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前回、『徒然草諺解』に載っているお伽草子『暮露々々の草子』を取り上げました。
この作品についてはその時の記事をご参照ください。
およそ、注釈というのは記事を継承するものだから、その後も『徒然草』の注釈書も同文なんだろうなあと想像していました。
ところが違うではないか!
『徒然草直解』は同じ『暮露々々の草子』でも次のように記してあることに気付きました。
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貞享3年(1686)8月6日 「ぼろぼろ」の注に『ぼろぼろの草紙』を引く
ぼろぼろの草紙にこくう坊主といふ者、身のたけ七尺八寸、力つよく、一尺八寸の刀をはき、ひるまきの八角の棒をよこたへ、壱尺五寸の高あしだをはき、髪長く、色黒くして、暮露といふ者になり、一人の女を妻とし、同行三十人、諸国をありくといへり。
其の後、虚無僧といふものになり、尺八をふき、道路にありき、人の門戸に立ちて、物をこひもろふ。
是、ぼろぼろの流なり。
此の草紙は明恵上人のかはをその袋の中よりいでたるよし也。
母は暮(クレ)といひ、兄は虚空坊、妻は簾中といひ、弟は阿弥陀、妻は同行坊といふがはじめなり。
(『徒然草直解』序)
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これは『徒然草』「宿河原といふ所にてぼろぼろ多くあつまれて」の段です。 ***メディアコンテンツ研究会***
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近世前期お伽草子年表・追加
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1600年代のお伽草子関連記事年表の追加です。
【追加記事・1】
寛文9年(1669)6月上旬 『暮露の草紙』にみる暮露々々の由来
ぼろぼろ
暮露ト書ク。
関東ニテハ是ヲ暮露ノ始ト云ヘドモ、明恵上人ノ宝蔵ニ有リシトテ、『暮露ノ草紙』ト云フ物アリ。
ソレニハ虚空坊・阿弥陀坊ナド云ヒシ者ヲ暮露ノ始トス。
両説アリ。
*『徒然草諺解』(『徒然草』「宿河原」の段)
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『ぼろぼろの草紙』は兄の虚空坊と弟の阿弥陀坊との2人の仏道人生を対比的に描いたユニークな物語。
鎌倉時代の高僧栂尾(とがのお)の明恵上人(みょうえ・しょうにん)が所持していたと伝えるもので、『明恵上人革袋』という異名もあります。
【追加記事・2】
延宝5年(1677)11月 『精進魚類物語』の語彙を引用
糂汰はぬかみそ也。
瓶は壺也。
又【米+参】【米+太】とも。
『沙石集』には秦太と略字に音計りをかりても書けり。
二条太閤の御作とかや、『精進魚類物語』にも糂汰の事有り。
*『徒然草参考』「たうとき聖」の段
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『精進魚類物語』は、『鴉鷺合戦物語』とならんで室町時代の異類合戦物語の代表作品です。
後世にも影響を与えました。
その一端は以前記事にしました。
本作品は成立過程で辞書を取り込み、語彙学習(読み書き)の教本としての性格も持っています。
そういうわけで、「糂汰」などむつかしい熟語も使われているんですね。
なお、『徒然草参考』は紀州浄福寺の恵空がこれまでの『徒然草』の注釈書を集め、さらに私見を加えた大作です。
17世紀の『徒然草』研究の集大成ともいえるものです。
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近世前期の文献に見られるお伽草子の記事や出版、書写の記録について、拙著『室町戦国期の文芸とその展開』に年表形式で掲載しました。 |
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