穴あき日記〜奈良漬のブログ

『熊楠と猫』発売中!/ツイッターID:@NarazakeMiwa

妖怪・怪異

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

蛇と女の話

人間が蛇になる例は、近世、怪談集が流行るようになって増えてくるようです。
それ以前で鎌倉時代の仏教説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』所収の「妄執によりて、女、蛇(じゃ)と成る事」がよく知られる話です。
内容はタイトル通りですねw

鎌倉の若宮八幡にいるお稚児さんに恋をした娘が病気になります。
恋の病ですね。
それで親がその稚児に頼んで娘のもとに通ってもらうことにします。
でも気がないために、次第に疎遠になってしまいます。
すると娘はふたたび病がちになり、ついに死んでしまいました。
しばらくして稚児も狂死しました。
稚児の棺には蛇がまとわりついていたのですが、一緒に葬りました。
娘のほうは、骨が小さな蛇になったり、蛇になりかけたりしていました。
これは執着愛念の強いゆえだそうです。

これと似た話は、道成寺の縁起ですね。
安珍という美しい僧に恋をした清姫が、逃げた安珍を追っていく中に大蛇に変貌していく様が絵巻に描かれています。
これも愛執ゆえでしょう。

もう1つ、面白いのは鎌倉時代の説話集『古今著聞集(ここん・ちょもんじゅう)』に収録されている話です。

白拍子のもとに通う男をねたんだ本妻が生霊になります。
その霊は蛇となって夫の陰部に食いついてしまいます。
蛇は食いついて離れず、夫は焦ります。
どうにか刀で殺したのですが、心身が止んで廃人になってしまった。
一方、本妻もその晩から病んで死んでしまいました。

いずれにしても、蛇は妄執の権化とみられるもので、とくに女が男に対する愛執から離れずにいると、生きていても、また死んでからも、蛇に化して相手を取り殺そうとします。
相手を思って死ぬことを〈思い死に〉といいますが、思い死にされると相手は取りつかれて不幸な目に遭います。
これが実体化すると、蛇の姿になると考えられたのでしょうか。
しかし男が蛇になるケースは稀なので、蛇身は女身と切っても切れないものなのでしょう。
『法華経』に見える龍女成仏のエピソードが印象深いためかも知れません。
ただ蛇と女の結びつきは、そのように仏教的な考えに依拠するものか、それとも普遍的なものか、ちょっと分かりませんが。

笑話の中の妖怪

妖怪が可笑しみをもって語られるようになるのはいつ頃からでしょうか。
政治史の時代区分のようにはっきりココからと指し示すことは無理でしょう。
そういうのを信じない人は古くからいたもので、個々の例外的人物を挙げていったら、こういう見通しは無駄になります。
それよりも、徐々に恐れる心が薄れていき、多くの人々が憚ることなく笑えるようになる頃を、おおよその移行期とみたほうが生産的かなと思っています。

思うにそれは室町戦国期ではないかと思います。
詳しい考えは省くとして、参考となるものとしては、狂言、お伽草子異類物、俳諧の連歌、説教談義の説話集などがあります。
前回の記事に挙げた鬼が説法を聴聞して金色になる話もまた、天台系の法華経談議の話材となったものでした。

この時代は同時に、お伽の衆と呼ばれる人々、すなわち主人に対して話などをすることを専ら職務とする人々が出てきました。
はっきりお伽衆と呼ばれなくても、それに類する人々は多かったのです。

江戸時代初期、京都誓願寺の安楽庵策伝の著した『醒酔笑』には、織田信長のもとにいた沼の藤六という、一種のおどけ者にまつわるエピソードをいくつか収録しています。
そのうちの一つに、鵺(ぬえ)に関する話があります。

信長が岐阜にいるとき、藤六が尾張から参上しました。
「尾張に珍しいことはないか」
とお尋ねがあったので、藤六は答えました。
「鵺を木で造ったものがございます」
「嘘だろう?
 が、本当かどうか、話を聴いてやろう」
とおっしゃいました。
そこで藤六は、
「頭はサルスベリ、尾はクチナシ、鳴く声はヌデの木にて…」
と申しました。


鵺の正体はトラツグミと言われます。
『平家物語』などによると、頭は猿、尾は蛇(ヘビ=クチナワ)、鳴く声は鵺だといいます。
澁澤龍彦も北鎌倉の自宅で未明にその不気味な声を聴くということをエッセイに書いています。
藤六は怪鳥鵺をネタにおもしろ可笑しい嘘を申して、信長を楽しませているのでした。


また『醒酔笑』には地獄の鬼の笑い話も載せています。
地獄に堕ちた博打うちが地獄の青鬼・赤鬼に導かれいているとき、赤鬼の尻をつねりました。
赤鬼は驚いて
「この人は、昼間っから☆」
とかわいらしい反応をしました。
諺に「鬼も十八」とありますが、鬼も年頃になればそれなりに色気が出ます。
そのように、この赤鬼も、ちょっと色っぽいところを見せてしまったんですね。

人間を呵責する恐ろしい鬼をこのように描き、それを受け入れる素地ができた社会が江戸時代初期ということになるでしょうか。
室町期から徐々にその片鱗を見せ始め、江戸時代に入って笑いの題材と化していくようになっていったのかも知れません。

鬼の浄化

かつて、鬼は単に妖怪というだけでなんく、幽霊とも近いものでした。
さまざまな属性を内包した複雑な鬼観念は、次第次第に単純な鬼としてのキャラクターに固定していったように思われます。
そして、角があって牙があって体が赤かったり青かったりする魔物とみられるようになります。
もちろん、民間には様々な鬼のイメージが残りますが、都市に住まい、文学や絵画などの文芸を制作し、また享受する人々の間では特定のイメージの形成が見られるようになったと考えてよいかと思います。
そうした中で、単に怖い存在としてではなく、ドジな鬼、可愛い鬼もまた徐々に派生していきます。

もともと人を害するばかりか、仏にさえ敵対する魔物として描かれることもあった鬼。
それは当然、物語では、最終的に退治されるものとして描かれます。
英雄的キャラ(源頼光や渡辺綱など)によって、あるいは高僧の法力や仏菩薩によって。

鬼が人間に負ける、仏力に敵わないという前提に立つと、鬼をいかに恐ろしく語るかという叙述にこだわる必要もなくなるでしょう。
読者は結論が分かっているので、緊迫したバトル展開ではなく、ギャグ調にしても差し支えないわけです。

それはまあ極端な意見ですけど、実際、中世後期にもなると、人を食べようとした鬼がかえって浄化されてしまう話がちらほら出てきます。
まだ笑い話とは言えませんが、従来の仏教説話に見られる鬼とはちょっと違う鬼が出てくる話を挙げてみます。


鬼の大将が、家来の鬼たちに
「人を捕ってきて、我に与えよ。
 さもなければ、残念なことになるぞ」
と脅迫まがいの命令をくだします。

そこで鬼たちは都に出て人を捕ろうとします。
ところで、ある僧侶が説法をしておりました。
『法華経』の功徳を説いているのです。
これを聴いた鬼たちは、ことごとく金色になってしまいます。
一方、京都東山に一人の女性がいました。
この女性も鬼の仲間なのですが、説法を聴聞したことで金色の体になってしまったのでした。
やはり鬼の大将から同じ命令が下されていたのですが、こうなっては人が捕れません。
そこで、鬼たちに
「私の体を親方に差し出してください」
と頼みます。
はたしてその鬼女は鬼の大将に食べられてしまいました。
この鬼女は鬼の棲み処に戻るにあたって、仲間の鬼たちに頼んでいたことがあります。
それは自分のために『法華経』を書写することでした。
その甲斐あって、鬼女は食べられたあと極楽往生の素懐を遂げたのでした。


この話は室町時代の『法華経』の説法のための本に書かれているエピソードです。
鬼が説法を耳にすることで悪事ができなくなってしまったのです。
しかしだからといって、この段階では改心はしていません。
それよりも先に聴聞していた鬼女はもはや鬼のしての人生に区切りを付けていました。
そして自分を犠牲にすることで、自らを浄化し、且つ、眷属の鬼たちにも仏道に入る機会を与えたのでした。

ここにある鬼の大将と浄化される鬼の関係は、ギャグ調に発展させていくと、閻魔王の命令で善光寺のお血脈(けちみゃく)を盗もうとさわった石川五右衛門がそのまま極楽往生してしまう落語「お血脈」と重なると思えてならないのですが、どうでしょう。

中世の女性の間では、男から恋文をもらっても、それに返事をしないと、
「七生、口無き虫に生まれる」
などと言われたようです。
このへんのことは、以前、少し記事にしました。
http://blogs.yahoo.co.jp/warszawa11045/5206292.html

殺生の罪を犯せば、死後、畜類に転生し、
人から金品を借りて、返さずに死んだら、死後、牛馬に転生して使役されることで借りを返すことになります。
恋文に返事をしなければ口無き虫に転生し、
食べてすぐ寝たら牛になってしまいます(この俗信はいつからあるのやら…)。

つまり人間は鬼や天狗や幽霊ばかりでなく他の生き物にもなるわけです。
そうした中で、これはやだなあと思うのは、死後、野槌(のづち)という生き物に転生することです。

鎌倉時代の説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』によると、深山に棲む野槌という珍獣に転生した僧がいたそうです。
深山にいて滅多に目撃されない生き物で、特徴は次の通り。
・形は大きいI(どのくらい?)
・目鼻手足がない
・口だけがある

その口で何を食べるのかというと、
「人ヲトリテ食ラフト云へり」
とあります。
人肉を食すくらいなので、大きさは結構なものかと思われます。

ではなぜ野槌になるのでしょうか。
仏道の勉強を名利のために行い、争論し、怒り、恨み、驕慢の心を起こし、妄執に捉われた者がなるんだそうです。
目鼻手足がなく、口ばかりがあるのもその報いで、知恵の目もなく、信の手もなく、戒の足もなく、ただ口ばかりは小賢しくも付いているのでした。

なお、室町時代後期の説法談義の書のひとつ『直談因縁集(じきだん・いんねんしゅう)』というものにも野槌のエピソードが2つ出てきます。
1つは上記『沙石集』と同じで、もう1つには、財宝に目がくらんだ僧が野槌になるとも書かれています。

この野槌という生き物は、このように、仏教的な戒めの話の中で取り上げられるものだったように思われます。
それが次第に、因果応報の思想を離れ、近世では単なる珍しい生き物として一般化してようです。
近代のツチノコは、このノヅチの派生形と言われています。

人間の生まれ変わり

人間は死後牛や馬になって、別の人間に使役されるということは、古くから信じられてきたことです。
これは近代にいたってもなお信じられておりました。
もちろん、畜生道に堕ちた結果という仏教的な解釈もありますが、仏教的な転生の理屈抜きでも信じられていたようです。

ところで、人間に使役される家畜以外にも、人間は転生するものでして、昔話では小鳥になるという話が多くみられます。
それらは一括して小鳥前生譚と呼ばれます。

生きながら動物化するものとしては、安珍・清姫の道成寺の物語が著名でしょうか。
美男子安珍を追ってきた清姫が愛執の念を深め、ついに蛇になってしまうのでした。
死後のものでは、頼豪という高僧が死後、鼠となってお経をかじりまくりました。
これを頼豪鼠といいます。
源平の合戦のときに白髪を黒く染めて若作りして討たれた斎藤別当実盛も死後虫となり、稲の害虫となりました。
これをベットウ虫といいます。
同様に、皿屋敷のお菊さんも虫となって、お菊虫と呼ばれます。

熊野権現の由来によると、熊野権現が和歌山に降臨したとき、前の土地、天竺において母の后を殺した999人の后たちは、死後、赤い虫となって熊野に棲むことになりました。

このように、人間は死後畜生道とは別に、畜類や虫に転生することが多くみられるのでした。


.
奈良漬
奈良漬
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(2)
  • トーヤ
  • 太陽求めポチが行く
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事