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江戸時代のはじめ、寺の門前に年久しく居ついた猫がいました。
もともと黒猫の鮫次郎と名づけられていましたが、寺で論談が行われるたびに縁の下で聴聞しているうちに、次第に教義を学んでいきました。
門前の小僧習わぬ経を読むの諺の通りです。
ついには天台宗の法門をおおよそ学び得て、さらには禅門をも学び、剃髪して仏門に入りました。
法名をぐる猫(みょう)禅師(ぜんじ)といいます。
あるとき、小雀が寺の屋根から地面に落ちてしまいました。
ぐる猫はそれが食べたくてなりません。
でもそれを親雀が阻みます。
そこで猫は中国の故事を引いて説き伏せようとします。
「『蒙求』をみるに、昔、王祥といって親孝行のものがいたが、その母が雀の焼き鳥を願ったそうだ。
王祥は母の願いを叶えようとしたが、ダメだった。
しかし悲しみのあまりカリンの樹に抱きついた王祥に雀がたくさんやってきたのだ。
その雀を捕えて母の願いを満たしたという。
このように心ある雀はみずから命を捨てて人の願いを満たし、名を天下にあげるのだ。
だからお前も子どもを惜しむなぞ、卑怯なことはするなよ。」
随分と都合のいいことを言って、小雀を得ようとしたのでした。
しかし、この雀というのは、実は朱雀天皇の流れの高貴な出自でした。
それを知ったぐる猫はもはやどんな言い分も通用しないことを知り、面目を失ってしまいました。
「ぐるみょうみょう、みょうみょう。
後日に祗候申し上げましょう。
とりあえず、今日はこれにて。」
といって、慌てて逃げ去ってしまいました。
さて、このぐる猫がその後どうなったのか、わかりません。
ところで「ぐるみょうみょう」という鳴き声は面白いですね。
猫の鳴き声は『擬音擬態語辞典』によると
「にゃあにゃあ」
「にゃんにゃん」
「にゃごにゃご」
などが挙がっています。
また喉を鳴らす音として
「ごろごろ」
が挙がっています。
『日本国語大辞典』では
「ぐるぐる」
が奈良方言として記載されています。
ぐる猫禅師の鳴き声
「ぐるみょうみょう」
の「ぐる」は奈良県の事例のように、喉を鳴らす音なんでしょうね。
一方、
「みょうみょう」
はどうなんでしょう。
『擬音擬態語辞典』にも『日本国語大辞典』にも出てきません。
猫の音読みミョウを掛けているに過ぎないのでしょうか。
いやいや、当時の人の耳にも猫の鳴き声を
「みょうみょう」
と聞くことはあったものと思います。
現代人が
「みーみー」
と聞きとることがあるように。
***メディアコンテンツ研究会***
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擬人化作品(前近代)
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先月来読んでいた『新群書類従』5を、先日ようやく読了しました。
これは古浄瑠璃作品を33種収録しており、実に読み応えがありました。
正直、消化不良をおこしています。
非常に多くのことを得たし、気になる問題を見つけたしで、最近の読書の中ではダントツに有意義なものでした。
ところで今は熊倉功夫氏の名著『寛永文化の研究』を再読しています。
そこに江戸初期のかぶき者の名前がいくらか挙がっています。
たとえばこんな名前。
・大鳥居 逸兵衛
・大風 嵐之介
・大橋 摺之助
・風吹 散右衛門
・天狗 魔右衛門
この中では、大風―嵐、風吹―散、天狗―魔と縁ある語を続けています。
かぶき者は多くが武士、武士奉公人、牢人らです。
古浄瑠璃の『京四条おくに歌舞伎』には今川家の家老の息子に大道寺江平という悪人が出てきます。
その家来の名が面白いのです。
・信楽(しがらき) うんじ
・難波 の 浦波
・葦間 の 蟹若
・雲路(くもじ) の 雷八(らいはち)
このほかにも、たしか、出てきたように思いますが、ちょっと出てきませんでした。
盗賊の名前もまた似たものだったと思います。
難波―浦波、葦間―蟹、雲路―雷と縁ある語を続ける名前が見られます。
彼らもまたかぶき者の系譜にあるようです。
また擬人化キャラクターも古今を問わず、これと似たネーミングです。
・黒膚(くろはだ) 蒟蒻兵衛(こんにゃくびょうえ)
・胡椒 粉治郎
・白瓜 奈良漬
・納豆 の 太郎 糸重
・長鬚(ながひげ) 蝦左衛門(えびざえもん)
・丹後 鰤助(ぶりすけ)
これらも氏と名とが縁語で結びついています。
かぶき者の名と擬人名とが類似するのは不思議な気がします。
葦間蟹若など、カニの擬人名にもありそうですね。
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今日、東京渋谷の国学院大学で狂言研究家稲田秀雄氏の講演がありました。 |
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幕末、世帯道具を擬人化して合戦をする物語が作られました。 |
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『精進魚類問答』については以前記事で取り上げました。 |


