「はじけろ煎茶道」

「愛と勇気の煎茶」を目指す松月流家元渡辺宗敬のblogです。煎茶の心は、和のこころ。超保守的解釈で煎茶道を志して居ります。

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御室焼 語り絵碗 源氏物語五十四帖 和善工房・北村美音

和善工房のしごと
 
御室焼き北村和善は当代で四代目、明治からの窯元です。
和善工房では、煎茶のための道具のみをつくっています。
 
およそ茶道具では侘び寂び、時代の歪・芒などが尊ばれますが、煎茶は清潔感・使い勝手が最も大切とされています。玉露の澄んだ緑が映える白磁、人数分きっちりと形の揃った煎茶碗。和善はこれを「きれい」と申します。清らかで持ちやすい白泥湯沸、茶をまったりと育む口切れ良い急須、口唇のさわり具合の良い薄手の碗。茶道具は茶味を追及するための手段というのが煎茶だと思っております。煎茶が最も生き生きしていたのは、江戸中期に若冲・大雅・蒹葭堂・上田秋成など、町の画家・学者などの画室や書斎での談論風発に自ら淹れた茶が欠かせぬものだった頃でしょうか。李白の詩文、東披の赤壁の月、漱石の草枕の一文など、画文を楽しみ、会話を楽しんでいただきたいと和善工房では煎茶器をつくっています。源氏物語五十四帖もその一連の作品です。
 
おいしい煎茶で口を楽しませ、そしてこころを遊ばせてくださることを願って作陶を続けたいと思っております。
北村美音


 
いつもお世話になって居ります北村和善先生と奥様の美音先生が、源氏物語の五十四帖をお茶碗に写され、それを一冊の本に纏められました。お送り下さったので、教室で紹介いたしましたところ反響が大きく、ご無理を言って改めて取り寄せさせて頂きました。
 
北村和善先生と言えば、奥様と夫唱婦随で独特の細かく精密な手仕事が特徴で、まさに「きれい」な作風で、現代煎茶工芸の第一人者であり、人気作家でもあります。私もファンで、幾つも作品を持っていますし、お願いして作って頂く事もあります。煎茶の席には、欠かせない作家さんです。
 
煎茶道具と言えば、龍や鳳凰と言った支那趣味の図案が多いのですが、それに留まる事無く夏目漱石を始め日本の文学を取り入れて道具作りをされる姿勢には至極共感を覚えて居ります。そして、今回は古典の中でも世界中の文学界に誇れる紫式部の「源氏物語」をモチーフにした作陶だそうです。
 
しかし、源氏物語って、圧倒的に女性ファンが多いですね!!逆に、男性で好きと言う方を聞いたことがありません。私もそうですが、モテモテの光源氏は憧れよりも嫉妬の対象でしかないですね…。まぁ、本当は、そんな穿った見方ではなく、文学として鑑賞すべき作品なんでしょうが、駄目ですね(笑)。
 
源氏物語からアレコレと話題が発展して恋愛談義に為る事もあります。私は、女性相手に仕事をしているので女性心理を勉強したいと常々思ってます。しかし、恋愛にも疎く、女房に背を向けられる程の極度の女心音痴です。これじゃ商売も上手くいくはずないなぁと反省ですが、どうにもなりません。
 
唯、この流れから、多くの女性に於いて「亭主の他に、と言うよりも旦那以上に好きな男性が居る」と言う驚愕の事実を知りました。勿論、心に秘めた話みたいですが、チョッと驚きでした。男の場合は、どんなに浮気を繰り返す人であっても、「奥さんが一番」と言う人が多いのと反対で面白かったです。
 
私もかじった程度の知識でしかないですが、この辺りの心理描写が上手に描かれて居り「源氏物語」が、名作の誉れ高いものとなってると思います。それで、旦那に一切の興味を示す事の無い我が女房にも、同じ質問をしたのですが、「そんなもん居る訳ないでしょ!」との即答でした。
 
また「私は、源氏物語なんて好きじゃないし馬鹿な事聞かないで!」と叱られもしました。そもそも、私の知る限り女性は嘘しか付かないので、居ても本当の事は言わないでしょうが、彼女に文学の話をするのも、人間らしい感情を求めたのも間違いだったと改めて気付かされました。
 
残りの人生、粛々とお付き合いさせて頂こうと心に誓うものです()。
 
さて、先生からのお手紙には、「本だけじゃなくて、お茶碗の注文も宜しく…」と書き添えられて居りました。ご興味ある方は、お電話下さいませ。手数料はサービスにて、お取次ぎさせて頂きます
 
取り敢えず「源氏物語絵巻」の復刻版があるので、眺めながら一煎楽しみたいと思います!…by so-kei♪
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竹林はるか遠く ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著・都竹恵子訳

終戦直後の朝鮮半島と日本で、日本人引き揚げ者が味わった壮絶な体験を赤裸々に綴る、息もつかせぬ、愛と涙のサバイバルストーリー。ハート出版社
大戦末期のある夜、小学生の擁子(11歳)は「ソ連兵がやってくる」と言ってたたき起こされ、母と姉・好(16歳)との決死の朝鮮半島逃避行が始まる。欠乏する食糧、同胞が倒れゆく中、抗日パルチザンの執拗な追跡や容赦のない襲撃、民間人の心ない暴行をかいくぐり、祖国日本をめざす。
本日8月6日は、1940年(昭和20年)に、アメリカ軍により広島に原子力爆弾が落とされ28万人とも言われる尊い命を失った日であります。犠牲になられた方々に心よりの哀悼の誠を捧げお悔やみ申し上げると共に、二度と惨事が繰り返され無い様に平和を願い、この記事を書かせて頂きます。
 
この本は、あちこちのブログで取り上げられているのでご存知の方も多いと思います。様々な紆余曲折があって、漸く日本で紹介されたらしいのですが、兎に角読んでみようと手にしました。私の癖なんですが、本は後ろから読みます。作者の紹介、巻末の後書き、それから最初のページを捲ります。
 
まず、後書きを読んで驚いたのは、ヒョッとしてこの本は反戦左翼の平和本なんじゃないのか?と言う思いでした。しかし、読み進める内に、それだけには終わらない魅力を秘めた文章の力、戦争の悲しみと人間の強さ・弱さ、家族の絆が生き活きと伝わってきて、一気に読み進める結果となりました。
 
彼女「ヨーコ」が伝えたかったものとは、Ideology(イデオロギー)ではなく、Historyヒストリー)なんだと思えた瞬間、文章の向こうにある真実が心に訴えかけてきました。途中、幾度と無く涙が溢れて来たのですが、涙を流す事すら失礼と思わせる悲劇を越えた悲劇に打ち勝った歴史が描かれて居ます。
 
朝鮮北部の街「羅南」から、京城・釜山を経て祖国博多へ上陸し京都へと逃避行は続きます。日本の敗戦とともに行き場を失った人々は、支那共産党軍からは銃を突きつけられ、朝鮮人からは暴行・強盗・恐喝・強姦とありとあらゆる嫌がらせを受け、沢山の方が命をも奪われてしまいます。
 
怨念と欲望が渦巻き、銃弾が飛び交う中をヨーコ達は自らの二本の足を頼りに逃げ続けなければなりませんでした。時に、糞尿に塗れ、ゴミ箱を漁り、死体から着るものを奪ってまで、決死の覚悟で辿り着いた本土は、興廃と疲弊を極め苦難の道程は続きますが、これ以上は何も申し上げません。
 
ある人が、日本に於いて《歴史は、学問だ》と言いました。それに比べ中国では《歴史は、政治だ》と表現しました。そして、最後に韓国では《歴史は、ファンタジーだ》と揶揄された事を思い出しました。しかし、認識は違えど歴史は一つです。今私達が必要なのは、真実の歴史だけだと言いたいです。
 
唯、残念ながら現在の日本に於いても、日本だけが悪者であって世界中が迷惑を被ったとする「自虐史観」と呼ばれる認識が圧倒的多数を占めるに至っています。そして、歴史を政治に利用する国、歴史と御伽噺の区別の付かない国に、云われ無き誹謗中傷に耐え続けなければならない現状です。
 
あの当時の日本人で、悲しい思い、辛い思い、淋しい思いをしなかった人は誰一人として居ません。そして、戦闘で散華なされた英霊に合わせ300万人とも言われる方々が犠牲となって居ます。私達は、この尊い犠牲の上に、今を生きていると言う事実を受け止め歴史を繋いでいかねば為りません。
 
勝てば浮かばれた魂も、負けたばかりに浮かばれず彷徨って居ます。更に言えば、全国民が受けたであろう屈辱に耐え忍んだ情念が、今尚渦巻いて居るのが米軍に押し付けられたとする「自虐史観」の本当の正体なのではないでしょうか?この救われぬ魂の鎮魂と供養こそが、今求められています。
 
私は、あの戦争を聖戦などと美化しては為らないと思います。けれど、歴史に背を向けるのでなく、真正面から受け止め、已むに已まれぬ戦争を、しかも、正々堂々と戦ったと言う真実に辿り着かねば祖先は浮かばれません。まして、中韓になど、何ら文句を言われる筋合いは無いと断言出来ます。 
 
歴史とは、振り返れば1本の道です。そして、繋いで行く為には、繋がって居る事に気が付く必要があります。我が国は、世界最古の皇室を懐く今に至る文明国家です。高々60年程度の歴史しかない周辺国に惑わされる事無く、大切な伝統と文化を紡いで参りたいものです。
 
 
今こそ、歴史の真実を見極めて、祖先の汚名を晴らし名誉回復の時です!!!…by so−kei♪
 
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メタボ検診は信用するな! 西田正夫・大重史朗著 ・ 梧桐書院

男たちよ!もう、これ以上「メタボビジネス」の餌食になるな!
薄毛・ED・頻尿から痛風・うつ・脳卒中まで、「男の体」の正常・異常が、この一冊で丸わかり!
この頃では、「健康に成れるんだったら死んでもいい」と言うくらいの極端な健康ブームに沸いて居りますが、果たして、この現状が正常なのか?異常なのか?疑問に思ってます。病院の待合室では、「○○さん、最近顔を見ないけど、具合でも悪いのかしら?」と言う、コントのセリフの様な会話が実際に為されています(苦笑)。
 
そして、本来ならば、メタボリックシンドローム《内臓脂肪症候群》とは、生活習慣病・成人病予防の為の指数であって、健康で元気よく暮らしていく体作りの目安だったはずが、「メタボ」と言う言葉も、いつの間にか一人歩きを始め、、逆に「肥満・デブ」と言うネガティブなイメージを可愛らしく包みかえてしまった印象があります。
 
生活改善の為の指標が、何やら実際には日頃の不摂生を、《メタボ》と言い換えれば、それで許される不思議な雰囲気が出来上がってしまっています。個人的には、これに甘えるのが嫌で、冗談では「実は、隠れメタボなんで…」とは、口にしますが、悔しいので何が何でも基準をクリアしようと必死にもがいて居ります(笑)。
 
それと、私は、「老けない筋トレ」「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか」等々の著者「山本ケイイチ」氏に傾倒して居るのですが、「メタボと言う言葉に逃げるのは、男らしくない」と言われます。出っ張ったお腹ではなく、鍛え上げられた大胸筋こそが、男らしさの象徴ではないのか?と言う主張に共感して居ります。
 
お陰さまで、初めて著作に出会った2008年当時と比べると、段々と《男らしく》なっているのでは?と自負いたして居ります。そして、前向きな生き方と、同時に以前とは比べ様のない健康な身体と幸せを手にして居ります。口下手・言葉足らずで誤解される性格ですが、背中で強さと優しさを語れる男に成りたいと願って居ります。
 
さて、そんなこんなの著作ですが、メタボの話は殆ど出てきません。しかし、昔で言えば初老と呼ばれる年代に向けて、薄毛・ED・頻尿から痛風・うつ・脳卒中まで、様々な症状の解説がなされています。そして、どんな病気であっても、『数値にばかり気を取られて居ては、健康に成れない』と言う当たり前の主張がなされています。
 
「敵を知り己を知れば、百戦あやうからず」と申しますが、メタボリックシンドロームに端を発する様々な病気について解り易く解説されています。原因から症状、予防に対処法と、簡単にでも知っていると心強いですよね。特に、心臓と脳は、遅れが命とりに成りますので、正しく対処したいものです。
 
また、今流行りの「うつ病」や「ED」と言った精神性の疾患にも内容は及んで居り、読み応えが在ります。更に、温泉やスポーツ倶楽部で水虫を貰って来たりと、現代社会には様々な落とし穴が潜んでいるみたいです。いずれにせよ、最終的には自分の身は自分で守るしかないので、病気とは上手に付き合っていきたいものです。
 
男四十二歳、「健康こそが、人生に於いて一番の財産」と言う意見に納得の年代と為って参りました。結局、《健康の源》とは、バランスの取れた食生活と適度な運動に尽きる様ですが、上手にストレスと付き合う事も重要みたいです。これは個人的意見ですが、長生きしたいなら「病院に近づかない事」も付け加えたいと思います(笑)。
 
最後に、皆さま方の健康と長寿をお祈りして、記事を〆させて頂きます。弥栄!弥栄!弥栄!…by so-kei♪
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ゲーテの警告/ニーチェの警鐘:適菜 収著

B層(―そう)とは、郵政民営化の広報企画にあたって小泉政権の主な支持基盤として想定された、「IQが低く、具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」のこと。適菜収によれば、「今日ではより普遍的な概念として、人権や平等などの近代的価値を盲信する層のことも指す」のだという。
wikipediaより
最初にお断りしておくが、この本は面白いが為になる本でもないので、目くじら立てて読む必要は無い。
通勤通学の電車で暇を持て余して居る方、家庭ではトイレにでも腰掛けながら読まれる事を勧める。
 
B層とは、wikipediaでは上記の様に規定されるが、小泉劇場に盛り上がり、政権交代に歓喜を上げて騙される御人好しを指す。結局の所、新聞やテレビ等のマスコミを絶対権威と思い込み、他人の意見を聞けない、又自分の意見の無い薄らサヨクの事を指す。最初の3ページを読んでみて、自分には当てはまらないと思えた人は、問題なく賢い人か、まさにどうしようもない馬鹿かのどちらかである。
 
そのどうしようもない連中「B層」が、現在の政治を動かし、日本を滅ぼすと言うのである。
困ったもんだ…。
 
恐らく、脱原発で騒いでいる連中は、後者の方に括って問題ないであろう。クーラーの効いた涼しい部屋で、冷蔵庫で冷やしたビール片手に自らが信仰する「テレビ」に夢中の事と想像する。この文章を読んでいる様なら論外である。コメントも遠慮する。電気の無駄だ。反原発の正義を語る方で、囲炉裏に行灯、自給自足と言う暮らしを聞いた事がない。もしくは、自転車でも漕いでの自家発電でもなさっておいでかなぁ…。
 
疲れたら気晴らしに大麻を吸うのが旬らしい。素晴らしいご趣味である。
 
私自身は、反省しながら拝読させて頂いた。嘗ては、テレビ大好き、新聞も週刊誌も大好きで、久米宏が大好きで、筑紫哲也や鳥越俊太郎には、憧れすら覚えていた。勿論、大前研一のコラムも好きで「もうテレビの役目は終わった。これからはネットで情報を…」と言う言葉を信じてテレビを見るのを止めた。それと同時に、私にとっても日本にとっても、大前研一自体が必要がない事を知る事となった。実に、面白い発見であった。
 
しかし、誠に遺憾な事では有るが、私は小泉元総理にも民主党にも票を投じては居ない。残念ながら、その程度の分別は持って居るらしい。世間に対して、誠に申し訳ない。この場を持ってお詫び致す。ゴメン!いかん…「B層」とは、反省とは無縁の存在であった。そして、自らを客観的に省みる事のない孤高の存在である。特技は、自分自身の棚上げである。持ち歌の十八番は「世界に一つだけの花」らしい。反省するのは猿だった。
 
さて、この本であるが殊更に「ゲーテ」「ニーチェ」と智の巨人を持ち出して、自らの言葉を補わせているが、これこそが「B層」のハートを熱くクスグルお呪いなのであると、本文に書いてある。矢張り、うっかり騙された。B層は、同じ過ちを繰り返すものらしい。B層万歳!商売繁盛!2冊も買って、著者を儲けさせてしまった。どうやら馬鹿は死ぬまで治らないらしいと言うのは本当みたいである。ところで、死ねば治るのか?
 
ここからが本日の本題である。戦後日本の本当の悲劇は「保守主義」の欠落と見て間違いない。思想の背骨とも言える真っ直ぐのラインが無く、右だ左だと騒ぐから、益々混迷の度合いが深まっていく。残念ながら、民主党も橋下の維新の会も左翼団体でしかない。ここに気が付かねば、日本に未来は無い。保守主義とは右翼ではない、「歴史であり、伝統であり、教養である。」と、ニーチェではなく、私が言う。説得力が無いなぁ(笑)。
 
そんな私であるが、政治的な発言が時々度を越えるらしく「お前は右翼か?」と叱られることがある。これは、今の日本では仕方ない現象である。しかし、どこをどう間違えるのか「お前は、サヨクか?」と疑問を投げ掛けられるのだけは勘弁願いたい。冗談ではなく、実際にあるのである。「馬鹿」と罵られる事は甘んじて受け入れられても、「アカ」と呼ばれる事だけは断じて許す訳にはいかない。
 
私は、右でもなく左でもなく、真っ直ぐにこの国を愛していきたい!
そして、妻も…。
 
※ゲーテの警告〜日本を滅ぼす「B層」の正体〜:適菜収著:講談社α新書
※ニーチェの警鐘〜日本を蝕む「B層」の毒外〜:適菜収著:講談社α新書
 
悪乗りした文章にお付き合いありがとうございます!でも、暇つぶしには最適の本かなぁ・・・by so-kei♪

よみがえる日本語

 
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よみがえる日本語

こちらのブログでも時々ご紹介させて頂く「オノコロこころ定めて」のオノコロさんの「ヲシテ」の勉強会に参加させて頂く事になりました。この10年の人生で、私の中で大きなターニングポイントが2つありました。一つは富士登山で、もう一つはオノコロさんとの出会いです。富士山に登ると人生が変ると言われ…そんな訳無いだろと思っていましたが、毎年登り続ける事で後ろ向きで俯きがちだった人生が180度好転しています。
 
それと同じく、ジワジワと心に沁みこんで来ているのが、オノコロブログとの出会いです。事の始まりは、民主党への政権交代でした。元々、社会正義の嘘に深い疑問を感じていたのですが、ここへ来て私自身の怒りが頂点に達した時に、何の導きでしょうか“友だち申請”を頂きました。最初は、驚いたものの何度かやり取りをさせて頂く内に「この人は、唯者じゃないなぁ」と言う想いが湧いて参りました。
 
以来、質問攻撃で色々教えを頂いたのですが、ある時「少しは、自分で考えなさい」と軽くお叱りを受けまして、そりゃその通りです(笑)。それからと言うもの、ご紹介頂いた本は全て目を通し、沢山読ませて頂きました。特に、エドマンド・バークと保守主義と言う言葉は衝撃的でした。そして、中川八洋先生の著作の素晴らしさには、いつも感動と大いなる力を頂いております。そして、悪の根源がまさかルソーだったとは、驚きの日々でした。
 
兎に角、教科書には実に巧妙な罠が仕込まれて居り、テレビや新聞等のマスコミは嘘や偏向報道ばかりで、自分達は誇りも名誉も奪われ窮屈に暮らしていると言う事実に辿り着きました。こうなって日本人として失われた大切ピースが揃い出しますと、あれやこれやがくっ付いて毎日が目から鱗の大洪水となりまして、勉強が楽しくてしょうがないのが現状です。この流れの中で「教育勅語」にも出会いました。
 
所謂「保守ブログ」の方とは沢山御付き合いさせて頂いていますが、何故に私がオノコロさんに特別惹かれるのか?その答えが「ヲシテ」と呼ばれるものでした。そもそも保守したいものが違います!ヲシテとは、古事記・日本書紀に先立つ書と言われる、「ホツマツタエ」・「フトマニ」・「ミカサフミ」の3つの文献に記された文字を差します。ここに記される漢字伝来以前の「本来の日本人のこころ」をよみがえらせたいと言う思いに惚れました。
 
現在、江戸時代の写本しか見つかっておらず、原本もしくは確かな証拠の発見が望まれる段階ですが、この「ヲシテ」こそが日本語の源「やまとことば」の原型であると断言されています。勿論、私もそう願って居ります。これが実に面白いのですが、そんなオノコロ(うまやど)こと平岡憲人先生の著作です。先生曰く…
 
・ヲシテの字の形で、大和言葉の意味・語源ができている (安定原詞)
・ヲシテの字の形で、文法ができている (呼求原詞)
・どちらも、同じイメージからできている (図象)
 
私自身、古来より日本人の感性の源は、春夏秋冬に彩られた大自然の中にあると信じて居ますが、今以上に自然と密接に暮らして居たであろう先人達が作り上げた文字「ヲシテ」は、大自然からのインスピレーションから生まれ、ひらがなの様に「表音文字」であり、漢字とは違う意味ですが「表意文字」であると言います。それぞれの文字一つ一つが大切な意味を持ち、お互いが惹かれあう様に単語を作り、新しい意味を生み出し、文法を生み、今に至る「やまとことば」を形成してきたと言うのです。
 
何やら縄文時代は、野蛮人の印象が植えつけられて居りますが、決してそんな事は無く既に秩序と礼節を重んじる文明が築かれていた様子です。そして、今に至る「自然との調和」「思いやり・助け合い」の文化であり、無益な争いではなく徳による緩やかな統治が行われていました。聖徳太子の「和を以って尊しと為す」と言った「和」の精神は、支那でも朝鮮でもなく原始日本人の心の中から生まれ、今も尚私達に息づいているのです。
 
この本ですが、昨年まず1回読みました。そして、講演会に参加して2回目、更に、今回勉強会に参加させて頂き3回目を読ませて頂きました。先に勉強会に参加されている先輩からは、「本は、最低7回は読まないとね!」と脅かされています。優しい言葉で書かれているものの、内容が詰まって居るので1回や2回読んだだけでは理解出来ません。最後まで読み進めて、漸くあとがきの「相態性原理」の一言にクスっと笑う事が出来ました(笑)。
 
矢張り、こころで感じる文化の国の言葉の話ですので、「ブログ」と言うPCの画面よりも、「本」のページを捲りながらの方がよく分かり、更に実際に「顔を合わせて」近くでお話を伺いますと、一番こころに沁み込んで参ります。目で見て、耳で聞いて、こころで感じてこそ、日本語の真の味わいが広がると言うものみたいです!!
 
※「よみがえる日本語」〜ことばのみなもと「ヲシテ」:監修・池田満:著者・青木純雄・平岡憲人:明治書院
 
どうやら漢字かな文字まじり考え方では、決して到達出来ない「日本語の源」があるみたいです!so-kei♪

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