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擬人化作品(前近代)

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『擬人化と異類合戦の文芸史』の巻末に「異類合戦物一覧」として異類合戦を主題とした123作品を掲げている。
その本の校了後に新出の異類合戦物を知った。
個人蔵の写本で『魚類精進合戦』という。

今年の7月2日、名古屋大学で「『精進魚類物語』を読む」というワークショップが開催された。
題目だけ掲げておくと、次の通り。

「擬人名辞典編纂の試み―『精進魚類物語』を手がかりに―」(伊藤慎吾)
「資料紹介:架蔵『魚類精進合戦』」(塩川和広)
「『精進魚類物語』を読む」(畑有紀)

ここで『魚類精進合戦』に関する報告を聴いた。
書名をみて、精進魚類物の新出本かとだけ思っていたのだが、驚いたことに、赤本『うおがせん并しやうじんもの(魚合戦并びに精進物)』を利用して作った物語であったのだ。
これは近世前期の子ども向けの絵本で、今日、伝本が1本しか残っていない。
その意味でかなりレアな作品なのだが、その影響がみられるのだ。

そうすると、『魚合戦并びに精進物』は比較的よく読まれたものなのかも知れない。
しかし子ども向けの他愛もないものだから棄てられるものが多く、今に伝わらなかったのだという可能性も出てくるだろう。

『魚類精進合戦』は寛政7年(1795)に書写された作品である。
内容からみて、成立もそれをさほど遡らないものと想像される。
はやく翻刻公開されることを望むものである。

※「異類合戦物一覧」に以下を追加

対立勢力:魚・野菜
ジャンル:滑稽本
書名:魚類精進合戦
成立・刊行:寛政七奥(一七九五)
作者:(空欄)
備考:(空欄)



日本を代表する古典的な妖狐といえば、玉藻の前でしょうか。
那須野の殺生石の伝説としても有名ですね。
本ブログでも何度か記事にしてきました。
玉藻の前そのものについて
新出資料について
 
今回はちょっと毛色の違った作品をご紹介します。
タイトルに示した通り、玉藻の前ならぬ玉子の前の物語です。
書名は『玉子の前の由来』。
イメージ 1
 
塩漬の国魚野が原というところに鉄砲石(てっぽうせき)というものがあるそうです。
竹輪元年切り身の年、九尾厚焼のきすご(きす・鱚)が玉子の前と変じて、かすがはら相国の養子となって玉鯛(玉体=帝)に近づきました。
帝は鰊(/二心)なきものと安心し、酒色におぼれていきました。
そうして帝は「はもう(鱧/病)」の床に打ち臥したまうことになりました。
名医を呼び、また加持祈祷をさせましたが、一向に回復しません。
時にいけすの膳部安いか(烏賊/ちか・親)が占うところでは、玉子の前の仕業とのこと。
安いかは祭壇を設けて祈りました。
 
  のうぼうちんからりん。かますぎや。ぬたくたや。あみじをからや。
  ゑびざこや。からすみすかけて。なまぐさそはか。
 
かくして玉子の前は正体を露見しました。
安いか、すかさず太刀魚を取って切り払うと、すだこ(酢蛸/姿)は見えなくなりました。
(以上、上巻)
 
さて、きすごはその後、都を出て関東煮(おでん)の方に赴き、塩漬(下野)の国魚野(那須野)が原にとどまりました。
そこで尼鯛(あまた・数多)の人民を取って食べました。
その知らせを受けた帝は追討を七浦鯨之助と松前数の幸助に命じます。
「諸人のうるめ(憂き目)を助けよ」
鯨之助と数の幸助は玉子の前を見事討伐しましたが、しかし玉子の魂魄はそのまま厚焼の〈おいしい〉というものに変り、なおも諸人を悩ましました。
そこで帝は、かすてら鶏卵上人に命じて引導を授けることにします。
上人、おいしいを説き伏せます。
 「汝、元来一羽にて二羽とり(鶏)とはいかん。
 そもさんがいふ事なかれ。
 女郎の誠と玉子の四角を見たる事なし。
 いづれの日、いづれの時か、世上のそしりをまぬがれんや。
 それ経文に曰く、
  明けの鴉と鐘つき坊〈ぼ〉さまと鶏にくいよ。
 やゝもすれば、びちやたれのわかれをかなしめ。
 いらざるさへいじをするや。
 それおもんみれば、菅原道明寺(菅原伝授手習鑑)にて土師(はじ)の兵衛が曰く、
  そりや、こそないたは、とつてんこう。
  ありや、またないたは、とつてんこう
 と、汝が一声のあやまりによつて、たつたをはじめ、太郎親子が死だま、きみよいさいごなどと、かゝじゆばゝがあくたい、みなこれ、うぬがしはざならずや。
 早くも迷ひのかはをさつて、あつやき茹で玉子とならんよりは、ただぴよぴよへん□そのま□ばたばた、こつかこう。」(□は虫損で判読不可)
 
このような引導を授けると、にわかに鍋野(那須野)が原からふわふわと火焔が立ちのぼり、玉子の前の魂魄はどじょうぶつ(泥鰌ぶつ/ど成仏)しました。
「いざさわら(鰆/さらば)、いざさわら」
この場所は今に鉄砲石(/殺生石)として残っています。
「これぞ誠に玉子の前の怪談、恐るべし、恐るべし」
 
なんともふざけたお話です。
これ、幕末〜明治の頃の草双紙です。
『国書総目録』に載っていないから、ちょっとした珍本ですね。
一体、どんな人がこんな読み物を買って読んでたのでしょうかwww
気になるところです。
 
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『虫合戦物語』の中には、前回の記事に掲げたキャラクター以外にもいくつか奇妙なものが出てきます。
その一人が〈まむ外道(げどう)〉なるものです。
名前からして悪役だと分かりますねw
 
築山の主土蜘蛛が倒され、転生してツツガムシになって現れましたが、そこで酒と称して捕えた虫の血を飲んでいました(まるで酒呑童子みたいです)。
その酒飲み友達がまむ外道です。
この者、八岐(やまた)の大蛇(おろち)の末裔というだけあって、酒好きなんですね。
ある日の夜更けた頃、草村国の御殿の上に黒雲が覆いました。
警戒中の武将俵兵太米虫が空を見上げると、大入道の形がありました(ヌエの印象)。
米虫は、南無や熊野の御神と心中に祈誓して、見事弓矢で射とめました。
蛍の君が近寄って、火をともして御覧になると、その姿が浮かび上がりました。
 
 頭はヘの字
 目はマの字
 鼻と口はムシの字
 耳はヨの字、
 体は入道の2字
 
実に奇妙な正体をしていました。
まとめると、こうです。
イメージ 1
強いのか強くないのか分かりません。
物語の中では黒雲とともに登場してラスボスっぽい感じですけど、弓矢1本で射止められてしまいます。
ついでに草村国の虫たちに嘲弄されます。
「虫にはあらねども、ヘマムシといふ唐名(からな)をつけて、虫の仲間に入り、不慮の死を遂げたるよ」
そういって、虫たちにどっと笑われます。
あわれ…。
 
 
さて、ヘマムシヨ入道はこのように文字遊びから生まれたキャラクターです。
いうなれば、「へのへのもへじ」の兄弟のようなものです。
近世には「へのへのもへじ」を擬人化したキャラクターは作られたのでしょうか。
マンガの世界では、たとえば高橋留美子作品に顔が「へのへのもへじ」になってる脇役がときどき見られます。
以前紹介した人丸画もこれに類するものといえます。
 
いずれにしても、文字遊びのキャラクター化として早い時期の珍しい事例ということができるかと思います。

庭の昆虫たちの合戦

江戸時代中期の戯作に『虫合戦物語』というものがあります。
舞台は庭。
といっても民家の庭ではなく、大名屋敷の庭園をイメージしたほうがいいかも知れません。
庭先の草むらに虫の国、草村国があり、カマキリが王として統治しています
そのかたわらに築山があり、そこにはツチグモが主として支配しています。
それから池の主はカエル。
このように、草村・築山・池それぞれの領土に虫たちが暮らしているのでした。
 
カマキリ王の姫君の名を玉虫姫といいます。
絶世の美女で、蛍の君が恋文を贈りました。
これに対抗して、ツチグモも贈りましたがダメでした。
そこで腹を立てたツチグモは策略を練ります。
池のカエルがその状況を聴き、ツチグモに味方して草村国を攻め込みます。
が、勝負は草村方に軍配が上がり、寄せ手は逃げ落ちます。
しかしツチグモは草村方の武士ヒトリムシ(火取虫)に討ち取られます。
 
さて、これで一件落着と思いきや、ツチグモの霊魂は転生してツツガムシとして復活します。
やはり築山の主として君臨し、悪事をなします。
ツツガムシは玉虫姫を誘拐します。
幽閉された玉虫姫をワレカラが一命を賭して救出します。
そこから草村国の反撃が開始され、ついにツツガムシが退治されます。
 
 
草村国の武士には俵藤太秀郷、頼光四天王などに基づくキャラクターがおり、ツチグモ・ツツガムシは妖怪の土蜘蛛、酒呑童子、平将門のイメージがみられます。
 
どんな名前のキャラクターが出てくるのか、主要なものを挙げてみます。
 
擬人名/対象昆虫/モデル
俵兵太米虫/コメムシ/俵藤太秀郷 
渡辺源五郎虫/ゲンゴロウ/渡辺綱 
坂田の井守のかみ/イモリ/坂田金時  
うすいの筬虫/オサムシ/臼井貞光 
浦べのすずむし/スズムシ/卜部季武 
平井の火取虫/ヒトリムシ/平井保昌 
犬せせりの谷のすけ/セセリムシ/  
お袋蜘/ジョロウグモ/
蛙の三郎何がし/カエル/河津三郎祐泰 
手長の太郎水蜘/ミズグモ/手塚太郎光盛 
げじげじ平蔵足広/ゲジゲジ/梶原平三景時
蜂やじがの守針持/ジガバチ/蜂屋頼隆?
熊ばちの長はん/クマバチ/熊坂長範 
悪七兵衛かげろふ/カゲロウ/悪七兵衛景清 
日向の蟀/コオロギ/悪七兵衛景清 かげろふの改名
稲子式部/イナゴ/和泉式部
あべのやすで/ヤスデ/陰陽博士
 
秀郷や頼光四天王のほか、『平家物語』関連のキャラクターが何人か出てきます。
河津三郎は『曾我物語』に出てきます。
ゲジゲジ=景時とするのは当時の通称(?)をそのまま受けたものでした。
珍しいのは和泉式部です。
王朝の人物の名はあまり使われません。
他にモデル不明の犬せせりはセセリムシの擬人名でしょう。
これはブヨのことです。
 
こういう名前にいちいち注釈を付けていく作業は意外と面白いものです。
当時の人はこういう名前をみて、『平家』や『曾我』の登場人物をすぐ思い浮かべることができたのでしょうか。
秀郷や景時のように知られた人物ならまだしも、河津三郎、手塚太郎くらいになると、そこそこ読みこんでいないと出てこない名前かも知れません。
パロディの読解に必要な古典の教養が気になりました。

「浮世絵と合せ貝」

もう終わってしまいましたが、先月末まで「浮世絵と合せ貝」という小展示が学習院女子大学で開催されていました。
 
・「福遊小宝合(ふくあそび・こだからあわせ)」 二代目喜多川歌麿画
・「秋野千草月影(あきのちぐさのつきかげ)」 三代目歌川豊国
・「大日本蚕神像(おおやまと・さんじんのぞう)」 歌川貞秀
・「青物魚軍勢大合戦之図(あおもの・さかな・ぐんぜい・おおかっせんのず)」 歌川広景
・「太平喜餅酒多多買(たいへいき・もちさけ・たたかい)」 歌川広重
・「山畑道化合戦之図(やまはた・どうけ・かっせんのず)」 歌川芳盛
 
このほか、合せ貝が数点展示されていました。
 
この中で特に目を引いたのは「青物魚軍勢大合戦之図」(1859年頃作)です。
実は以前、早稲田大学中央図書館で妖怪画の展示をしたことがありました。
そこで同じ錦絵を偶目したのです。
今回再び出逢えたことは感激の至りでした。
三枚続きで左から右に向けてタコ入道が拡散ビームのような墨を吐き、青物の軍勢をやっつけている場面がダイナミックで興ある作品です。
 
登場キャラクターの幾つかを挙げておきましょう。
<魚方>
・蛸入道八足(やつあし)
・海底鮑之助(あなそこ・あわびのすけ)
・佐々井(さざい)壺八郎
・鰈(かれい)平次
<青物方>
芋山十八(いもやま・とうはち)
空豆之進(そら・まめのしん)
・藤唐土之助(とう・もろこしのすけ)
・唐辛四郎(とう・からしろう)
 
こんな感じです。
ネーミングはそれほど凝ったものではありませんが、佐々井壺八郎や唐辛四郎あたりはよく出来てるかなと思いますw

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