|
三俣から八ノ沢カールまで写真が一枚もありません。滝群を高巻く巻き道(踏み跡)で緊張の連続だったからでしょう。写真の代わりにこの部分の山行記を紹介しておきます。
2度ほど徒渉すればもうこの先には徒渉するところはないとのことで、ここで登山靴に履き替える。昨年登頂したH男さんから沢靴でも登れると聞いていたので、私は沢靴でそのまま登ることにした。他のメンバーも私と同様沢靴のままだが、2人は履き替える。むろん登山靴はポリ袋に入れて立ち木にくくり付けてデポ。直に置いていくと動物が珍しがって持ち去ることがあるので、必ず袋に入れて吊るしておくべきだという。下山の際は登山靴を沢靴に履き替えることになるのだが、意外と時間を要し、下山が大幅に遅れる要因の一つになった。
滝を高巻く沢脇の踏み跡をたどる。急登に次ぐ急登。それに悪路の極みだ。背丈を超えるような段差にもトラロープの類いもついていない。滝を高巻いているというのに薄暗い嫌らしい小沢。急斜面の笹の切り開きのトラバースは滑りやすい。笹原の下はストンと滝側に落ちている。岩場に架かる残置ザイルはくたびれている奴や、細引きを束ねた奴で頼りない。ザイルに全体重をかけることは危険だ。 傾斜が緩み、八ノ沢がうんと細くなると八ノ沢カールに出ました。稜線にガスがかかってきているが、八ノ沢のカールを取り巻く岩壁がぐるりと一望だ。カムエクは見えないが、カールが望めただけでもブラボー。
カールの底に立つというのは黒部五郎岳以来のことです。カールは平坦。
しかしここは1970年7月、福岡大学ワンダーフォーゲル部員3人がヒグマに襲われ犠牲となったところだ。ここはヒグマの楽園なのだ。その遭難碑が建っています。
遭難碑。この事件は突然ヒグマに遭遇し襲われ犠牲になったのでなく、3日間にわたるヒグマとの長い対峙がありました。ヒグマの習性、凶暴さを知らない九州の学生であったことが悲劇を生みました。 カムエクへ向かいます。稜線へ出る途中、ガスが薄らぎ瞬間のことですがカムエクが見えました。歓声があがります。 ヒグマの糞やヒグマが餌を求めて草の根っこを掘り起こした跡が見られます。ここはヒグマの楽園でなのだ。下山者がクマ除け鈴を2個付けていました。単独の場合はそれぐらいの用心をしなければなりません。
八ノ沢カールからひと登りかと思われたカムエク。
意外と高度差がありヘロヘロになって11時過ぎ山頂。八ノ沢出合から実に6時間余を要しました。このプレートはカムエクで200名山達成の富山からやってきた女性が用意してきたものを拝借。
全員で記念撮影。日高山脈の全貌が望めませんでしたが、降られることもなく山頂に立てたことで大満足。
下山は楽かと思えましたが、トラブルに見舞われました。八ノ沢の滝群の高巻きを下山中、200名山達成の女性が笹の急斜面を「キャー」という悲鳴を上げて滑落。大事には至りませんでしたが、救出に時間を要し、精神的にダメージ。この女性はモンブランやキリマンジャロ、アフガニスタンの6000メートル級にも登ったことがあるという超ベテランですが。八ノ沢の渡渉中に東京の男性が転倒し、顔面と手の指を強打。手が自由に動かず登山靴に履き替えるのに相当時間を要しました。ということで八ノ沢下部で日没。暗闇をヘッデン付けて踏み跡を探しながら渡渉を繰り返し、テン場に着いたのが午後7時20分。下山に実に14時間半を要しました。
翌4日は朝から小雨。増水の恐れがあるので早立ちしました。無事七ノ沢に戻り快調に駐車地点に戻ることができました。
私の300名山の残りは南アルプスの笊ヶ岳と後立山の朝日岳を残すのみ。ですが慌てず好天を狙って安全に登りたいと思います。
|
北海道の山
-
詳細
コメント(8)
|
2日夜は心配された冷え込みはなく、快適に爆睡。5時スタート。
穏やかな谷歩きは長くは続きません。
流木が多く歩きにくいことこの上なし。稜線が見通せるようになってきました。ちょっとガスがかかり始めている。ガスがかかっている右手がカムエクだろう。八ノ沢カールはその直下。八ノ沢カールに出るまでこれ以上ガスが出ないよう祈るばかり。 かすかに白い糸のように見えるのが八ノ沢上部。八ノ沢カールまで一直線に突き上げているのが分かります。カムエクの名はアイヌ語でカムイエクウチカウシヌプリと呼ばれたことに基づきます。「鹿が転げ落ちるほどの急峻な山」の意は頷けます。 再び残雪。 背丈の数倍はある大きな残雪です。 八ノ沢カールへの岩壁に懸かる滝。ここが三俣。 ここから滝群を右に高巻いて行きます。「鹿も転げ落ちる」急登の悪路。続く。 |
|
北海道日高山脈の難関・カムエクに登ってきました。台風21号に追っかけられるような日程でしたが、何とか大きく崩れる前に下山できました。率直に言ってなかなかきつい山でした。二日目はテン泊した八ノ沢出合から登頂し、再びテン場に戻ったのですが、行動時間は実に14時間を超えました。むろん日没。暗闇をヘッデンつけて踏み跡をたどり、渡渉を繰り返すというのは、ガイド付きのツアーと言えども心細いものでした。
9月2日11時、札内川ダムサイトの車止めを男3人、女3人にガイド2人がスタート。ここから七ノ沢出合まで12キロ・3時間の車道歩きです。 札内ヒュッテまでトンネルの連続。真っ暗闇のトンネルをヘッデン付けてワイワイしゃべりながら歩きます。シュラフ、カバー、マット、スワミベルト、沢靴、沢スパッツ、一眼レフ、アタック用のサブザック、防寒のダウン、着替えなど13キロの重荷は肩に食い込みましたが、ワイワイしゃべっていると苦痛も忘れるほど。 1時間歩いて札内ヒュッテ。以前はここまで車が入れたのに、車止めのゲートには「土砂崩落のため」通行止めと書かれていたが、そんなところはどこもなかった。それどころか、真新しい幅広の2車線道路だ。
後で調べて分かったことですが、この道路は太平洋側の新ひだか町と十勝側の中札内村を結ぶ「日高横断道路」として計画され、工事を着工したが、あまりの巨費と長い工期のために、北海道開発局が凍結(事実上中止)したもの。せめて造った部分でも供用させてほしいね。
コイカクシュサツナイ岳登山口。まったく聞いたことがない山だ。 この山がそのようです。なかなか形がいい。 さらに1時間ほど歩くと、鉄砲水でこの沢に架かっていた橋げたが札内川の対岸に飛ばされています。10メートルほどの鉄の重量物があそこまで飛ばされるとは驚き。自然の猛威というものを実感させられます。 コースタイム通り3時間歩いて七ノ沢出合。ここで沢靴に履き替え登山靴は担ぎます。 今日のテン場の八ノ沢出合に向けてスタート。のっけから渡渉の連続。 踏み跡はほとんどありません。踏み跡が付いても増水すれば消えてしまいます。 ガイドさんがエスコート。 渡渉もあれば笹のジャングルとの格闘もあります。 再び渡渉。渡渉にも慣れてカメラを向けるとポーズを取る余裕も。ガイドさんは30キロほど担いでますね。
八ノ沢出合手前の河原で幕営。サイトの整地、テント張り、焚火の流木集めなどやることは多い。この太目の人はまだ現役。 着火成功。濡れたものを乾かします。 焚火を囲んで夕食。続く。 |
|
北海道行4日目。11日は最終便で関空へ戻る予定日なので、登るとしたら新千歳空港近くの、支笏湖畔の樽前山〜風不死岳と決めてある。早朝道の駅の車中ホテルで目覚めると激しい雨足。この時点で99%一座も登れないなあと諦めていました。コンビニ弁当を食べていると幾分雨脚が弱まってきました。ネットで雨雲の動きをチエックしてみると、道南の雨雲は間もなく取れそう。とにかく登山口まで行って降っていれば断念、止んでいれば登ろうと決めて登山口へ走ります。途中から路面が乾いてきました。ブラボー。樽前山の登山口ではガスは取れていないものの、雨は止んでいました。よし決行。
風不死岳は古い火山。活火山の樽前山の北側、支笏湖寄りに位置しています。支笏湖を取り巻く山はほとんど火山。昨年登った、北側に位置する恵庭岳は噴気が出ていました。
樽前山は3度目。小一時間登れば外輪山まで出られます。
ひと登りで外輪山に出ました。左へ行けば西山へ、右に行けば最高点の東山の山頂。風不死岳へは右回りが近いので、東山へ。
はい、東山が樽前山山頂です。依然ガス。残念ながらドームが見えません。天空には青空がのぞいているというのにね。結局下山までガスは取れませんでした。
外輪に御在所のおぼれ石のようなのが。
所々わずかに残り花が見られるだけ。
ウルトラ花音痴ですから、よく見かけるけど名前がわかりません。
風不死岳への分岐。
ガス間に火山だったことを思わせる地形。
オオカメノキかな。
巨岩がニョキニョキ。
ガスにダケカンバというのも雰囲気が好きです。
巨岩をへつっていきます。
山頂が見えてきました。
カムエクの装備できたので帽子はなくヘルメットしかありません。あまりに暑いのでヘルメットをかぶりました。
さあ戻ります。来るとき踏んできた932ピークがぼんやり見えます。
今週末は17日から飯豊連峰北端の杁差岳へ向かいます。週末は何とか天候はよさそうです。
|
|
8日〜11日の予定で出かけた日高山脈のカムエクは、台風12号の影響で連日雨降り。中止になりました。来月2日〜5日リベンジします。
帰りの飛行機便は変更できず、せっかく北海道に行ったのにもったいない。初日はレンタカーを借りたり移動で費やし、2日目は再び行きたいリストに挙げていた暑寒別岳の雨竜湿原に狙いを定めました。台風の影響が少ない北海道の西側は何とか晴れ間がありそう。
念のため前泊予定の南暑寒荘を管理する役場に問い合わせすると、車道が崩落し入れないとのこと。万事休す。3日目は雨がぱらつく中、美瑛の丘へ。何度も行っていますが、何度訪れてもいいところ。
まずは美瑛の丘を世に紹介した写真家・前田真三の写真が展示してある拓真館へ。旧千代田小学校の校舎を借り受けて開かれた写真館です。
限りなく延びる丘の畑。その向こうに立つ一本の木、作業小屋。
重機がなかった時代、原野の丘をツルハシとシャベルで切り開いた先人の苦労がしのばれます。
晴れていれば背景に十勝連峰が入るのに残念。
通りかかったファームに入って見ました。
広角で花にど接近。
どうしても観光客の姿が入ってしまうので背景をぼかして撮ります。
ファームの最上段まで上がって観光客が入らないポイントを見つけました。ただし目立たない程度にカップルを入れました。
お食事中。 北海道でヒマワリは珍しい。 ラべンダーのいい香りが漂ってきます。 こんな風景も北海道ならではです。 |

根張りは、時代を感じますね。
リハビリ登山出来るまでに回復し、嬉しいです。(私事)
根気!大切と、実感です。





