「はじけろ煎茶道」

「愛と勇気の煎茶」を目指す松月流家元渡辺宗敬のblogです。煎茶の心は、和のこころ。超保守的解釈で煎茶道を志して居ります。

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まとかなるヒタカミの旅・終了

久し振りの仙台、初めての多賀城・塩竈と「まとかなるヒタカミの旅」から帰路についています。
台風の影響もあって、こちら東北地方で物凄い豪雨が降り、道も冠水状態と言う中…
 
そんな事にも、負けずビショビショに為りながら、ほぼ何もない状態の遺跡に悠久の歴史を感じて来ました。
しかし、講師のオノコロさんの熱い思いに感激すると共に、参加者のやる気にもこみ上げるものがありました。
 
そして、そんな禊の雨を受けて体が清まったのか?
塩竈神社で、昇殿参拝をさせて頂いたその直後、奇跡の晴れ間にも出会い、また感激でした!!
 
本来なら、もう一泊して、明日帰宅の行程なんですが、全日煎の理事会で京都へ…
一泊j二日の短い旅でしたが、充実した時間を過ごす事が出来ました。
 
後ろ髪引かれる思いで、最寄りの駅で降ろしてもらい皆さんとお別れしてきました。
最後は、皆さんと握手、窓から手まで振って頂きまして、嬉しい気分一杯だったのですが…
 
ナント!大雨の影響で、仙台行きの電車が止まって居ました(笑)。
 
予定の新幹線には、少々の時間的な余裕があったので、取り敢えず様子を見ながら駅で待機してました。
約1時間待ちましたが、何とか運行再開となり、本当にギリギリセーフで新幹線に乗り込みました。
 
何か?美味しいものでも食べていこうと思って居たのですが、それは適いませんでした。
それで、牛タン弁当に、ビールを飲みながら電車に揺られています(笑)。
 
しかし、昨日は、駅ビルで友達のお奨めの牛タン店で…
1時間待って食べたんですよね。でも、よく考えたら、この店東京駅にもあって時々食べてました!!
 
まぁ、「間違い・場違い・勘違い」は、いつもの事です(笑)。
 
そんな珍道中でも、何とか今日中に帰れそうなので、飲み過ぎて乗り越さない様に気を付けたいと思います。
そして、明日もう一日残っているメンバーが台風に負けず無事に帰れる事を願って記事を〆させて頂きます。
 
チチンプイプイ「台風よ、早急に退散なさい!」そして、飛行機が飛びます様に心からお祈り致します。
 
※追伸:11時20分、無事に帰宅致しました。こちらは暴風雨です!!明日、京都に行けるのかなぁ・・・

唱歌を消す日本。

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かつて「文部省唱歌」を子供たちは学校で歌っていました。
今では「唱歌」と言っても「何それ?」と言われます。
これはかつて教科書にあった歌です。
 
戦後、『教育勅語』が消され、『修身』の教科書が消され、『唱歌』も一部は歌詞を変えられ、また歌詞そのものを消された唱歌もあります。中には唱歌そのものを二度と歌わせないように抹消してしまったものもあります。
なぜ消すのかというと、大東亜戦争で日本の恐ろしいほどの強さを嫌と言うほど知ったアメリカは、占領政策で二度とアメリカの脅威とならないように日本弱体化をあらゆるところで行ってきました。その一つが唱歌の歌詞を変えたり消すということでした。
 
唱歌の中には日本人の心や精神がたくさん詰まっています。『教育勅語』、『修身』、そして『唱歌』を復活させれば本来の日本人が取り戻せることでしょう。
特に情操教育が必要であるとよく言われていますが、唱歌をきちんと歌うことはその効果に大きく貢献することであります。
 
たとえば四季の草花を愛でる心、特に日本には春夏秋冬それぞれほどよい長さの四季があり、国土の自然には山と海と川があるのです。しかし、世界を見渡してもこのような風土を持つ国は少ないのです。
日本人は植物の葉の色にしても多彩な色を知っています。春になって芽吹き、若葉の色、やがて深緑に変化して、涼しい風が吹き出すと黄味を帯び赤みを帯びてくる。この四季の変化は国土の大部分が砂漠の国や一年中雪の中で過ごす地では理解できないのです。
「季節を語らずして自然を語ることなかれ」という不文律が日本の文化の中にあります。俳句には五・七・五の中に必ず季語を入れることは日本人ならば誰もが知っていることです。それは日本に四季折々の季節があるからなのです。そう感じるだけでも日本は本当に素晴らしい国なのです。
 
小さな虫や小動物を愛する気持ち、故郷の山や河を想い、親を想い、友だちを大切にする心。祭や花火、田植えや稲刈り、四季の行事を感じ、自然に感謝する。また歴史に残る立派なお話や正義と勇気ある志、そういうことを知らず知らず唱歌から学んでいたのです。
もちろん歌っているだけでこうした心は養えるものではないでしょうが、このような歌をいつも歌っていることいで、親は大切なもの、友は大切なもの、という価値観が知らないうちにしみ込んでいくのです。
 
戦後、『村祭』が教科書から外された時、市町村合併で村のない所があったからだという。この歌の3番「治まる御代に神様の めぐみあおぐや村祭り」を「みのりの秋に神様の めぐみたたえる村祭り」と変えてしまったのです。なぜか。神様を讃えてはいけないというのです。
『広瀬中佐』という唱歌があります。これは現在“軍歌に分類されていますが、小学校で教えていた唱歌です。広瀬中佐とは日露戦争でロシアの太平洋艦隊をバルチック艦隊が来るまでに叩こうとしましたが旅順港の中から出てこないので出入り口の狭い旅順港を閉塞して閉じ込めてしまう作戦を指揮した軍人です。
 
交戦中に敵の攻撃を受けて船が沈み全員退避命令とともに広瀬中佐も退避しようとしたとき部下の杉野上等兵の姿がなく、「杉野はいるか」と大声で叫びながら単身、水が満ち始めた船内を探しましたがついに見つからず、「もはやこれまで」と断念してボートの乗り移ろうとした時に敵の弾丸に命中してしまったのです。
部下を大切に思うのは指揮官として当然の心得です。しかし極限の状態で、自分の命をかけてまで実行できるかといえば大変難しいことです。こういう実話をかつては歌にして語り継いでいたのであります。
 
しかし、戦後「戦争のエピソードは軍国主義につながるから」という理由で消されてしまいました。
この歌の本質は何か。一命を顧みず他者を救おうとする尊い精神ではないでしょうか。東日本大震災でもそのような行動をとって亡くなられた方がいました。これこそ尊い精神でなくて何でしょう。
 
単純に「戦争の歌だから消す」というのはあまりにも安易過ぎであります。
今、集団的自衛権の行使をするとかしないとか議論をしています。これに反対している政治家などは仲間がピンチの時に逃げるという、今の日本を象徴する道徳観のなさを表わしています。こんな薄情な考えしかできない政治家は日本人の恥と言えるでしょう。
 
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  『教育勅語』『修身』『唱歌』を復活させるべきだ、
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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佐倉順天堂記念館


順天堂大学のロゴマークの基である「仁」は、順天堂大学の学是「仁」です。
これは、「人ありて我あり、他を思いやり、慈しむ心」を、医療の基本として、この精神は「仁」に尽きるということです。

順天堂は、江戸後期の天保9(1838)年、学祖・佐藤泰然が江戸・薬研堀(現在の東日本橋2-6-8)に設立したオランダ医学塾に端を発し、いまに繋がる日本最古の西洋医学塾です。幕末、攘夷・洋学排斥の動きもあり、江戸より下総佐倉(現在の千葉県佐倉市)に移った順天堂には、全国各地より百数十名を超える俊英が参集し、「日新の医学、佐倉の林中より生ず」といまに語り継がれるが如き、西洋医学研究・教育、そして臨床医学実践の場となりました。
幕末の 佐倉藩主堀田正睦 ( さくらはんしゅほったまさよし ) は、 蘭学 ( らんがく ) に理解があり、 藩士 を江戸や長崎に送って 修業 させるだけではなく、 藩校 ( はんこう ) でも蘭学が学べるようにしていました。
この正睦が 佐倉 ( さくら ) に招いたのが 冒頭で紹介した佐藤泰然 ( さとうたいぜん ) 先生です。泰然は、長崎で 蘭方医学 ( らんぽういがく ) (オランダ流医学)を学んだ後に江戸の 薬研堀 ( やげんぼり ) で塾を開いて、外科専門の治療を行っていました。
正睦の招きに応じた泰然は、 天保 ( てんぽう ) 十四年(一八四三年)八月に移り住んで、佐倉城下の 本町 ( もとまち ) に 順天堂 ( じゅんてんどう ) という塾を開きました。「順天」とは、中国の古い書物にある言葉で、「天の道に 順 ( したが ) う」ということです。泰然が、この言葉を塾の名前に付けたのは、医者として人間として、最も大切なことと考えたからです。
そのころ、佐倉藩はもちろん全国で 疱瘡 ( ほうそう ) ( 天然痘 ( てんねんとう ) )が大流行をして人々に大変恐れられていました。しかし、泰然は江戸で自分の子どもに疱瘡のうみを少しだけ接種して、 免疫 ( めんえき ) を持たせることに成功したことがありました。この経験から、同じ方法で佐倉の人々を救おうと考えました。
嘉永 ( かえい ) 二年(一八四九年)、長崎にさらに進歩した 牛痘接種 ( ぎゅうとうせっしゅ ) (牛に天然痘のうみを植え付けて、そのワクチンを人に接種する方法)が伝えられると、これと同じ方法を取り入れるよう藩に申し入れて許しを得、佐倉藩の多くの人々を救いました。
この他にも泰然は、日本で最初の 膀胱穿刺 ( ぼうこうせんし ) の手術を嘉永四年(一八五一年)十二月二十六日に成功させます。これは、尿が詰まって激しい痛みを起こす病気で、膀胱に針を刺して尿を取る大手術ですが、泰然はこれを 麻酔 ( ますい ) なしで行いました。
また翌年には、当時難しいといわれていた 卵巣水腫 ( らんそうすいしゅ ) の手術を成功させます。この手術は 開腹 ( かいふく ) する必要がありますが、泰然はこれも麻酔なしで行いました。
当時、麻酔は 紀伊国 ( きいのくに ) (現在の和歌山県)の 華岡青洲 ( はなおかせいしゅう ) の弟子たちが研究していましたが、まだ危険をともなうものでした。泰然は、痛みより病人の命を大切にしたのでした。また、乳がんも麻酔なしで手術して、成功させました。
嘉永六年(一八五三年)、泰然は今までの功績が認められて、藩医として佐倉藩士になります。その後、多くの人たちが泰然を 慕 ( した ) って塾生となり、順天堂は 適塾 ( てきじゅく ) ( 緒方洪庵 ( おがたこうあん ) が大阪に開いた蘭学塾)とならんで、全国に知られるようになります。


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学祖 佐藤泰然先生 胸像




やがて、幕末の激動期のなかで佐倉藩と順天堂は官軍について戦います。順天堂の優秀な生徒であった 山口舜海 ( やまぐちしゅんかい ) (後の 佐藤尚中 ( さとうたかなか ) )は、泰然の養子になって明治政府に仕え、明治二年(一八六九年)に今の東京大学医学部の前身となる 大学東校 ( だいがくとうこう ) を 主宰 ( しゅさい ) します。東校の教授の多くは順天堂の出身者でした。つまり、日本の近代医学の始まりには順天堂が大きな役割を果たしたのです。
泰然は、藩主の正睦が 安政 ( あんせい ) 六年(一八五九年)に 隠居 ( いんきょ ) すると、自分も病気を理由に現役から 退 ( しりぞ ) いて 家督 ( かとく ) を養子の尚中に譲り、 文久 ( ぶんきゅう ) 二年(一八六二年)に横浜に移り住みました。
当時の横浜は 日米修好通商条約 ( にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく ) ですでに開港し、外国人と接する機会にめぐまれていました。泰然は、この横浜でアメリカ人の 宣教師 ( せんきょうし ) ヘボンと親交を結びますが、このときの二人のエピソードが今に伝わっています。
ある日、ヘボンのところへ卵巣水腫の病人が来ました。この病人を見てヘボンは「これは難病なので治療方法がない」といいます。これに対して泰然は、開腹手術を提案しますが、ヘボンは「それでは病人が死んでしまう」と主張します。泰然が、佐倉で同じ病気の二人を開腹手術で治したことを話すと、ヘボンは「信じられない」と答えたそうです。
この会話が交わされたのは、文久年間(一八六一年〜一八六四年)のことです。その当時でさえ、卵巣水腫の手術は難しいものでした。しかし泰然は、十年も前に手術を成功させていたのです。
医学のみならず、森羅万象すべてに神々と先人の叡智が結集されています。
現代の人間が一から作りあげたものなど何一つもありません。

我々日本人、いや全世界の人々は先人の遺した遺産によって生かされています。
そしてそれを享受し、後世の我々の子孫に広大な全世界の人々が織り成す、人間模様、先人から受継いだ精神を継承してゆかねばなりません。

「人ありて我あり、他を思いやり、慈しむ心」を・・・
日本のこころ、ここにあり・・・・・





転載元転載元: 美し国(うましくに)

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