《一煎一話集》竹有上下節
下手な字を書き生活の糧とさせて頂いて居ります。その中に、私自身の思いを込めたメッセージを入れさせて貰ってます。その時々の思いなので、自分自身の成長と共に内容も変わる事もありますが、その心はいつも一つです。そして、時々読み返す事もあるのですが、中々に立派な事を書いている割に成長しない自分に反省致すものです。恥の上塗りの様な人生ですが、謙虚に受け止め、自らの信じる道を進みたく願うものです。
しかし、この頃、改めて思いますのは、同じ言葉であっても受け取り方によっては、全くの別のものに為ると言う事です。文中にもあります「平等」と言う言葉ですが、これは本来日本人ならば誰しもが持ち得た素晴らしい伝統なんですが、西欧風のインチキな垢に塗れてトンデモナイ解釈がまかり通る世の中と為りました。
人間とは、そもそも自由でも無ければ平等でも無いのですが、だからこそお互いがお互いを思いやって、それぞれが分相応に感謝して暮らしてきたのが、日本人の英知でした。ところがルソーやマルクスが言うところの哲学によって、「恨み・辛み・妬み」と言った歪んだ精神が、これら大切な言葉を汚らわしく上書きしてしまいました。
残念ながら、これが明治以降行われた欧米化の一番の弊害だと思っています。お茶の世界には、「茶席の上での平等」と言う言葉があるのですが、これは立場の違いがあるからこそ成り立つ文化であり、立場の差を乗り越えてこそ成立する素晴らしい伝統だと信じるものです。今時の味噌も糞も一緒の平等とは、質が違います。
敢えて言わせて貰えるのなら、日本人には尊敬と謙譲で結ばれた、平等よりももっと素晴らしい伝統があります。これが、「和の心」に導かれた真実の人間の関係です。更に日本には、「ナガサキ」と言う言葉があります。「ナ」とは「アナタのナ」です。私よりも、あなたが先と思えた時、人生に光が差します。
お茶の世界は、先輩・後輩の上下関係も煩く、完全なる縦社会です。私自身、長い間「茶席の平等」について悩んできました。けれど、威張らず驕らずに、相手が一歩引けば、自分はもう一歩引き、どこまで行っても、相手よりも上に行かないと言うのが、古来からの日本人の英知みたいです。尊敬と謙譲、感謝の心と思いやりの心で結ばれる仲間を増やしていきたいものですね!!人間なんて、結局は理屈じゃなく「こころ」です。
では、下がるばかりで良いのか?こちらが頭を下げているのに、それを踏みつけてくる無法者には正しい対処が求められます。話して分かる相手には、上手に諭して上げるのも正しい関係を維持する為には必要です。ただし、話しても分からない連中には、時に鉄拳もやむなしかも知れません。「馬鹿に、馬鹿と言える日本人に為りたい」ものです。「お前こそ…」と言われそうですので、今日はこの辺りにて失礼致します(笑)。
今日の出逢いに感謝です。嘘の平等に「NO!」を突き尽きてやりましょう(^^)v …by so-kei♪ |
一煎一話集
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竹は成長速度も速く産業の素材としても有望なんですよね。
パナがスピーカー素材に使っています。
2014/6/13(金) 午後 8:40
人の世は生まれながらにして不平等ですが、
「機会の平等」はなるべく確保される世の中であってもらいたいです。
でも当たり前ですがあくまで日本の国の中では「日本人」優先で。
2014/6/13(金) 午後 9:08 [ - ]
平等など共産主義の根幹的な部分ですよね!
分相応をわきまえなければいけないと思います。
☆
2014/6/14(土) 午前 7:23 [ もちもちもっち〜 ]
そもそも自由と平等を履き違えています。
何もしない怠け者が平等を求める社会にしてはいけません。
ナイス
2014/6/14(土) 午前 8:08
文化センターの生徒で、逆ギレされ、私は無実の罪で糾弾された事があります。
師と教わるものの関係を勘違いしている「馬鹿」がいます。
折角お茶を習いにきたので、その「過ち」を直せばいいものの、事務局にねじ込んで、月謝を返してもらって辞めていきました。
「お茶」を理解していない人ばかりの世の中です。
2014/6/16(月) 午後 0:29
flattwinさん>竹のスピーカーですか???初耳です…
チョッと後で検索してみますね(笑)。
さて、お茶道具では竹は欠かせない材料でアレコレ使われて居ます。最近では、「寄木」為らぬ「寄竹」と言う技法で板状に加工されて使用範囲が広がって居ます。何かと面白い素材ですね。確か?エジソンの電球でも、当初は「日本の竹」がフィラメントに使われて居ましたよね(笑)。
筍も美味しいです…
2014/6/16(月) 午後 7:45
百八坊さん>仰る通り「日本人」優先ですね!!
真面目な国民性なのは、素晴らしい事ですが、正しい知識と正しい偏見を持って暮らして行きませんと、国が滅びます。平等も程々に、正しい差別、正しい区別を持って、物事に当たりたいものです。「法の下の平等」「機械の平等」等々、「○○の平等」と言う具合に限定的にしか実現されないのが事実です。生まれてきた以上、死は免れませんので、死して後「あの世」に於いて達成されるのが真の平等だと思われます。それまでは、現実に屈する事無く、戦い続けて参りましょう!!
2014/6/16(月) 午後 7:53
もちもちもっち〜さん>現在言われる「平等」と言う概念が、西欧風とは言うものの、その中でも共産主義と呼ばれる血塗られた悪魔の教条へと誘う魔語であるのか?それを、和風に浄化した時に、初めてこの言葉の本当の意味での輝きが表れてくると思います。
ナイス☆感謝
2014/6/16(月) 午後 8:02
さくらの花びらさん>「平等」…
本当は、尊き言葉なのに、サヨク陣営によって歪曲され、悪魔の教条への入り口へと塗り替えられてしまいました。これによって、出る杭は打たれる、足を引っ張りあう最悪の平等へと貶められて居ます。仰る通り、怠け者が大きな顔で権利を主張する様な社会であっては為らないと思います。
ナイス☆ありがとうございます!!
2014/6/16(月) 午後 8:07
桃里さん>お気持ちよく分かります…
私も同じ様な仕打ちは時々受けます。私の場合は、不徳の致すところとは言え、お茶の道を志す者として悲しい事ですね。しかし、この頃、逆にそう言う人を憐れに感じて居ます。「本当に大切な事を知らずに、また知ろうともせず」に死んでいくんです。しかも、それを知る機会に恵まれたにも関わらずです。こんなにも悲しい人は在りませんが、残念でなりませんが、本物の馬鹿です。腹も立ちましょうが、そんな方と同じ土俵に立つ必要はありません。大上段に構えて、笑って別れを告げて差し上げるのが最良だと存じます。それで、時々こちらのブログに愚痴りに来て下さい。平等なんて糞喰らえです。謙虚な気持ちを忘れたらいけませんが、上から目線も大切なものです(^^)v
私どもは、真摯に「お茶のある人」に為りましょうぞ!!
2014/6/16(月) 午後 8:20