穴あき日記〜奈良漬のブログ

『熊楠と猫』発売中!/ツイッターID:@NarazakeMiwa

民間伝承

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]

『常民文化』第34号

『常民文化』の最新号が出ました。
この雑誌は成城大学における民俗学研究の成果が載るものです。
内容は次の通り。
 
・経済の離床を考える―イリイチの「シャドウ・ワーク」を手がかりに―
・「河童」のイメージの変遷について―図像資料の分析を中心に―
・〈パロディ〉によるサブカルチャー再考試論―『さよなら絶望先生』を例に―
・純粋な暴力―生命を占有しているという事実―
・瀬戸内海漁村における女性の働き―畑作の消滅と漁業の専業化から―
・福島県いわき市江名における漁業の変容―漁村社会の把握にむけて―
・おどけ者話研究の展開のために
・文献資料から見る石上神宮の鎮魂と鎮魂祭
・和同開珎銭に関する一考察―東洋史からみた銭文の読み順を中心として―
 
実に題材の幅が広いですね。
和同開珎から『さよなら絶望先生』まで。
『常民文化研究』は純粋な民俗学の論文集だと思っていたのですが、かなり自由なものだと知り驚きました。

中世にはさまざまな注釈書が編まれました。
もっとも充実しているのは『古今和歌集』『源氏物語』『伊勢物語』『日本書紀』の4作品でしょう。
『万葉集』『御成敗式目』も比較的多く作られました。
これらの注釈書は古典に通じている公家や学僧が主に手がけましたが、室町戦国期に至ると、連歌師もまた注釈書を数多く作るようになりました。
連歌師は各地を回って連歌をするだけでなく、古典の講釈もして、地方に京の文化をもたらしたわけです。
そして、連歌をするだけでなく、当然ながら、連歌の指導にもあたりました。
それは講釈という形も採りますが、一方では本に仕立てたり、遠方の人などには長文の書簡で遣わしたりしました。
宗祇の『長六文』などはその代表でしょう。
連歌師は古典学の講釈やその聞書(講義録)、注釈書の作成ばかりでなく、もちろん、自身の和歌や連歌をまとめることもしました。
中には自身の和歌や連歌について注釈を加えた本を執筆することもありました。
前の記事でも取り上げた牡丹花松柏(ぼたんか・しょうはく)の『春夢草(しゅんむそう)』(1515年)もその1つです。

その注釈の内容は純粋に句の内容を解説するものです。
句意をもっぱらとして、語彙説明は大雑把なものです。
ただ、句には和漢の故事を踏まえたものが多くあります。
その最たるは、なんといっても『源氏物語』のヒロインたちのエピソードですが、ほかにも『伊勢物語』にみられる業平やほかに王昭君、楊貴妃などの話が挿入されています。
前の記事で紹介したかぐや姫の異聞もまた句の注釈の一環として記されたものでした。
果たしてこれが何かの文献に基づくものなのか、口伝えの伝説なのか、定かではありません。
それと似た性格のエピソードとして、さらに民間伝承の色合いの強いものがあります。
それは小鳥が人間だったころを説いた次の話です。

 * * *

モズはホトトギスを怖がる鳥である。
これらの小鳥がまだ人間だったころ、ホトトギスは靴を作っていた。
モズは靴を買ったが代金を支払わずにそのままいなくなってしまった。
その後、彼らは小鳥となった。
そしてホトトギスはモズに逢うと、
「クツテ、クツテ」
と請うて鳴いた。
対して、モズは
「コトゴトシ、コトゴトシ」
と鳴いて、藪や林の陰などに隠れて歩くようになった。
秋になってホトトギスが間遠になると、そこにモズが移って鳴くのであった。

 * * *

なんとも奇妙な話です。
小鳥が人間だったころの話というのは、民間の昔話にいろいろとあります。
小鳥前生譚(ことり・ぜんしょうたん)といいます。
それを思うと、この話も当時伝わっていた昔話に拠ったのかも知れません。

艶っぽい笑い話の意義

昔話や伝説といった口承文芸を求めて日本各地を歩く人は戦前から数多くいました。
それによって数多くの説話が収集され、さまざまな研究の題材となってきました。
その一方で民話集や昔話集などのかたちで一般的な読み物して流布してきました。
それらは多く、いかにも健全であり、子どもが読んでも差しさわりのないものです。

ただハナシはそうしたものばかりではありません。
男たちが仕事小屋や若衆宿に集まって語られるハナシもあったわけです。
それらはなかなか部外者には語ってくれないもののようです。
よしんば語ったとしても、民話集の類にはほとんど収録されません。
要するにエロ話なのです。
でも単なるエロ話ではなく、笑い話でもあります。
これを総じて艶笑譚といいます。
ちまたでは艶笑譚だけを集めた本が数多くありますが、どうも口承文芸をそのまま口述筆記したものではないようです。
つまり著者によって加筆修正されたものが多くあるようです。
これは今日の勉強会で知りました。

さて、今日はささやかな勉強会で友人が「口承文芸資料からみる獣姦譚」という話をしてくれました。
http://irui.zoku-sei.com/Entry/28/

笑いの対象による分類を試み、また対象とされやすい職業とその理由、獣姦譚の意義などについての見解が出されました。
まったく未知の分野なので非常に新鮮な驚きの連続でした。
この手のハナシは従来の民俗学からほとんど無視されてきたものですが、今後理解を深めていく必要があるようです。

鎌倉時代の『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』にある艶笑譚と似た話などもあり、古典文学との関係も考えてみる価値があるだろうと思いました。

獅子舞の悪用

13日の記事で神楽扶持(かぐら・ぶち)という芸能者を紹介しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/warszawa11045/17462014.html
あくまで迎えた側の思い出話だから、正確なところはわかりませんが、獅子舞の一種だったと考えられます。
これは農家をやめた人が生計のために行っていた門付けでした。
立場的には弱いから、きっと追い出されることもたびたびあったんじゃないかと察せられます。

他方、追い出されるどころか脅迫めいたことをする来訪者もいたわけです。
これはつまり押売りという奴で、近年ではめっきり見られなくなったものですね。
(今でもいるんでしょうか?)
代表的なのはゴム紐売りで、押売りの代名詞のように使われますが、実際目撃したことはありません。
ほかにマッチや「家内安全」のお札(ふだ)、木彫りの大黒様を売りに来る者もいたようです。
あとはどんなのを売っていたのでしょうか。

ところで昭和8年8月に発行された『郷土研究』という雑誌に奇妙な獅子舞の話が載っています。

場所は千葉。
季節は正月明け。
20数人の男が「馬場徳」の半纏を着て、でたらめな獅子舞をして、商店や芸者屋をまわって稼いだというのです。
普通の獅子舞だと思って5銭をやったら、
「おぼえていろ」
と捨て台詞を言って去ります。
しかしその晩、
「5銭でこの半纏が承知するか」
と昼の男が嫌がらせに来たそうです。
こうして計300余円を稼いだのですが、結局恐喝容疑で警察のお世話になりました。
「馬場徳」なる集団を記事を書いた人は「恐喝専門の一味」と説明しているので、一種のヤクザなのでしょう。

その組織に属する者は同じ半纏をまとっていたそうですが、普段どういう仕事をしていたんでしょうかね。
さすがに獅子舞もどきの恐喝ばかりでは無理でしょう。
こんな妙なアイデアを実行に移したばかりに話題になり、記事にもなったわけです。
ともかく、彼らは民家には寄らずに商店や芸者屋といった大口ねらいだったことがうかがわれます。

前回の記事では素性の知れない来訪者についていくつかの事例を紹介しました。
ここではもう少し身近な人で、普通の農家からすれば変った人と見られていた人を取り上げます。

【タゾウ馬喰(ばくろう)】
戦前、常葉町にいた馬喰。
つまり馬の売買などを職業とした人です。
この人はいつも腰に地蔵様を下げて歩いていました。
また歯を抜くことが上手くて、常葉で知らない人はいませんでした。

【神楽扶持(かぐら・ぶち)】
前回の記事で門付けをする神楽の男女を紹介しましたが、彼らはどこから来るのか知られていませんでした。
神楽扶持と呼ばれた人は田村郡船引町(現田村市)に住んでいた人だと知られています。
農家をやめて門付けの神楽獅子をするようになったのでした。
この人は祭でもなんでもない平日に門付けに来ました。
獅子をかぶって年に1、2回やってきました。
各地をまわっていたようです。
「おはよう」などと挨拶しながら、茶碗一杯の米をオハツ(お初穂)としてやります。
すると、5分くらい舞います。
米は袋にいれておきますが、その袋が重たくなると人に頼んで預かってもらい、帰りに取りに戻りました。
戦後しばらく来ていましたが、今はもう来ないので、亡くなったらしいです。

【郡山の座頭】
座頭といえば目の見えない芸人です。
おもに語りの芸を担っていました。
しかし、戦前の郡山には腹話術をする座頭がいました。
もともと浄瑠璃などを語っていたのでしょうか。
それをやめてこうした芸人になったのかも知れません。

【とあるホイド(1)】
紫色のスカートをはいたり、ボロの服を着たりしていて、朝、おにぎりなどを貰って歩いていました。
この人は天秤を担いでいて、瀬戸物の欠片など何でもそれに入れていました。
このホイドにとって、食べ物を入れるお椀は財産のようなものだったのですが、ある時、どこかに置き忘れてしまいました。
すると、泣きながらそこへ戻っていったものです。

【とあるホイド(2)】
中には身なりのいい者もいたようです。
ある時、村の娘がふとしたことでホイドから10円もらったことがありました。
住む所を失くし、財産も失くしてやむを得ずなるような立場にあるはずですが、逆に人に施すこともあったというのは驚きです。
こういう人のライフヒストリーを知りたいものです。

彼らが安定した生活を維持できたかどうか、はなはだ心もとないものですが、単調な山村の日々の暮らしに多少とも楽しみを与えてくれる存在だったに違いありません。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
奈良漬
奈良漬
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(2)
  • 太陽求めポチが行く
  • トーヤ
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事