土に居住していた民族の存在を論じたもので、後世、山人(やまひと)として目撃される異人を古代の民族の末裔として捉えてるものです。
この論自体、のちに柳田自身、否定するものですし、発表当初から、たとえば南方熊楠(みなかた・くまぐす)などによって批判されておりました。

この内容については今はおいておきます。
久々に今日読み返していたのですが、ふと、面白い記事を引用していることに気付きました。
それは『奥相志』という幕末の地誌に載っているものです。

磐城相馬郡(今の福島県)の山中に猟師が入り、暁ごとに笛を吹いて鹿の来るのを待ちました。
ある日、笛を吹くと、大きな音がしたので大鹿が来たのだろうと思って鉄砲を手に待ち構えていました。
すると、藪の中から女の頭が出てきました。
大笊(おおざる)のような大きな頭で長く乱れた髪を地に曳いていました。
女は猟師を見て微笑みましたが、その様子が恐ろしくてなりません。
大急ぎで家に逃げ帰りました。
猟師は山神が殺生を戒めるために脅かしたのだと村の古老から諭され、狩猟をやめました。

ところで『醍醐随筆』にこんな話が載っています。

土佐の山奥で鹿を獲ろうと、鹿笛(ししぶえ)を吹くと、俄に山鳴り騒ぎました。
何か来ると思い、鉄砲を手に待ち構えました。
すると、普通の頭3つ4つ分くらいの女の頭が見えました。
首から下は見えません。
女はまわりを見まわしてまた引っ込んでしまいました。

猟師が鉄砲を手に、一人で山奥に鹿狩にいくこと、
鹿笛を吹くこと、
頭の大きな女が現れること、

これらの点でこの2話が似ています。
『醍醐随筆』は17世紀後半の本。
『奥相志』は幕末の本。
関係があるとすれば、『奥相志』の記事が『醍醐随筆』の説話に基づくということでしょう。
しかし、このほかにも類話があるのかも知れません。
山の神を女神とする地域は日本に多く、あるいはこれらは山の神の目撃談なのかも知れません。
でもなぜ大きな頭をした女なのでしょう。
不思議なことです。
猟師は山中でこうした神秘的な出来事を少なからず体験しているものなのでしょう。


※異類の会の記事更新
『平家物語』における馬の記述からみえるものー『源平盛衰記』を中心にー
http://irui.zoku-sei.com/Entry/25/

人に憑く狐

人に憑く動物として代表的なものはキツネとタヌキですね。
このほか、イタチ、イズナ、テンなども知られるところでしょう。
カワウソは人を化かしますが、憑く話を聞いたことがありません。
カワウソも憑くのでしょうか…?
それから、局地的ですけど、イヌガミ憑きなんてのもありましたね。
ちなみに狂言「梟山伏」ではフクロウが人に憑依するので、奇妙な話ですが、フクロウもまた憑く動物と見られていたのかも知れません。

憑依された人については、どういった症状が見られるのか、この点については昔から詳細に記録されています。
今更とやかく言うことではないでしょう。
で、ちょっと気になっていたのですが、憑いているときの動物はどうなっているのでしょうか。
この点、ほとんど言及されてこなかったように思います。
これはすなわち憑き物の話題の関心の先は憑かれた人の状態なのであって、憑いた動物の状態ではないということでしょう。

ところでかつて愛知県長篠のあたりには、おとら狐という人に憑く狐がいました。
大正時代の雑誌『郷土研究』にこの狐について調べたことが書かれています。
それによると、普通の狐の姿をしていたらしいです。
ある時、小屋の鶏が狐に襲われ、その後、隣家の婆さんに憑いたおとら狐は「鶏を取りそこのうて残念だった」と言ったそうな。
また白狐という説もありました。
おとらが憑いているというのは狐と同棲していることになるから、衣服に狐の毛があるものだそうです。
その中で、白い毛があるなどとも言われたそうです。
ともあれ、結局のところ、何色の狐かは判明しなかったようですが、ほんの百年ほど前まで、狐が憑くのは自明なものとして認識されていたわけです。

さて、狐などが人に憑いたら、本体はどうなるのでしょうか。
実体を伴う未確認生物の類でないのなら、そのまま人間の中に取り入るイメージがありますけど、どうなんでしょう?
実体を伴うならば、肉体から霊魂が抜け出して人間に憑依すると考えるのが順当かと思われます。
おとら狐は肉体から離れるタイプなんですね。
その土地の人々にはそう信じられていました。
狐自体とは会話ができませんが、憑かれた人間の口を借りて問答をしたことがあったようです。

「貴様の体はどうした」
などと尋ねると、
「どこどこの茶の木の陰に置いてきた」
とか
「藪の中にある」
とか答えたとのこと。

つまり狐は人間に憑く時、自分の体をどこかに置いていくわけです。
たぶん、寝入っている状態なのではないでしょうか。
その間、魂だけが人間に憑いていろいろ悪さをするのでしょう。
そう考えると、これは人間の生霊やあるいは睡眠中の幽体離脱に近いものではないかと思われます。
人間の場合は自らの意志で霊魂を肉体から放すことはできないし、できるとしても、特殊な能力といえます。
しかし狐は生まれもった性質からこれが出来るのでしょう。
その狐の中でも高い能力をもっているのが愛知のおとら狐であったということができるかも知れません。

江戸時代の天狗の一面

天狗はもともと仏教の障害となるようなことばかりしていました。
が、中には山岳で修行する人間を利する天狗もいました。
鎌倉時代の説話集『沙石集』にはそうした善い天狗を「善天狗」と呼んでいます。
その後、山伏だけでなく、剣士に剣術を授けたりもするようになりました。

さて、山に住む善き存在というイメージが定着してくると、神社仏閣の守護者と目されるようになりました。
『醍醐随筆』の著者中山三柳の説く天狗像はそうしたものの一例といえます。

深山にある神社仏閣は天狗が守護しているそうです。
そこに不浄な、つまり精進潔斎しない参拝人がやってくると、天狗にとられて五体が裂かれ、木の枝などにかけられてしまいます。

江戸時代にはこのようなことが一般に信じられていました。
ところが三柳はこれに疑問を抱きます。

身を清めずに参詣することに引け目があるから、心がたどたどしくなり、踏む足も定まらずにつまづいて谷に転落して死んでしまいます。
そしてトビやカラス、あるいはワシやクマタカ、さらにはクマやオオカミなどにも食い裂かれ、また木の枝にかけられるものも出てきます。
これを天狗の仕業だというのだと、三柳は考えました。

また三柳によると、絵に描かれる天狗というのは、人の形をしていて羽があるものだと説明します。
この点、一般的なイメージと同じです。
天狗になるのは、慢心のある僧侶がなるというのが一般的ですが、これについて三柳は人間が死後異類となることさえ怪しいのに、まして自在に飛行できて長生きするものに転生するというのは、道理に合わないと懐疑的です。

ちなみに三柳は鬼の絵を見て次のように述べています。
「鬼は角を戴きながら、上下、牙生ひそろひける。
 されば角あるものは上歯なきなり。
 鬼も生物ならば角ありて上歯あるべからず。
 いつはりは事ごとにあらはるる」
つまり、角ある動物の特徴に反していることから、角鬼の絵が存在を信じていないのです。
いかにも医者らしい考えといえるでしょう。

天狗も鬼も信じない知識人としての一面がうかがわれます。

大蛇の話(承前)

大蛇がらみでもう1つ。
恐怖政治を行った足利将軍義教公を弑殺した播州の国主赤松満祐についてのエピソードが『醍醐随筆』の載っています。

満祐が騎馬で隣国との和睦協議をしに国境に向かいました。
すると向いの山に10丈はありそうな大蛇がいました。
この大蛇は野飼いの牛を追いかけて丸呑みにしてしまいました。
牛を食べ終えた大蛇は山を下りはじめたのですが、すると次第次第に細く小さくなっていき、麓に至ったころには2尺ほどの小蛇になってしまいました。
天高く旋回していた鴟(トビ)がこれを見つけ、舞い降りて足でつかみ、近くの辻堂の屋根にとまって食べてしまいました。

さて、10丈といえば、ざっと30メートルです。
それがどんどん小さくなって、およそ60センチ程度になってしまったというのです。
そもそもそんな大きな蛇がいること自体、あり得ないので、実話ではなかろうと思います。
それはそれでいいのですが、面白いと思うのは、大蛇が山を下りるにしたがって小さくなるという発想です。
ちょっと類例が思い当たりませんね。

ヘビがタコになるとか、ウナギがヤマイモになるとか、そうした話は和漢に例が多いのですが、山の上下で大きさが変るというのは珍しい話だと思います。
伸縮自在というのは妖怪の能力としてありそうですが、この蛇の場合は自分の意思とかかわらず、山での位置によって身長が変ってしまうので、妖怪にしては役に立たない属性ですね。

実はこの話、大国の国主赤松満祐が小勢で敵国との境に行った時のエピソード。
これを目撃した満祐はこう思いました。
「今、十五、六騎にて敵に出合はんは、小蛇の鴟にあふと等しかりなん。
 往くべからず」
そして居城に引き返したそうです。

つまり武将の時にあってとるべき行動を示した話なわけです。
この教訓を説くために作った創作であって、何か民間伝承にもとづく話とは別種とみるべきなのかも知れません。
そうそると、類話がほかに見られないのもうなずけるのですが…。
まあ、しばらく類例を探してみることにします。


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