|
■3月23日(金)快晴 再びトファーナ
今日も快晴だ。今回のスキーツアーの最終日は自由滑走。どこにするか昨夜のうちにトファーナに再挑戦することを相方と申し合わせていた。トファーナは2日目にも訪れたが、ガスと降雪で上部まで上がれなかった。そのリベンジである。毎朝ホテルの窓から望んだトファーナ。下からは隠れて見えないが、あの最上部の岩壁に岩棚があってゲレンデが広がっているとは容易に想像しがたい。どんなゲレンデが広がっているのだろうか?どうやって麓のスロープに降りてくるのだろうか?それを想像するだけでもわくわくする。
自由滑走は二手に分かれたようだ。ひとグループは僕らと同じトファーナ再挑戦組、他のグループはチンクエトーリ組だ。ファルツァレーゴ峠まで無料バスが出ており、そこからラガッツォイ展望台に上り、ファルツァレーゴ峠に滑降。連絡路を滑走してチンクエトーリへ入ることができるのだ。そして昨日チベッタへ行くとき越えたジャウ峠から反対側へリフト一本分滑降することもできる。 その新しいゲレンデにも魅力があったが、やはり最高所のリフトが2850メートルまで伸びているトファーナに興味が尽きない。日本のスキー場で最高所にリフトが架かっているのは志賀高原横手山の2300メートルぐらいまでだ。それも無理なコース取りをしている。3000メートル近い高所というのはどういう世界が広がっているのだろうか。後で分かったことだが、トファーナの最高所まで行き、下まで滑降してからタクシーを飛ばしてチンクエトーリまで行ったつわものの夫婦組もいた。僕らを上回る好きものがいるものだ。そこまでは思いつかなかったし、思いついてもやはりトファーナで有終の美を飾りたい。 二つ目のロープウェイに乗り、トファーナ上部のゲレンデへ。ロープウェイは断崖絶壁に架かっている。トファーナがちょっぴり顔を出している。
ゴンドラから上部と下のゲレンデの連絡路を見下ろす。まったくすごいところにゲレンデを作っている。雪はないのでかき集めている。
ロープウェイを降りたところ。岩棚にゲレンデが広がっている。リフトがさらに上部に伸びている。
循環バスに乗ってトファーナへのロープウェイ乗り場へ向かう。もう循環バスの乗り方も下車地点もガイド君なしでもすっかり覚えた。2本目のロープウェイに乗り継ぐ。ゴンドラの箱の窓から岩棚から下る連絡路のゲレンデが見える。岩壁にはまったく雪はないが、連絡路にはかき集められた雪で滑走可能にしてある。かなり急峻だ。下から見上げた際にはどういう風に連絡路が付けてあるのか不思議だったがこれで疑問が解けた。
二つ目のロープウェイを降りるとそこは2450メートル。ここからさらにロープウェイが伸びている。3本目は間違いなく3000メートルを超えるところに架かっている。しかしこれは観光用で滑降ルートはない。しかも今日は運休だ。 トファーナの絶壁を横目に二つ分のリフトを滑降。2400メートルの高度とあって雪質は申し分なし。快適な滑降を楽しむ。
最上部へ上がる。右手の岩峰(トファーナ)にもロープウェイが架かっているが観光用で今は運休中。
最上部のリフトを降りたところ。ここは2850メートル。なかなか急峻だ。
雪景色が広がった。トファーナの赤茶けた横縞模様の地層を見せる胸壁が立ちはだかり、その前に岩棚のゲレンデが広がっている。ウーン、こういう風になっているのか、それで下から見上げた時には見えなかったのだ。納得。早速岩棚に沿ったバーンを数回滑降してみる。さすが高所のゲレンデとあって雪質がいい。今度はそのリフトと交差しているリフトに乗って最高所まで行く。途中で交差しているリフトなんていうのは初めてだ。イタリアという国はどんなところにもどんな風にもロープウェイやリフトを架けてしまうものだと感心する。地層が丸出しのトファーナの岩壁に見る見る近づく。
最高所に立つと腕時計兼用の高度計は2700メートルを指している。僕の高度計は低めに出る傾向がある。確か2800メートルを超えているはずだ。ゲレンデマップで確かめるとやはり2850メートルと印されている。ここから最も下のゲレンデまで滑ると標高差1500メートルにもなる。日本では経験することができない標高差だ。一気に降りてみよう。 岩棚に向かって滑降。立ち止まっては立ち止まっては写真を撮り滑り降りる。
ファローリア(左)を望む。ここも岩棚のうえのゲレンデだ。右手奥のピークはソラピスか。
クリスタッロを引き寄せる。この角度からは「トンバ谷」は尾根に隠れている。
最初の急斜面をひと滑りして立ち止まり、次の急斜面でもひと滑りして立ち止まる。惜しみながらこの大滑降を楽しむ。2本目のロープウェイを上がった斜面に出た。ここから岩棚のゲレンデは数回滑っているので何の不安もない。今回のスキーツアーの滑りで何か新しい境地というものをつかみたいものである。物事には飛躍するということが稀にあるが、それは小さな進歩の積み重ねのうえにあるものだ。自分のスキー技術はもう10年来停滞しているように思う。長い停滞を打ち破るには何が必要か。それを超えなければ飛躍などということはありえない。どうしても超えなければならない障壁というものがあるはずだ。それを見つけることが新しい境地へ到達する道である。
何を解決すべきか、その課題を見つけることは物事の8割も9割も解決したに等しいといわれる。相方は昨夜新しい境地が見えてきたような気がすると言っていた。それは僕にとっては何か。それを探し当てるには思うにどうも基本に立ち返ることではないかと思う。カービングの板が普及して久しい。カービング板の出現はスキーに革命をもたらしたといっていい。アルペンスキーにプラスティックブーツが出現したことに匹敵するかもしれない。ターンが格段にしやすくなったのだ。僕らが若い頃覚えたスキー理論は、谷足加重とその反動力、伸び上がりと沈み込みによる抜重、上体の谷姿勢の保持と下半身との捻れ(アンギュレーション)、前傾姿勢‥‥。しかしカービング板の出現によって昔のスキー理論は不要になったかのようにいう風潮がある。果してそうか。板がカービングになろうがスキーの基礎理論は変わっていないと思う。 ではそのうち何が欠けているのか。ドロミテに来る前、首筋が痛み気になってかかりつけの整骨院で診てもらった。この院長先生は独自に開発した手法で施術する。それを説明しだすと長くなるので割愛せざるを得ないが、日常の生活の中で知らぬ間に「癖」が身体のバランスを崩し痛みをもたらすというのだ。だからこの先生は痛むところには触らずバランスを正す施術をする。 その伝でいえばスキーの上達を阻んでいるのは、知らぬ間に身についてしまった癖にあるのではないか。その癖を正せば次の境地が見えてくるのではないかと思う。 思いつくのは谷足加重が甘くなっているのではないかということ。それが滑降を不安定にさせていると推測した。 ちびっ子も一人前の滑降。この年頃からスキーを楽しんだら相当上手になるぞ。
クリスタッロ(右)、クローダロッサ?(左 Croda Rossa 3146メートル)。
岩棚から下のゲレンデへの連絡の入り口。急峻なうえに雪が緩んで荒れている。
有終の美を飾る滑降だ。谷足加重と上体の谷姿勢を意識して滑り出す。谷足加重によって板がしっかり雪面をとらえている感覚がする。昨夜出したチューンナップの効能も効いているかも知れない。谷足加重と沈み込みから伸び上がり(抜重)が合わさりあって次の谷足への加重への移動がスムーズだ。少々の急斜面でも安定し滑らかな回転ができる。おお、新しい境地だ。浮遊感ともいうべき感覚を感じる。谷足加重と上体の谷姿勢保持というスキー技術の基本中の基本に立ち返ることによって得られたこの境地。この感覚を忘れまい、忘れまいと歓喜しながら岩棚のゲレンデを滑り降りた。
思えばスキーを始めたのは30代になってからだ。もっと早く始めていたら足前はもっと上がっていただろうに残念でたまらない。スキーに限らないが、スポーツ音痴であっても長い間やっておればそれなりに上達するものだ。「好きこそものの上手なれ」である。18才の時から山に取り憑かれ、年間100日山行に出かけたこともあった。登山は「重力に抗する」ことだ。愚かな山屋だったので、スキーに対して「重力の助けを借りて滑べることが何で面白い」という極端な偏見を持っていた。もっともお金も時間もなかったが。その偏見がスキーに近づくことを妨げた。それが雪山を登る手段としてのスキー、すなわち山スキーに関心を持ち出したことがスキーに手を伸ばしたきっかけだった。しかし山スキーに必要な技術は斜滑降とキックターンさえできればいいという極論がまたスキーの上達を妨げた。そんな紆余曲折があってスキーに本格的に手を染めるのが遅れたのだ。 さて岩棚から下部のゲレンデへの連絡路に差し掛かった。雪質が緩んで大きく荒れた急斜面だ。しばし足を休めて突入。さすがにスムーズな回転はできない。フォームは崩れ転倒を避けるのが精一杯だが今の到達点ではやむ得ない。嫌な連絡路を抜けると緩くなった斜面を一気に駆け降りた。
再びリフトとロープウェイを乗り継いで岩棚のゲレンデに戻り相方と合流。ランチタイムをとったレストランの展望台からココルチナ・ダンベッツォの街を一望。ファローリアやクリスタッロ、ソラピス(3205メートル)やアンテラオ(3168メートル)も望めた。 早めにスキーを切り上げ、目抜き通りのコルソ・イタリアにある生協の店にお土産を買い求めに行った。この生協の店がコルチナ・ダンベッツォ最大の店舗だ。イタリアは生協活動が盛んな国と聞いている。その生協の店舗をつぶさに見聞する余裕はなかったが、レジとレジ労働者に注目した。
レジは客が自分の商品をレジにつながるローラー付きの台に並べる。次の客は仕切りの棒を置いて前の客の商品と区別する。ローラー付きの台は少し傾斜が付いていて商品が自然とレジ係の方へ流れていく。レジ労働者は座ったままセンサーに読み取らせていく。実に合理的でレジ労働者に優しい。このことは4年前のヨーロッパアルプス3大名峰めぐりの旅行記で小規模のスーパーで見聞したこととして紹介したことである。スイスで見聞したことがイタリアでも見聞されたことで、この方式がヨーロッパで普及しているのではないかと思った次第。 ■3月24日(土)晴れ 帰国
いよいよ帰国だ。6日間の滑降で訪れたのはドロミテのほんの一部だけである。何よりドロミテの女王「アルモラーダ」を滑降することができなかったのは残念だ。それにスキー場はないが、ドロミテの岩峰を象徴する「ドライチンネ」を見ることができなかったのも残念である。
コルチナ・ダンベッツォは、モンブランを望むシャモニーやマッターホルンやモンテローザを望むツェルマット、アイガーを望むグリンデルワルトなど、名の知れた山を望む街ではない。しかし四方を3000メートルを超える岩峰に囲まれ、それぞれにこんなところにまでロープウェイやリフトを架けスキー場を開くかと驚かされた。またバスで遠征したアルタマディアやセラ山群、チベッタエリアも日本離れした山岳風景とスキー場だった。月並みだが名残惜しい。惜しむらくは時期が遅く雪が少なく下部は雪質が悪かったことだ。次の機会があるとすれば、ガイド君が勧めたように1月下旬か3月上旬を選びたい。 午前5時40分、コルチナ・ダンベッツォを離れベニスマルコポーロ空港に向かった。来るときには深夜だったのでヴェネチアまでの風景を見ることができなかった。車窓から食い入るように岩峰群を見入り続けた。 |

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用

根張りは、時代を感じますね。
リハビリ登山出来るまでに回復し、嬉しいです。(私事)
根気!大切と、実感です。



