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もめたわ・・ 首里城に行くか行かんかで・・・。 沖縄に行ったらやっぱり首里城には行くだしょ??! まぁ、社長が文句言いながら結局行くことに・・・・ 2日目もタクシーです!しかも前の人同じタクシーのおじちゃん☆ワーイ☆ まず、最初に資料館で首里城の歴史をおじちゃんが教えてくれます まじめに聞くゆみちゃん☆ 沖縄っていっぱい世界遺産があるんだよぉ〜 9箇所!! ・今帰仁城跡(なきじんじょうせき) ・座喜味城跡(ざきみじょうせき) ・勝連城跡(かつれんじょうせき) ・中城城跡(なかぐすくじょうせき) ・首里城跡(しゅりじょうせき) ・園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん) ・玉陵(たまうどぅん) ・識名園(しきなえん) ・斎場御嶽(せーふぁーうたき) あたしらがいったときはたまたま花祭りって言うのをやってました〜♪ ラッキー☆だからいっぱいお花が見れてよかった〜 守礼門(しゅれいもん):無料 「守礼(しゅれい)」は「礼節を守る」という意味で、門に掲げられている扁額(へんがく)には「(しゅれいのくに)」と書かれている。「琉球は礼節を重んずる国である」という意味である。首里城は石垣と城門の多い城であるが、中でもデザイン上バランスがとれ、エレガントな雰囲気のある代表的な門がこの「守礼門」である。中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で建立されている。 首里城での多数の城門や建築物には「公式の名称」の他に「別名」が付けられている。それらの呼び名から往時の琉球人の詩的な感覚が読みとれる。守礼門は古くは「首里門(しゅりもん)」ともいわれたが、庶民は愛称として「上の綾門(いいのあやじょう」と呼んだ。「上の方にある美しい門」という意味である。 1527〜55年(第二尚氏4代目尚清王(しょうせいおう)代)にはじめて建立され、1933年(昭和8)に国宝に指定されたが沖縄戦で破壊された。現在の門は1958年(昭和33)に復元されたもので、その後今日まで沖縄を象徴する観光施設として利用されている。2000年の記念紙幣2,000円の絵柄にもなっている。 園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん):無料 琉球石灰岩で造られた建造物で、国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所である。形は門になっているが人が通る門ではなく、いわば神への「礼拝の門」ともいうべき場所である。 門の上部に掛けられている扁額(へんがく)の内容から1519年(尚真王(しょうしんおう)代)に建てられたことが判明している。八重山の竹富島出身の西塘(にしとう)という役人が築造したものと伝えられる。琉球の石造建造物の代表的なものであり、1933年(昭和8)国宝に指定されたが、沖縄戦で一部破壊され、1957年(昭和32)復元された。現在、国指定重要文化財となっている。また2000年(平成12)には世界遺産へ登録された。 ぎゃおぉ〜〜〜っ!! ここは・・・・ ケツメポーズ☆ ケツメイシのアルバムのジャケットを撮影してる場所〜☆ 瑞泉門(ずいせんもん):無料 「瑞泉(ずいせん)」とは「立派な、めでたい泉」という意味である。門の手前右側にある湧水が「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれ、それにちなんでこのように名付けられた。ここは第二の門で、別名「ひかわ御門(うじょう)」ともいう。 「樋(ひ)」は川や泉から水を導く長い管、または溝、あるいは屋根の雨水を受けて地上に流す装置(掛け樋)等のことをさす。一方、沖縄で井戸や泉のことをすべて川(カワまたはカー)と表現する。「ひかわ」とは、こうした表現を合わせた言葉で、フィージャーガーとも発音する。 創建は1470年頃で沖縄戦で焼失したが、1992年(平成4)に復元された。門の両脇には一対の石獅子(いしじし)が並んでいる。これも魔除けの意味で置かれている。 瑞泉門は先に見たアーチ状の石門の歓会門とは異なり、双璧の門の上に直接櫓(やぐら)がのっている。このタイプの櫓門(やぐらもん)は日本本土の城門でも見ることができるが、櫓の中央の「瑞泉」という扁額(へんがく)が琉球独特の持ち味を出している。 まだまだ続く〜☆
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2007年03月09日
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