穴あき日記〜奈良漬のブログ

『熊楠と猫』発売中!/ツイッターID:@NarazakeMiwa

妖怪・怪異

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

大蛇の話

古今東西、大蛇の話は数知れずありますけど、正直、どこまでが本当で、どこから虚構なのかがさっぱり分かりません。
都市伝説やタブロイド誌と同様、ウソかマコトかの判断は受け手である我々に委ねられているということでしょう。

そうなると、とりあえず、もっともらしいギリギリのライン、つまりヘビの長さとしてあり得るのはどのくらいだろうかと考えるわけです。
世界的にはニシキヘビで10メートルくらいのが稀にいるそうです(これホントw)。
2002年にはインドネシアのスマトラ島で15メートルの蛇が獲れています。
日本ではどうか。
アイダイショウが大きいヘビの日本代表ですが、3メートル強が限度らしいです。


ところで江戸前期の随筆『醍醐随筆』にはこんな話が載っています。

近江国(おうみのくに=滋賀県)の甲賀のあたりで12、3歳の子どもが大蛇に呑み込まれてしまいました。
一緒に遊んでいた子どもは走って逃げ、その子の父に伝えました。
父が急いでその場所に行くと、大蛇は近くの谷で水を飲んでいました。
そこへ飛びかかって首を掻っ切り中から子どもを救いだしました。
蛇の長さは3丈あまり。
太さは抱くばかり。

さて、救われた子どもは無事ではありませんでした。
頭がつぶれてゆがんで窪み、髪の毛がことごとく抜けて二度と生えてきませんでした。

このエピソードは蛇の呑まれた子どもが年老いて70余歳のこと語った話だそうです。
豊臣時代か関ヶ原の合戦の頃の出来事だろうと想像します。


これが事実だとすれば、約9メートルの蛇が日本にいたことになります。
ニシキヘビならば、さもありなんといったところでしょうが、それほど成長する蛇は日本の在来種にはいませんので、どうもこの話は虚構らしいです。
しかし、フィクションとするには勿体ない気もしますw


先日、コンビニで『スーパーUMA目撃ファイル』という怪しげな本を購入して面白く読みました。
その中にアナコンダに呑みこまれた人の写真が載っていて、上記の話と重なりました。
外国なら実際にあり得る出来事なんですね。
ただ、この本には、同時に40メートルの蛇の目撃談とか、60メートルの蛇を捕獲した話とかもあわせて掲載しているので、正直、どこまで信じてよいのやら悩ましいところです。

僕自身、昨年、新潟の山村で大蛇を実際目撃した人から話を聴きましたが、目の錯覚なんだろうなあと思いながら聴いたものです(失礼!)。

大蛇の話って、いつでもどこでも尽きないもので、不思議なものだと思います。

狸の変化

 古代中世の説話集を読んでいると、狸の話は数が少ないですね。
鎌倉時代の大著『古今著聞集(ここん・ちょもんじゅう)』には狸が化け、人を害する話が4話ほど載っています。
それに先だって、『今昔物語集』にも「狐狸」が人に悪戯を働くものであることが触れられていますが、狸の変化譚を本格的に採用したのは『著聞集』が早いでしょう。
中国にも「狐狸」の怪を触れたものがありますが、タヌキが怪異をなすことに関しては、際だって日本は豊かな話材に溢れているといえます。
ちなみに「狸」はネコを意味するという説もあります。

室町時代のお伽草子『十二類絵巻』には十二支の動物たちに復讐するために、狸が鬼に化けます。
『古今著聞集』にも軒ほどの大きな妖怪に化けた狸の話があります。
狸が女に化ける例は室町期にも事実として確認されます。
都に下女の姿で現れたというのです。

とまあ、いろいろな姿に変化する能力を備えている点、狐と同じです。
けれども狐のように人間の男と契るものはどうも見当たりません。
仮にあるとしても稀なケースでしょう。
つまり狐とは、多少、化ける対象に違いが見られるようです。

それから、狸には化け損ないが笑話とされることも多いですね。
『十二類絵巻』『獣太平記〈けだものたいへいき〉』では鬼に化けたものの、犬に見破られてしまいます。
上記の都に現れた女に化け狸も犬に正体を暴かれてしまいます。
「狸の腹鼓」や「鹿待つ所の狸」など、狸は変化するものではありますが、狐ほど恐ろしいものとしては見られておらず、むしろ滑稽味のある妖怪説話のキャラクターとして扱われることが多かったみたいです。

近世の代表的な妖怪絵巻『稲生物怪録〈いのうもののけろく〉』では狸の化ける様々な妖怪は娯楽性が豊かであり、落語「化け物使い」もまた然りです。
同様に主人公をさまざまな妖怪になって驚かせる物語絵巻に『大石兵六物語〈おおいしひょうろくものがたり〉』がありますが、妖怪に化ける狐は主人公を恐怖させ、愚弄する性格をもっていて、それらとは対照的です。

狐と狸は合せて「狐狸」などと言われますが、意外と棲み分けがされていたみたいですね。

地獄の鬼が飢える話

先日の記事で、笑い話としての妖怪説話について少し取り上げました。
http://blogs.yahoo.co.jp/warszawa11045/15622775.html
そこで戦国期の『法華経』の説教談議の資料の中に鬼の大将が部下の鬼たちに人を襲わせようとした話を紹介しました。
結局、説法を耳にした鬼たちは金色の体になってしまったのでした。
で、この話は落語の「お血脈」に似ているとも書きました。

地獄では善光寺のお血脈のために、地獄に堕ちる人間がいなくなってしまいました。
そこで閻魔王は五右衛門に命じて善光寺のお血脈を奪うことにしました。
しかしながら、これに触った五右衛門がそのまま極楽に行ってしまったのです。

そうすると、上の説法の説話はあるいは閻魔王の説話としても語られていたものだろうかと想像されてきます。
ところで江戸時代にくだって『強盗鬼神』という物語草子があります。

やはり地獄に罪人が来なくなったために、獄卒たちは閻魔王の目を盗んで三途の川や死出の山、賽の河原で海賊、山賊や追い剥ぎといった強盗行為を繰り返すようになったことが記されています。
で、阿弥陀如来の要請を受けた閻魔王がそれらを罰することになるわけです。
ここでも閻魔王の権威を地に落すような設定で描かれています。

この話は江戸時代前期に成立した物語草子に記されているものです。
地獄に罪人が来なくなって鬼たちが飢餓で苦しむという設定は「お血脈」と同じですね。

上記、説法の説話とこの『強盗鬼神』はいずれも笑い話としても捉えられる話で、「お血脈」と通じているように思われます。

狐と火の話

狐が化ける話は白楽天などが詩の題材にしています。
日本ばかりではないんですね。
日本においては、はやく『日本霊異記』に語られていています(上巻2話)。
狐と人間との契る話は『扶桑略記』、『神明鏡』、さらに能・幸若舞・古浄瑠璃といった芸能にも見られます。
中世の軍記物語『曾我物語』では伝説的な歌人の在原業平と女狐が契る話が載っています。
こうした人間の男と女狐とが契る話を狐女房譚などといいます。
狐の場合は人間と交渉をもつ説話が少なくないのです。

それに比べて、古代中世における狸の話は数が少ないですね。
『古今著聞集』には狸が化け、人を害する話が4話ほど載っています。
室町時代のお伽草子『十二類絵巻』には十二支の動物たちに復讐するために、狸が鬼に化けます。
しかし、結局、正体は犬に見破られてしまいます。
狸が女に化ける例は中世にもありますが、説話・物語として狸が狐のように人間の男と契るものはみられないようです。
仮にあるとしても稀なケースなんでしょう。

ところで狐といえば狐火というものがあります。
いつからあるのか分かりませんが、狐と火との縁は『宇治拾遺物語』に見えます。

甲斐国の侍が狐に矢を放ちました。
それが当たり、狐は腰を引きながら逃げ去りました。
その後、狐は火をくわえて侍の家に近づき、火を放ちました。
家は焼けてしまいました。

狐の放火で想い起こすのは、宮田登『江戸の小さな神々』に掲載されている田無の稲荷神社のエピソードです。
(この本、実家に置いたままで手もとになく、記憶が曖昧ですが…)
明治期、神社合祀が進められる中で、稲荷の祠も移動することになりました。
その後、近くで火災がありました。
その時、狐が火事場から走り去る姿が見えたそうです。
それに先だって、近くの老婆の夢に、お稲荷さんが現れ、元の場所に戻りたいとおっしゃっていたそうです。
その噂があって、合祀された場所から、元の場所に戻したそうです。

また、明治40年生まれの佐渡の老婆の話に、狐と狢(むじな=狸)の知恵比べがあります。
越後の狐と佐渡の狢が腕比べしようということで、狐が火事をおこしました。
人々は驚き、大騒ぎになりましたが、
「こんけえ大火なのに煙が出ん」
といって、そのまま済みました。
このあと、狢は大名行列を見せて、狢が勝ちました。
優劣はともかくとして、この話でも狐は火をおこしています。

どうも狐火と縁があるためか、狐と火とがかかわる話というのは多いみたいですね。
注意してこなかったので、俄に事例が出てきませんが、今気になっているところです。

善良な天狗

天狗は基本的に仏敵として位置づけられる妖怪です。
人間、とくに知性の高い僧侶などが慢心を起こした末に天狗道に堕ちて、仏教信者に害をなす妖怪になってしまうのでした。
魔鬼とも言って、広く鬼の一種にも捉えられていたものです。

ところが、そう悪いものばかりではないらしいです。
鎌倉時代の仏教説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』にはそんな天狗が出てきます。

真夜中に奥州の山奥のお堂に籠って修行に勤しんでいる僧がいたのですが、人音が聞こえたので怖くなって隠形(おんぎょう)の印を結んで姿を見えなくしました。
しかし、印の結び方が間違っていたんですね。
すっかり相手に見えていました。
その相手というのが天狗です。
「御坊の印の結び方は違ってみえますぞ。
 さあ、教えて差し上げましょう」
天狗は近づきてきて、僧に正しい結び方を教えました。
「よしよし、今度は見えませんぞ」
と言って、お堂から飛び去っていきました。

このように、天狗にも仏道に志あるものがいます。
志はあるものの、執心が失せなかったためにこのような天狗になってしまったのです。
仏道の障りとなることしかしない天狗に対して、これを善天狗といいます。

思えば、鞍馬寺で牛若丸に神通力や兵法を授けたのは天狗でした。
それでなくとも、山伏と天狗とのつながりは強いですね。
天狗を仲間、あるいは使い魔のようにみなす流れは、善天狗という考え方のみられる鎌倉時代にはすでに作られつつあったのかも知れません。


.
奈良漬
奈良漬
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(2)
  • トーヤ
  • 太陽求めポチが行く
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事