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校長の 仕事は口元 チエックなり
私の住んでいる地元の府立高校の校長が卒業式で教員が君が代を斉唱していたかどうか、口元をチエックしていたことを誇らしくブログで書いています。ところが非難が集中しているようです。
橋下大阪市長は「服務規律を徹底するマネジメントの一例」と絶賛したという(13日付「読売」)。ちなみにこの校長は民間から起用された公募校長ですが、橋下市長の知人弁護士です。いわばお友達校長です。この校長は斉唱しなかった教員の処分を検討するといっています。
想像力を働かせて下さい。仮に処分された教員が「不当だ」として提訴し争ったとします。多分処分が相次ぐと提訴して争う人も増えてくるでしょう。裁判では被告人(校長、府側)は原告(教員)が斉唱しなかったことを立証しなければなりません。単に口元チエックだけでは立証したことにはなりません。口元に録音機を置いて録音データを提出しなければなりません。被告人は「いや斉唱した」と反論すれば、録音機だけではダメで、音声の大きさを測らなければならなくなります。そもそも斉唱とは何デシベル以上かということも条例に盛り込まなくなるでしょう。
果たして校長が教員の口元をチックすることが仕事なのか。そんなマネジメントは教育とは無縁です。しかし条例をつくり強制すると、教育現場はそこまでいってしまうのです。学校はギスギス、物の言えない職場になります。余談ですが恐怖政治が荒れ狂っている大阪市役所がある中之島界隈の飲み屋さんは閑古鳥だという。うかつに飲み屋でも物がいえないからです。「壁に耳あり」です。憂さ晴らしができてこそ職場のギスギスも解消されようというものです。
以前にも書きましたが、教育は集団の力が何より求められる職場です。教育とは子どもの学ぶ意欲を引き出す営為です。単にペーパーテストの成績を上げることだけが目的ではないはずです。そんなことなら予備校の方が余程受験技術が上です。新米の教師は力量が足らない場合もあるでしょう。新人、中堅、ベテランが助け合って力量を上げていくものです。この点で教育現場は他の職場とは決定的に異なります。強制と過度な競争は職場に分断を持ち込み、教師集団の教育力量を全体として低下させることになるでしょう。
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根張りは、時代を感じますね。
リハビリ登山出来るまでに回復し、嬉しいです。(私事)
根気!大切と、実感です。



