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最近は、必要あって、妖怪のことばかり考えています。
妖怪を発生させる心理面ではなく、古い時代の妖怪の諸相をいろいろ考えてみています。
とくに日本の妖怪を一言で括れる概念はないだろうかと思うのですが、なかなかそう簡単ではありません。
でも、おそらく我が国の特色だろうと思われるのは、古代中世の妖怪は<鬼>という概念で捉えることができたのではないかということです。
鬼には、人間との交渉/没交渉を問わず、厳然と存在する類がいます。
異界(地獄を含む)・異国に生息します。
それが人間を捕食したり襲ったりしに、人間界に出没するわけです。
彼らは実に多様な形態であり、また変幻自在でもあります。
古くは『今昔物語集』に見える百鬼夜行の記述、また中世の『百鬼夜行絵巻』の描写から十分知られるところです。
その一方で、人間が存命中、あるいは死後に化す類もいます。
これはもとより人間界の所産ということです。
つまりはじめから妖怪然とした鬼もあれば、限りなく人間に近い鬼もあるわけです。
後者は現代人のイメージからすれば幽霊といったほうが正しいでしょう。
でもそうした類もひっくるめて、かつては鬼と称したわけです。
妖怪という概念が成立する中で、幽霊との違いが意識され、両者を未分化で内包する鬼という概念は、次第に妖怪の範疇へ押しやられていったということでしょうか。
そうして、近世に赤鬼やら青鬼やら、虎の毛皮やら、棍棒やら、特定のイメージに固まっていったのかも知れません。
一方の幽霊は幽霊で、死に装束を着て、足がなくて、「恨めしや〜」と怨念を現世に残し、妖怪化せずにどこまでも人間の形態にとどめる存在として、すなわち霊の一種であって鬼の一種ではないというイメージに固定していったということでしょうか。
鬼の研究はいろいろされていますが、そういう先行研究を考慮しないで自由気ままにちょっと考えてみました。
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