「はじけろ煎茶道」

「愛と勇気の煎茶」を目指す松月流家元渡辺宗敬のblogです。煎茶の心は、和のこころ。超保守的解釈で煎茶道を志して居ります。

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心の中に希望を持ち続ける限り!〜、
        人は前進するものである!・・・
日本を愛する人々に希望が芽生えれば!〜、
    日本国の再生には手が届く・・・

今日は、天が与えた人々に与えた最大の贈り物!〜、
    希望の諺を取り上げました!・・・

ジェームズ・アレン!(James Allen)〜、
1864年11月28日 - 1912年、イギリスの作家である。自己啓発書と詩によって知られる。

 気高い夢を見ることだ。あなたは、
    あなたが夢見た者になるだろう!・・・
あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である。

アルベール・カミュ -(Albert Camus)!〜、
1913年11月7日 - 1960年1月4日)は、フランスの小説家、劇作家、哲学者。フランス領アルジェリア出身

 希望とは一般に信じられている事とは反対で、あきらめにも等しいものである、… そして、生きることは、あきらめないことである。

エレノア・ルーズベルAnna Eleanor Roosevelt)!〜、
1884年10月11日 - 1962年11月7日)、アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・ルーズベルトの妻(ファーストレディ)、アメリカ国連代表、婦人運動家、文筆家。リベラル派として高名であった。あくまでもリベラル派(自由主義者)なのであって、左翼運動や共産主義運動に対しては批判的であり、明確に一線を画していた。 
 未来は美しい夢を信じる人のためにある!・・・
 
1547年9月29日 - 1616年4月23日、マドリード)
近世スペインの作家で、『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』(Don Quijote de la Mancha)の著者として著名

 つまらぬ財産を持つより、立派な希望を持つほうがマシだ

 生命のあるかぎり、希望はあるものだ!・・・

ミシェル・ルイ・リケ(仏・神学者)!〜、

 ✦ 我々は望むことが全てできるわけではない。
         しかし、可能なことは全て望まねばならない!・・・

H.J.ブラウンJr!〜、
ニューヨークタイムズのベストセラーであったライフ・リトル・インストラクション・ブック(Life's Little Instruction Book)のインスピレーションを受けた著書によく知られているアメリカの作家。

 自分で夢のある生き方が出来ない人が、
   他人の夢を笑う!・・


エミリー・ディキンソン(Emily Dickinson)!〜、
1830年12月10日 - 1886年5月15日。
アメリカの詩人。生前は無名であったが、1700篇以上残した作品は世界中で高い評価を受けており、19世紀世界文学史上の天才詩人という名声は今や不動のものとなっている。

 希望は鳥のようなもの。心の止まり木で羽を休め、詩のない歌を奏でる。そして、決してとどまることはな!・・・


 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe!〜、
1749年8月28日 - 1832年3月22日)、ドイツの詩人、劇作家、小説家、自然科学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)、政治家、法律家。ドイツを代表する文豪であり、小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残した。

 あなたができること、あるいは夢見られることはなんでも始めよ。
       毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように!・・・

 何事につけても希望するのは絶望するよりも良い。
     可能なものの限界をはかることは誰にもできないのだから!・・・

 アレキサンダー・ポープ(Alexander Pope)!〜、
1688年5月21日 - 1744年5月3l0日)はイギリスの詩人。父はカトリック教徒のリンネル商。 生来虚弱で学校教育を受けず、独学で古典に親しみ、幼少の頃から詩作を試みた。
  希望は永久に人間の胸に湧く。
人間はいつでも、現在幸福であることはなく、いつもこれから幸福になるのだ!・・・

ラ・ロシュフコー( La Rochefoucauld)!〜、
1613年9月15日 - 1680年3月17日、フランスの貴族、モラリスト文学者。
 
 希望は頼りにならないものであるが、心地よい道を経て、
  我々を人生の終わりまで運ぶことだけのこと
      はしてくれる!・・・

 『タムルード』!〜、

モーセが伝えたもう一つの律法とされる「口伝律法」を収めた文書群である。6部構成、63編から成り、ラビの教えを中心とした現代のユダヤ教の主要教派の多くが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活・信仰の基となっている

 奇跡を期待しなさい。しかしそれだけに頼らないこと!・・・

 
リチャード・ヘンリー・デイナ(Richard Henry Dana)!〜、
 1815年8月1日 - 1882年1月6日、アメリカ合衆国の法律家、政治家。『帆船航海記(Two Years Before the Mast)』の著者


 いつも世界のどこかで朝が訪れている!・・・


ベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli)!〜、
1804年12月21日 - 1881年4月19日、イギリスの政治家、小説家、貴族。
 ユダヤ人でありながら保守党内で上り詰めることに成功し、ダービー伯爵退任後に代わって保守党首となり、2期にわたって首相(在任:1868年、1874年 - 1880年)を務めた 

 絶望は愚者の結論である!・・・

 

アッシジの聖フランシス!〜
1182年イタリアのアッシジで生まれ1226年10月3日死没、
イタリアカトリック修道会、執事、説教師。

 多くの影を取り除くのには一筋の陽光で十分である!・・・


 
ヘレン・アダムス・ケラー(Helen Adams Keller)!〜、
1880年6月27日 - 1968年6月1日、アメリカ合衆国の教育家、社会福祉活動家、著作家
 視覚と聴覚の重複障害者(盲ろう者)でありながらも世界各地を歴訪し、障害者の教育・福祉の発展に尽くした。

 希望は人を成功に導く信仰である。希望がなければ、何事も成就するものではない!・・・

 ロマン・ロラン(Romain Rolland)!〜,
1866年1月29日 - 1944年12月30日)、フランスの作家。理想主義的ヒューマニズム、平和主義、反ファシズムを掲げて戦争反対を世界に叫び続け、国際的に多くの知友を持った。
 ✦ 人は望む通りのことが出来るものではない。望む、生きる、それは別々だ。くよくよするもんじゃない。肝心な事は、望んだり生きたりすることに飽きない事だ!・・・
 

ラルフ・ウォルドー・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)!〜、
1803年5月25日 - 1882年4月27日、アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。無教会主義の先導者。

 どんな人でも生きているかぎり存在の必要がある!・・・

 希望は底の深い海のうえでなければ決して
            その翼を広げない!・


オリバー・ウェンデル・ホームズ(Oliver Wendell Holmes !〜, 
1809年8月29日 - 1894年10月8日、アメリカ合衆国の作家、医学者。彼の代表作は『朝食テーブルの独裁者』(1858)を始めとする「朝食テーブル」シリーズであり、しばしば19世紀の最も優れた作家の一人として称される。また、著名な医学の改革者とも言われる

 青春は色あせ、恋はしぼみ、友情の木の葉は落ちる。
だが、母親の密かな希望はこれらにもたえて生きつづける!・・・

ジョーエル・チャンドラー・ハリス
      (Joel Chandler Harris)!〜
1848年12月8日 - 1908年7月3日、アメリカ合衆国のジャーナリスト、民話研究者。「リーマスじいや」 (Uncle Remus) の物語で知られる。

 欲するものが全て手に入りつつあるときは警戒せよ。肥えてゆく豚は幸福なのではない!・・・


 西洋の諺!〜、

 最善のものを希望せよ。しかし最悪のものに備えよ!・・・

ヴォルテール -!〜、
本名フランソワ=マリー・アルエ(François-Marie Arouet、
1694年11月21日 - 1778年5月30日、フランスの哲学者、文学者、歴史家である。歴史的には、イギリスの哲学者であるジョン・ロックなどとともに啓蒙主義を代表する。

✦ 神はこの世におけるさまざまな心配事のつぐないとして、我々に希望と睡眠を与え給うた!・・・


ジョン・フレッチャー(John Fletcher)!〜、
 1579年12月 - 1625年8月、ジャコビアン時代のイングランドの劇作家。ウィリアム・シェイクスピアの後を受けて、国王一座の座付作家となった。当時としては多作かつ影響力の大きい劇作家だった。存命中ならびに王政復古初期にはシェイクスピアと並び称された。
 
✦ 希望は、それをもとめる気の毒な人を
         決して見捨てはしない!・・・



 ジャン・ド・ラ・ブリュイエール
         (仏: Jean de La Bruyère)!〜,
1645年8月16日/17日 - 1696年5月10日/11日)は、フランスのモラリストであり作家である。
 17世紀のフランスの宮廷人たちを描き、人生を深く洞察した著書『カラクテール』(フランス語: Les Caractères ou les Mœurs de ce siècle)(和訳: 『人さまざま』)(1688年)によって知られる。

 人間の希望は絶望よりも激しく、人間の喜びは悲しみより激しく、
              かつ永続するものである!・・・

 
ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー!〜、
ドイツの詩人、歴史学者、劇作家、思想家。ゲーテと並ぶドイツ古典主義(Weimarer Klassik)の代表者である。

 太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く!・・・



トマス・ア・ケンピス(Thomas à Kempis)!〜、
1379年(1380年) - 1471年7月25日)、中世の神秘思想家。彼の著した信心書『キリストに倣いて』(イミタツィオ・クリスティ)は聖書に次いで最も読まれた本であるとさえ言われる。

 より多く持つことよりも、
           より少なく望むことを常に選べ!・・・


希望を胸一杯に膨らませて!〜、
日本再生の為に頑張りましょう!!!・・・ 


転載元転載元: 不死鳥!蘇る日本、未来に向けて自虐からの脱出

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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。

平成最後の明治節の日です。明治、大正、昭和の御代を過ぎ、畏くも今上陛下の御代も残すところ僅かになりました。
本年は王政復古の大号令より百五十年の秋を迎えました。何ら意味を為さない文化の日という呼称、日本人にとって11月3日という大切な日を、祝日法を改正して「文化の日」を「明治の日」に改めようとする動きが、保守系の市民団体や国会議員を中心に本格化しています。当然ながら戦前の「明治節」の復活を意図しております。
筆者が子供の頃、11月3日は明治節、23日を新嘗祭として祝う家庭がまだまだ多かったです。祝日には国旗が各家庭に掲げられ祝日を国民あげて祝ったものでした。筆者の祖父、祖母はもちろん、子供の頃は明治生まれの方々が必ず身近にいて、そのお年寄りから伝統、歴史、慣習など多くを学んだものでした。
故事「天知る、地知る、我が知る」が祖母の口癖でした。不正や悪事、嘘を許さない明治人の高潔さをよく表したものです。

今日11月3日は、明治天皇陛下の生誕の日、戦前は四大節の一つとして新年と紀元節、天長節とともに盛大に祝われていました。
明治天皇陛下の偉業は、多くの文献、史書にとりあげられています。
では、明治日本では天長節をいかに祝っていたのでしょうか?
田山花袋の『田舎教師』は病死した青年教師の日記などをもとに明治の末、書かれたものですが、その中に11月3日の天長節、つまり明治天皇陛下誕生日のことが記述されています。
先生や生徒、父兄、それに村の有力者らが晴れ着姿で集まり「君が代」などを歌い、子供たちはお菓子をもらって帰る。
先生や村長たちは茶話会に移り、さらに田んぼの中の料理屋での「2次会」に繰り出す。そこで校長と村長は今年の豊作について話しこむ。
地方の隅々に至るまで、天長節が楽しい行事として国民の生活に溶け込んでいたことが偲ばれます。
しかし、明治時代は悠久の往古の古きよき習俗も近代化にともない捨ててしまった残念な時代でもあります。しかし、その一方で明治とは古きよき時代の息吹を残そうと我々の先祖が必死だった時代でもあります。
平成日本は昭和の息吹すら簡単に捨ててしまう軽薄な時代です。
とても残念でなりません。
明治という文字は失ってしまった日本人のこころを、明治という時代の日本人の一体感のようなものをも感じさせます。
明治日本を訪れた諸外国の識者、文化人はこの頃の日本を絶賛しています。
家に鍵をしなくとも生活できるくらい安全だ った治安、貴重品を公共の場に忘れても、財布の中身も無事に届けられた節度が この頃の日本にはありました…

皆さんご存じのように台湾の国策顧問を成し、日本人に帰化された金美齢女史は、2010年1月の「正論」で次のように述べられていますので抜粋します。


一国のパスポートは身分証明書であり、外国に出たら「最後の頼みの綱」である。その頼みの綱を失ったとき、私は個人にとっての国家がいかに大切であるか、個人は国に守られて生きているということを肌で感じた。台湾(中華民国)のパスポートではどこへ行くのにもビザ(査証)が必要になるが、パスポートがなければビザの申請自体を受け付けない国がたくさんある。 

日本のパスポートは世界のほとんどの国にビザなしで入れる。この凄さを認識している日本人(国民)はいったいどれほどいるだろうか。パスポートはその国の国際社会におけるポジションを示す。日本人はミシュランガイドの星を有り難がるよりも前に、日本のパスポートが三つ星どころか五つ星と言えるほどの実力を持っていることを、つまりそういう国に生まれたことを感謝すべきなのである。 

ところが、そんなパスポートを持っている日本人の多くが、いま享受している諸々は先人たちが営々と築いてくれた遺産の上に成り立っていることを認識できず、国の恩恵、保護を忘れて、自分の国を蔑み、距めようとしている。私に言わせれば、そんな日本人は日本のパスポートを持つ資格はない。即刻返上すべきである。 

たしかに人間はいつの時代の、どんな国の、どんな両親のもとに生まれてくるかは決められない。それは運命である。その運命の中で、自らの生をすべて受け入れたところから人生は出発するしかない。日本人に生まれたということは、日本という国の歴史を背負っていくということである。 



先人の偉業、戦禍に倒れた英霊に感謝のこころさえ忘れてしまった日本人。
金美齢女史が述べられているように、今の日本の信用は今の日本人が築きあげたものではありません。
建国以来、道義を大切にし、それを行なってきた先人の遺産なのです。
これを、現世の日本人の都合で変えてはならないのです。
明治日本は僅か半世紀足らずで、極東の小国「日本」を世界に知らしめました。
明治節の日にあたり、明治大帝の御遺徳をしのび、明治大帝の下、道義国家日本を世界に知らしめた先人に感謝し、失ってしまった「日本人の誇り」「日本人としての矜持」を取戻して欲しいと願うばかりです。



明治大帝が人の心のあり方について詠まれた大御歌(おおみうた)に、次のようなものがあります。

久かたの 空に晴れたる 富士の根の
 高き人の こころともが

(大意:晴れた大空にそびえる富士山の高根のように、気高い心を自分の心としたいものだ)

あさみどり すみわたりたる 大空の
 ひろきをおのが 心ともが
  
(大意:浅緑色に澄みわたった大空のように、広々とした心を自分の心
としたいものだ)


目の見えぬ 神に向ひて 耻(はじ)ざるは
 人のこころの まことなりけり
  
(大意:目に見えぬ神に向って恥じないのは、人の誠の心であるよ)

 人は親に育てられ、やがて自らの人生を歩みだします。誰にとっても親は、人生について教えてくれた最高の恩人です。明治大帝は親について次のように詠まれています。

たらちねの おやのをしへ 新玉の
 年ふるままに 身にしみける
  
(大意:年々、新しい年を重ねるにしたがって、身に染みわたるのは、
自分を育ててくれた親の有り難い教えである)

 人には誰しも友だちが必要です。真の友情は、人を磨き、人を成長させます。明治大帝は、そのことを次のように詠まれています。

あやまちを 諌(いさ)めかはして 親しむが
まことの友の 心なるらむ


(大意:過ちがあれば互に注意しあって、親しんでゆくが、本当の友だちの心である)

 明治大帝は、一人一人の自分の努力の大切さを、わかりやすく歌に詠まれています。

つもりては 払ふがかたく なりぬべ
 ちりばかりなる こととおもへ
  
(大意:心の汚れというものは、僅かなる塵ほどのことと思っても、
そのままにしておくと積もり積もって、払うことができなくなって
しまう。だから、自分の心を常に清めなければならない)

思ふこと おもふがままに なれとも
 身をつつしまん ことを忘るな
  
(大意:なんでも自分の思うようになるようになったとしても、人は
わが身を慎むことを忘れてはならないぞ)


中村草田男は、昭和初年に「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠みました。しかし、「明治」はわが国、日本人にとって遠くなってはならず、「明治」がありありと近づいてくるのを感じなければならない。
他国の習俗であるクリスマスや、商業イベントである、バレンタイン、ハロウィーンに踊らされることなく、日本人本来のお祭り、神事、祝い事を大切にしたいものです。
11月3日が「明治の日」になり、菊花の香りの中に、日本人が「気宇壮大」な「明治」を振り返る日が実現することを強く望んでやみません。
誇りある「日本人」として、「日本人は日本人らしく」・・・・
そして「日本人よ日本に帰れと」願うばかりです。

今日は、国旗を掲げましょう・・・・・・



転載元転載元: 日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。

天皇陛下の「ご譲位」の準備は、「退位」と「即位」に分断され、
新天皇の御代にて天皇を廃絶する青写真に沿って進んでいます。
この阻止には、悪法「退位特例法」を即時改正する必要があります。

転載・拡散、お願いいたします!


「退位」と「即位」の分断工作が着々と進行中

ご存知ですか?
本来、「譲位 即 践祚(せんそ、即位)」である伝統的な儀式を、
わざと、宮内庁は、古文書をこじつけ解釈し、
  「退位の礼」を行い、
  翌日に「即位の礼」を行うことが、
あたかも伝統にかなうかのような
工作が行われています。

詳しくは、「天皇の祈りはなぜ簡略化されたか」(並木書房)を書かれ、
斎藤吉久さんの記事をご覧ください。

要点は、
  • 宮内庁は、200年前の光格天皇の譲位の儀式仙洞御所(せんとうごしょ・上皇の御所)で行われ、皇太子恵仁親王(あやひと)はお出ましにならなかったと説明していますが、明らかに間違い
  • 宮内庁は、平安時代の儀式書「貞観儀式(じょうがんぎしき)」「譲国儀(じょうこくぎ)」も同様に、仙洞御所が譲位の儀式の儀場となったと断定しているが、これも正確と言えない譲位即践祚であって、譲位の儀が単独で行われるはずもない。
  • 今回の「退位」が、虚構の歴史をつづった信用度の低い官製リポートを根拠とし、あまつさえ「皇室の伝統の尊重」と喧伝され、実現されようとしている。
ということです。

つまり、フェイク情報にもとづく 「フェイク譲位」 が行われようとしています。

この他、
  • 御代替わりの諸行事すべてを「国の行事」とせず、
    「国の行事」と「皇室行事」に分断
  • 歴史的概念、歴史用語を使わず破壊。
    例えば、「践祚(せんそ)」という言葉が消滅
  • 御代替わりに関連する祭祀をまったく検討していない。
    具体的には、賢所の儀を省略
  • 仙洞御所(上皇の御所)となる高輪皇族邸の改装に着手せず
    遷御(パレード)も廃止
  • 即位の礼と大嘗祭(即位にともなう重要祭祀)を分断
  • 大嘗祭国民統合の儀礼ではなく、単なる稲作儀礼に矮小化
などの破壊・矮小化が目白押しです。


さて、この原因は何でしょうか?
憲法でしょうか?
皇室典範(こうしつてんぱん)でしょうか?
いいえ、
例の「退位特例法」そのものです。

間違った法令により、
悪法が暴走しているのが原因です。


問題の解決はどうすればいいか?

個別対処ですか?
精神勝利法でしょうか?

いいえ、問題の根本を断つ=「悪法」の改正こそ、
対処の基本です。

天皇陛下の「ご譲位」が正しく行われるよう、
その時が近づいているからこそ、
悪法「退位特例法」正しく改正することが急務なのです。

正しい譲位特例法「新・皇室典範補遺(こうしつてんぱん・ほい)」とは

法令名
「今上天皇のご譲位に関わる皇室典範補遺

前文
今上天皇陛下に対しまして、第193回国会は、皇室典範補遺奉呈(ほうてい)申し上げます。

第1条
光格天皇の先例にならい、今上天皇陛下がご譲位されるに伴い、皇太子殿下は直ちに受禅(じゅぜん)される。
2 皇太子殿下の即位の大礼は、政令で定める。

第2条
今上天皇陛下のご譲位の日は、政令で定める。

第3条
ご譲位後の今上天皇は、上皇となられる。
2 上皇の敬称は、陛下である。
3 上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例による。
4 上皇に関しては、前二項に規定する事項を除き、皇室典範(第二条、第二十八条第二項及び第三項並び
に第三十条第二項を除く。)に定める事項については、皇族の例による。

第4条
上皇の后は、上皇后となられる。
2 上皇后の敬称は、陛下である。
3 上皇后に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太后の例による。

第5条
第1条が定める、皇太子殿下の受禅によってあらたに皇位継承順位第1位となられる皇嗣は、皇室典範第8条が定める皇太子と同じ皇太弟の位を継がれ、東宮となる。
2 皇太子に係る皇室典範の規定すべては、新しい東宮である皇太弟と置き換える。
3 皇太弟立太子の礼は、政令で定める。

以上


天皇陛下の「ご譲位」が正しく行われるよう、
その時が近づいているからこそ、
悪法「退位特例法」を正しく改正することが急務です。

新年度予算の概算要求が固まる前に行動を


尊皇のこころをもった国会議員は、
悪法の制定を主導した安倍内閣過ちを正すべく
行動をお願いいたします。

転載・拡散、お願いいたします!

転載元転載元: オノコロ こころ定めて

東條元首相の遺言

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東條元首相


東條英機元首相公的遺書全文

遺書
開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は個人的には慰なぐさめられておるが、国内的の自らの責任は死を以もって贖あがなえるものではない。

しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ力の前に屈服した。自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、又下級者にまで刑が及んだことは実に残念である。

天皇陛下に対し、又国民に対しても申し訳ないことで深く謝罪する。

元来日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志おんこころざしに依より行動すべきものであったが、一部過ちを犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。此度このたびの戦争に従事してたおれた人及び此等これらの人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思って居る。心から陳謝する。

今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判を待つ。もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨のぞまなければならないのではないか。此の裁判は結局は政治的裁判で終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。

天皇陛下の御地位は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢えて言わぬ。存在そのものが絶対必要なのである。それは私だけではなく多くの者は同感と思う。空気や地面の如ごとく大きな恩めぐみは忘れられぬものである。

東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相あい協力すべきものである。東亜民族も亦また他の民族と同様に天地に生きる権利を有もつべきものであって、その有色たるを寧むしろ神の恵みとして居る。印度インドの判事には尊敬の念を禁じ得ない。これを以もって東亜諸民族の誇りと感じた。

今回の戦争に因よりて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸いである。列国も排他的の感情を忘れて共栄の心持ちを以て進むべきである。

現在日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。又日本人が赤化しないように頼む。大東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされねばならぬ。実は東亜の他民族の協力を得ることが出来なかったことが、今回の敗戦の原因であったと考えている。

今後日本は米国の保護の下に生きて行くであろうが、極東の大勢がどうあろうが、終戦後、僅か三年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯かくの如くである。今後の事を考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。

今、日本は米国より食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし、一般人がもしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足などが、米軍が日本に在るが為ためなりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。依よって米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。

今次戦争の指導者たる米英側の指導者は大きな失敗を犯した。第一に日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。第二には満州を赤化の根拠地たらしめた。第三は朝鮮を二分して東亜紛争の因たらしめた。米英の指導者は之を救済する責任を負うて居る。従ってトルーマン大統領が再選せられたことはこの点に関し有り難いと思う。

日本は米軍の指導に基づき武力を全面的に抛棄した。これは賢明であったと思う。しかし世界国家が全面的に武装を排除するならばよい。然しからざれば、盗人が跋扈する形となる。(泥棒がまだ居るのに警察をやめるようなものである)

私は戦争を根絶するためには慾心を人間から取り去らねばと思う。現に世界各国、何いずれも自国の存在や自衛権の確保を主として居る(これはお互い慾心を抛棄しておらぬ証拠である)。国家から慾心を除くということは不可能のことである。されば世界より今後も戦争を無くするということは不可能である。これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実は此この通りである。それ故ゆえ、第三次世界大戦は避けることが出来ない。

第三次世界大戦に於おいて主おもなる立場にたつものは米国およびソ連である。第二次世界大戦に於いて日本と独乙ドイツというものが取り去られてしまった。それが為、米国とソ連というものが、直接に接触することとなった。米ソ二国の思想上の根本的相違は止むを得ぬ。この見地から見ても、第三次世界大戦は避けることは出来ぬ。

第三次世界大戦に於いては極東、即ち日本と支那、朝鮮が戦場となる。此この時に当たって米国は武力なき日本を守る策を立てねばならぬ。これは当然米国の責任である。日本を属領と考えるのであれば、また何をか言わんや。そうでなしとすれば、米国は何等なんらかの考えがなければならぬ。米国は日本八千万国民の生きて行ける道を考えてくれなければならない。凡およそ生物として自ら生きる生命は神の恵である。産児制限の如ごときは神意に反するもので行うべきでない。

なお言いたき事は、公、教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。今は既に戦後三年を経過して居るのではないか。従ってこれは速すみやかに止めてほしい。日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容の気持ちをもってやってもらいたい。

我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。戦犯者の家族には保護をあたえられたし。

青少年男女の教育は注意を要する。将来大事な事である。近事、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響から来ているものが少すくなくない。この点については、我が国の古来の美風を保つことが大切である。

今回の処刑を機として、敵、味方、中立国の国民罹災者の一大追悼慰霊祭を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである。勿論、日本軍人の一部に間違いを犯した者はあろう。此等これらについては衷心謝罪する。

然これと同時に無差別爆撃や原子爆弾の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫して悔悟あるべきである。

最後に、軍事的問題について一言する。我が国従来の統帥権独立の思想は確に間違っている。あれでは陸海軍一本の行動は採れない。兵役制については、徴兵制によるか、傭雇兵制によるかは考えなければならない。我が国民性に鑑みて再建軍隊の際に考慮すべし。再建軍隊の教育は精神主義を採らねばならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。この点については、大いに米軍に学ぶべきである。

学校教育は従前の質実剛健のみでは足らぬ。人として完成を図る教育が大切だ。言いかえれば、宗教教育である。欧米の風俗を知らす事も必要である。俘虜のことについては研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

辞世
我ゆくもまたこの土地にかへり来ん 国に報ゆることの足らねば

さらばなり苔の下にてわれ待たん 大和島根に花薫るとき
今日、支那や朝鮮の反日国、反日日本人が東條元首相をドイツのヒトラーと同列に扱い犯罪者扱いしますが、さにあらず、東條元首相は「戦争犯罪者」ではなく「戦争責任者」です。今日多くの識者や、文化人が連合国史観に偏った見識で我々の祖先や当時の指導者を非難する傾向が顕著に見られます。しかし、今日も当時も大騒ぎし、国民を扇動するのはマスコミです。「鬼畜米英」「一億火の玉」などと戦争を煽りました。対米開戦の翌日、開戦回避を熱望されていた先帝陛下の期待に応えることができなかったとして、東條元首相は宮城の方向に向かって号泣されたそうです。東條内閣総辞職の後、先帝陛下は労われています。東條元総理はじめ、多くの戦争責任者は正義や大義を掲げてことに臨まれました。しかし、利あらずわが国は敗れました。正しい行いも美談もすべて悪意に覆われすべてはわが国が悪い指導者が悪いの羅列です。東條元総理の遺言は遠い今日の極東、世界の情勢を分析されています。戦後七十年以上経た今日、私たち日本人が冷静になり、先入観、ねつ造、偽造、をとりはらい事実を考えてみる必要があります。


転載元転載元: 日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。

最近、ベストセラーと称され、中吊り広告やテレビでよく取り上げられる
「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)は、
子供たちを共産主義運動に洗脳する戦前からのトンデモ本。
大人も子供も騙されないようご用心。

「君たちはどう生きるか」の画像検索結果

中川八洋教授による許可を得て、転載させていただきます。
なお、文中の表現は文意を変えない範囲で一部変更してあります。




 吉野源三郎は、ソ連軍に我が国を侵略させて、日本がソ連に無限に収奪し続けられる “国家喪失地獄” となるよう画策しつづけた。 “凶悪な共産主義者” であり、狂気のスターリン教徒であった。 そんな悪魔のような人間が、日本の子供たちを “ソ連人=狂気の共産革命の戦士” に改造するために書いた赤化・洗脳教本が 『君たちはどう生きるか』 である。 今、その漫画版が、超ベストセラーになっている。 すでに170万部を突破したという。

「君たちはどう生きるか」の画像検索結果

 『君たちはどう生きるか』 は、1937年7月に新潮社から出版された。 “究極のスターリン狂”で共産主義者・近衛文麿が、「対蒋介石戦争」を開戦した1937年7月と同じ年/同じ月であった。 コミュニストたちは、「対蒋介石殺害戦争」を、当時も「日支事変」だと偽装語で誤魔化し、戦後もまた「日中戦争」だと嘘ラベルを張った。 しかし、この「八年間の対支戦争」は、近衛文麿が日本国民を騙して日本の国費と日本の若者の命を蕩尽した戦争であった。 その戦争目的は、中国共産党の毛沢東に依頼されるままに、「“反共の蒋介石”を殺害して支那全土を毛沢東の手に渡すこと」だった。

 そればかりではない。 1937年は別の意味でも特別な年であった。 吉野源三郎に少年用赤化洗脳教本の書き方を教えたコミュニスト山本有三が、大東亜戦争を煽動して昭和天皇/吉田茂など親英米派・大東亜戦争反対派を封殺した朝日新聞に『路傍の石』を連載開始したのも、この1937年であった。 山本有三は、河上肇の直系で近衛文麿グループの一味であった。 人脈図を描けば、「吉野源三郎──(少年を共産革命戦士に改造する教本の書き方の師弟関係)──山本有三──(ソ連軍の日本侵略誘導の赤化集団)──近衛文麿」ということになる。 つまり、吉野源三郎の正体は、東アジア共産革命戦争(=「大東亜戦争」)のれっきとした一味で、悪魔そのものの スターリンの犬” だった。

 なお、『君たちはどう生きるか』は、一時的に目を患った山本有三に代って、ピンチ・ヒッター的に吉野源三郎が書いたものである。 山本有三が企画編集した(1935年に第一回配本の)全十六巻「日本少国民(=「少年少女」のこと)文庫」の最後の配本第十六冊目であった。 この「日本少国民文庫」シリーズは、日本の若者をアジア共産化革命の“祖国叛逆”大東亜戦争に駆り立てるべく、山本有三近衛文麿に依頼されて企画出版したと考えられる。

 山本有三吉野源三郎も、大東亜戦争の八年間にわたり一度も、小声ですら大東亜戦争に反対していない。心底からアジア赤化の大東亜戦争に狂喜乱舞していたからだ。

“凶悪なスターリン狂”吉野源三郎や山本有三がせせら笑った“ザル法”治安維持法

 これほどに露骨な共産主義者・吉野源三郎山本有三が、治安維持法で拘禁もされず、のうのうと共産革命に洗脳・教宣する本を書き続けられたのは、治安維持法がザル法の無能・無力だったからである。 今もバリバリの現役法律である、米国連邦法の共産主義者弾圧法 communist control actと比較すれば、治安維持法の杜撰さ/甘さはひどすぎた。 が、これも本稿の任ではない。

 ここで問題とすべきは、『君たちはどう生きるべきか』『路傍の石』等の赤化教宣本が(注1)、帝国陸軍・海軍内の共産主義将校が決行した“共産革命軍事クーデタ”「1932年の5・15事件」「1936年の2・26事件」に呼応して日本国内に噴出した共産革命熱の一環だったことである。 要するに、『君たちはどう生きるか』は、1932〜7年の日本型共産革命の勃発と蔓延を記録する革命扇動本の一つなのである。 また当時の、共産革命に狂った東京帝大文系卒の狂気を示す証左の一つなのである。

 “赤の養成所”東大文学部独文科/哲学科は、日本自身が、戦後すぐ「A級戦犯」として解体・廃止すべきであった。 いや今からでも遅くはない、『君たちはどう生きるべきか』のベストセラーを機に、いまもなお“日本国を毀損する有害・有毒学科”東大文学部哲学科&独文科は、直ちに廃止を決断し、断行しなければならない。

 吉野源三郎は、スターリンとソ連のために日本国の全てを奉納したい、そのことだけに人生を捧げた“ソ連人”であった。 非・日本国民であった。 これほどまでにスターリンを狂信した狂気は、オウム真理教の麻原彰晃に身命を捧げる狂徒と寸分の違いもない。 吉野源三郎“永久に非在”の空無な「共産社会」を頭の中に描いて恍惚とする狂気の妄想は、オウム真理教信者の「ハルマゲドン」の狂信よりも、はるかに凶悪さと残忍さが際立っている。

あらん限りの悪事に狂奔して日本国を害し続けた“最凶のコミュニスト”吉野源三郎

 吉野源三郎のイデオロギーは、戦前と戦後で全く変化がない。 戦後の吉野源三郎が二十年間も編集長を務めた『世界』は、首尾一貫して日本の共産化、特に“ソヴィエト連邦への編入による日本の共産化”革命を、インテリ層や旧帝大エリート学生に大々的に煽動し続けた。 この主張は、戦前の吉野が書いた旧制中学生向きの『君たちはどう生きるか』と完全に一致している。 吉野源三郎は、蛇のように執念深く、「ソ連こそ日本の宗主国」という絶対信条を墓場に入るまで唱え続けた。
  
 吉野源三郎は、狂信的なスターリン一辺倒の“ソ連「対日」偽情報工作員”でもあった。 当然、“共産国の侵略戦争への日本の全面協力”を誘導する世論操作に専念した。 その手法は日本国民を騙して騙して騙し尽くす手法だった。 具体的例を三つ挙げる。

 第一は、1950年6月を期して戦端を開くべく急ぎ準備中のソ連・北朝鮮の「対韓国侵略戦争(朝鮮戦争)」の勃発に際して、「韓国を防衛するだろう」在日駐留米軍の協力要請を日本は拒否しようとの呼びかけ。

 第二は、日本が第二次世界大戦の敗戦国の地位から“戦勝国の占領を解除して主権を回復する”サンフランシスコ講和条約の締結(1951年9月)において、日本はソ連の言いなりになって“北方領土のソ連への割譲”と(ソ連の対日侵略準備としての)“四海峡の非武装化”を認めるべきだと、「日本の対ソ属国化」を公然と大々的にキャンペーンしたこと。

 なお、四海峡とは、宗谷海峡、津軽海峡、根室海峡、対馬海峡のことである。 これらの地点でのソ連軍の上陸作戦を無傷で行えるよう、海峡に面する日本領土内を非武装化しておくよう、1950〜51年のソ連は(属国視していた)日本に公然と要求した。 と同時に、1950年頃からソ連は地下工作を通じて吉野源三郎“日本人「対日」ソ連工作員”に対し、北方領土の全面放棄と四海峡非武装化という二つの対日講和条件を日本国民のほとんどが「支持する」よう洗脳せよと、秘密命令も下していた。

 米国や自由諸国だけではなく、「上記の二条件を絶対とするソ連とも講和条約を締結しよう」との全面講和論の実態は“日本全土がソ連邦に併呑される前段階の状態になる事”を意味していた。 日本が「ソ連の第十六番目の共和国になる」ことを意味していた。 だが、それを日本国の主権と独立の喪失とは捉えず、逆さにも飛び上がって歓喜したのが吉野源三郎だった。

 吉野源三郎は、日本国民をこの地獄(=ソ連に搾取され放題のソ連植民地)へと騙して連れ込むべく、その呼びかけ人となるコミュニスト知識人集団(=「平和問題談話会」)を一大集結させた。 吉野は、この“呼びかけ人コミュニスト知識人”五十六名を(注2)、当時十万部以上も購読されていて、社会的影響が抜群の雑誌『世界』の1950年3月号に掲載した。

 吉野源三郎は、天性の大嘘つきで、何でもかんでも現実を逆さまにする転倒語法の詭弁に長けた優秀なプロパガンディスト(偽情報専門家)だった。 「平和問題談話会」署名者五十六名の名簿とともに、1950年3月号『世界』に掲載した吉野源三郎が原案執筆の「講話問題に関する平和問題談話会の声明」には、こうある。

「(日本が米国など自由社会諸国とのみ講和して、
ソ連ほか共産諸国と講和しない吉田茂路線は)

経済的自立の喪失
(となり、それ)がひいては
政治的自立喪失の基礎となる事は、
論議を要せぬところであり、
国民生活の低下はもとより、
また日本は自ら欲せずして平和
(=世界が共産化された状態、レーニンの定義する「ミール」)への
潜在的脅威
となるであろう」

単独講和が約束するかに見える目前の利点よりも、
日本の経済的および政治的独立を重しとす(べきである)」

(注2、カッコ内中川)。
 1951年当時の国連加盟国は70ヶ国をはるかに下回っていたが、このうち四十五ヶ国が1951年9月8日に調印した。 だが、吉野源三郎は、この「45ヶ国との講和」「一カ国との講和」だと強弁して「単独」という言葉を使っている。 また、ソ連に日本国の領土を割譲し国防に不可欠な海峡防衛を放棄するとソ連に認める主権喪失=政治的独立の放棄を、逆さに「政治的独立」だと言い募る。

 吉野源三郎の大嘘はさらに続く。 米国や自由社会との貿易のない、いっさいの市場も産業もない超後進国の支那本土の中共との貿易だけの方が、日本の経済は豊かになり日本の国民生活は向上するのだ、と言う。

「日本の経済的自立は、日本がアジア諸国、特に(毛沢東の共産)中国との間に広汎、緊密、自由なる貿易関係を持つことを最も重要な条件とし・・・この条件は(ソ連の言いなりの条件を飲む)全面講和の確立を通じてのみ、充たされる」

と(注2)、オウム真理教の狂徒以上の“スターリン狂徒”吉野源三郎はうそぶくのである。

『君たちはどう生きるか』を解剖すれば、ソ連共産党「ピオニール」教本の日本版だった

 吉野源三郎「“共産国の侵略戦争への日本の全面協賛”を誘導する世論操作」の第三は、ソ連傀儡の共産ベトナム(=北ベトナム)の南ベトナムへの侵略戦争への熱い応援と、この南ベトナムを護らんとする同盟国米国に対する憎悪と罵詈讒謗を雑誌『世界』の永年にわたる中核主張にしたことである。 これもまた、日本国民を騙して騙して騙し尽くすのが目的であった。  

 このブログの読者が、1960年代と70年代前半の雑誌『世界』をすべて読むのは大変だろうから、吉野源三郎『同時代のこと―ヴェトナム戦争を忘れるな―』(注3)を紹介しておく。 この一冊だけでも、上記第三の“吉野流”世論洗脳の一端をのぞくことができる。  

 要するに、吉野源三郎には、国際法も無ければ、法的正義もない。 共産国がこの地球上で増えるならば「善」、共産国の侵略を防衛することは「悪」となっている。 これが吉野源三郎の倫理」の全てである。少年向きの小説『君たちはどう生きるか』は、この「共産主義者の倫理」を高らかに宣言するもので、一般通念上の倫理道徳においては“反・倫理の極み”の教宣書である。  

 『君たちはどう生きるか』は、二つのメッセージからなる。

 第一は、現実の社会にとって必然で不可避で必要な(だけど共産党が独裁権力を手にするまでの運動の中核を占める)“貧困と不平等(今風に言えば「格差」)”を道具に洗脳することである。 具体的には、社会全体の方は考えさせないようにした上で、”貧困と不平等(格差)”のみに注意を向けさせ、これを不条理だと信じ込ませ、しかも”貧困と不平等(格差)”を完全に解消できると狂信させることである。 つまり、“貧困と不平等(格差)”カルトに麻痺し狂う“社会主義的人間・共産主義的思考”におちいるよう仕向けていることである。

 第二は、自由社会として現実には素晴らしい最高レベルの日本国を、暗黒の社会/地上の地獄(ディストピア)と言うべき共産社会に改造する革命の戦士になれ、と煽動し洗脳し教宣していること。

 紙幅の関係で第二番目だけを簡単にひろっておく。 吉野『君たちはどう生きるか』の末尾でコペル君にこう結ばせている。

「(共産社会や共生社会のように)全ての人が
お互いに良い友達であるような、
そのような世の中が来なければいけないと思います。

(絶対真理のマルクス進歩史観に従えば)
人類は今まで進歩してきたのですから、
きっと今にそういう世の中に行きつくだろう
(=共産社会・日本が誕生する)と思います。

そして僕は、
それに役立つような人間(=共産革命の戦士、ピオニール)に
なりたいと思います」

(注4、カッコ内中川)。

 日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』に次の論評が載っていた。 共産党の革命戦士を養成する洗脳書・煽動書『君たちはどう生きるか』がこれほどの超ベストセラーになったのだから、共産党としては感激がとまらぬ様子である。  
  
「(同書は共産主義者の)倫理…を扱っていますが、
(共産主義者が具有すべきこの)モラル(倫理の問題)だけでなく、
  生産関係、
  国と国との関係、
  貧困問題など
(日本共産党がいま最重視する革命運動にぴったりな)
社会を考えるテーマが
詰まっています」

(2017年8月29日付け、カッコ内中川)。

“吉野源三郎ベストセラー化の応援団長”池上彰は、時代錯誤のレーニン狂徒

 池上彰『特別授業 君たちはどう生きるか』を、「別冊NHK100分de名著 読書の学校」シリーズで出版したのは、2017年12月だった(注5)。 続けて池上は、『文藝春秋』誌2018年3月号(2月10日発売)でも、吉野源三郎の息子で“狡猾な共産党シンパ”吉野源太郎との対談と言う形で、吉野源三郎をさも“日本の教育にとって、現代の二宮尊徳”であるかにデッチアゲ、つまり神格化していた。  

 ところが現代日本人は、池上彰が前代未聞の教条的な共産主義者である初歩的な事実すら知らない。 当然、“第二の吉野源三郎”を自認している池上彰が、次代の子供たちを赤化洗脳することにその共産主義者としての人生を賭けている事すら知らない。 池上彰が古巣のNHKだけでなく無数の民放各局テレビで学校授業的な番組を放送しているが、それは彼が次代の日本人子供たちを共産主義者に洗脳することを狙ってのこと。  

 現に、池上彰は、中高校生をたぶらかすために、マルクス『資本論』を逆さ解説した“恐ろしい反・経済のトンデモ本”を出版した。 2009年に出した『高校生からわかる「資本論」』がそれ。この後篇が、“同志社大学極左活動家出身の北朝鮮人”佐藤優との対談本『希望の資本論』(2016年)。

 『希望の資本論』のタイトルは、内容に従うなら、『日本を地獄と絶望に誘う資本論』であろう。 だが、日本憎悪と日本人騙しに生きる池上彰佐藤優は、これを転倒させ、「絶望とは希望である」とした。 戦争と飢餓の共産ロシアに民衆を誘うためにトロツキーが考案したスローガン「戦争とは平和だ!」「飢餓や餓死こそがパンだ!」を文字っている。 ジョージ・オーウェルが喝破した“共産主義者特有の転倒語法(ダブルスピーク)”である。

 池上彰には、また、札付きの共産党員で反・貧困運動の湯浅誠(注6)そっくりの『日本の大課題 子供の貧困』がある。 それは『しんぶん赤旗』と全く同じ論調の本で、池上が共産党に直属する教条的な共産主義者である証拠となっている。 池上彰には、この「共産党に直属する教条的な共産主義者」以外の顔や思想は存在しない。  

 学識・見識・良心のなさを、抜きんでた“子供騙しの話術”で隠して、“本多勝一を尊敬する”池上彰にとって(注7)、経済思想などチンプンカンプン。 現に池上は、“無知と恥知らず”の迷彩服を着て“嘘の弾”を連続速射する得意技をフル活用し、次のように語る。   

「マルクスの『資本論』を今改めて読み直すと、
《140年前のことを書いたのに、
まるで今のことを言っているようだ》
ということがいろんなところに出てきます。

社会主義が勝手に崩壊してしまった
のを、
資本主義が勝ったんだというふうに驕り高ぶって、
昔の資本主義に先祖返りしてしまって、

結局、

マルクスが書いていた頃の
『資本論』の時代に戻ってしまった」(注8)。  

 ソ連邦の崩壊は、レーガン米国大統領がなした核戦力と海軍力の大増強でソ連を“包囲 encirclement”したことによる。 ソ連は、恐怖の余り東欧を解放し、この“退却の慣性”が、(プーチンが回顧しているように)自らの共産主義体制=宗教国家を有害無益だと決断するのを後押しした。 つまり、社会主義が勝手に崩壊してしまったのではない。

 第一の主因は、レーガンの対ソ軍事力による巻き返しに対する恐怖、つまり米国との全面核戦争への恐怖。 第二の主因は、アンドロポフ議長ほかKGB第二総局の(プーチンもその一人だが)エリート官僚たちが「共産党独裁はロシアの発展を害する」と認識し、“イワン雷帝 or ピョートル大帝時代のロシア固有の政治体制にいったん戻ろう”との秘密方針が現実化したこと。

 この二つを牽引車にして、ソ連共産体制を自壊させることをロシア支配階級が英断をもって選択したのが、1991年であった。 この歴史事実が明らかにするように、ソ連崩壊のきっかけはレーガンの対ソ核戦力の大増強で、これが無ければ、ソ連邦崩壊は万が一にも起きていない。

 国際政治学に関する池上彰の無教養ぶりは、大目に見て不問としよう。 しかし、マルクス『資本論』を1㍉たりとも理解できない。 それなのに矢鱈目鱈にマルクスに狂う池上彰の狂気は看過すべきではない。 池上彰にとってマルクス『資本論』は、仏教徒にとっての般若心経のような“有り難い経文”と同じで、信仰・狂信の対象である。 冷静・客観的に『資本論』を学問的に解剖する能力も意識も、彼にはむろん皆無である。

マルクス経済社会学は、恐怖で需要を強制する「プロレタリアート=神」のカルト宗教

 そもそも、マルクス経済学などどこにも存在しない。 なぜなら、それは経済学ではなく、あえて「学」を付けても「経済社会学」がやっとの“社会学”にすぎないからだ。 まず第一に、計画経済は、ミーゼスが証明したように、市場からしか発生しない需要と供給の情報がなく、計画できないから、計画経済の成立自体が万が一にもあり得ない。 ミーゼス『ヒューマン・アクション』(注9)も読んでいない/読ませない東大経済学部ほか日本の大学は、学問の場ではなく、実態的にはカルト宗教の教宣道場である。  

 第二に、「階級」とか「搾取」とかの用語の駆使は社会学であって、経済学ではない。 第三に、労働価値説は、縄文時代ならともかく、産業革命後の社会以降では現実を大きく遊離した馬鹿げた妄想にすぎない。 その他、池上彰の中高校生の洗脳を目的とした『高校生からわかる《資本論》』を埋め尽くす無数の欠陥と誤謬については、言及したいが、ここでは割愛する。

 マルクスは、人口50人規模の原始時代のミニ部族では成立する計画経済が、数千万人の大規模近代社会でも成り立つと狂妄した。 その結果、ソ連が典型的だが、需要に応じた供給はできないから、供給に従った需要しか要求しない被抑圧状態が快感の異常人間への改造が、ソ連計画経済の中核となった。 つまり、命令受容の恐怖体制である。これに違反した人間は、“共産主義的でない”と烙印を押され、刑法の「反体制の罪」で、処刑やシベリア重労働キャンプへの収容が強制された。

 カンボジアの共産主義者ポル=ポトは、一食しか欲しないのが共産主義的人間であり、三食食べたいと考える人間を反・共産体制の罪によりすぐさまその場でスコップその他で殺しまくった。 病院に行きたいとか医者に診てもらいたいと言った者もすべて直ちに処刑した。 カンボジアでは、1975〜79年の僅か四年間で人口800万人のうち四分の一の200万人以上が殺された。

 マルクスが「ルソーサン・シモン」から敷衍させて妄想した計画経済体制は、大量殺人や即刻重罰の恐怖なしには成立しない。 独裁権力者は国民を殺したいだけ殺せるとの理論を、人類初に提唱したのが、ルソー『社会契約論』である。 このルソーの狂説を忠実に実行したのが、「ロベスピエールレーニンスターリン/毛沢東/ポル=ポト等」であった。

 殺戮や強制収容所の恐怖だけでなく、計画経済体制とは需要と供給を計画する独裁権力が人民を無限に搾取する体制でもある。 これはルソー『人間不平等起源論』の狂信から生まれた“私有財産の否定”の必然だ。 独裁権力がすべての財産と資本を独占する事により、私有財産と不可分の“人間の自由”まで全て剥奪して、自由ゼロの暗黒の体制となる。

 以上の指摘は、机上の理論ではない。 今も北朝鮮の金正恩が実践している。 つまり、北朝鮮やかつてのソ連が完全に証明した実験済みの、しかも学問的な理論が導く絶対真理である。

日本の貧困は、過剰福祉策が必然の主因、また労働市場への政府過剰介入も主因

 池上彰の時代錯誤も甚だしいマルクス信仰は、マルクス『共産党宣言』を寝る時でさえ布団に入れて手放すことのない“稀代の共産主義者”的場昭弘と一緒にマルクスを拝む修験によって、ますますその狂気の度を深めたものである。 このことは、池上彰の親友・的場昭弘『マルクスに誘われて―みずみずしい思想を追う』『マルクスだったらこう考える』等を読むとわかる。 池上彰は、『マルクス/エンゲルス全集』の完全復元作業に生きる的場昭弘のカルト宗教「マルクス狂」の延長上で、“阿片中毒的なマルクス狂徒”になっているのである。  

 日本共産党の筋金入り優等生党員である池上彰/的場昭弘/湯浅誠らは、極度に経済学を全く知らない異常な経済学音痴集団である。 単純化した表現をすれば、彼らはマルクスの“血塗られた悪魔の教典”『資本論』『共産党宣言』の二冊以外、何一つ読んだことがない。 そのため、教祖マルクスが樹立した19世紀カルト宗教の狂信状態にどっぷりと埋もれた反・経済学徒になるしかない。  

 池上彰は、ヒトラーとナチ統制経済に捧げたベンサム系全体主義者ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』を、市場重視の自由主義経済学論の一つだと思い込んでいる。 だが、ケインズは、マルクスルソーを元祖・源流とする親族である。 ケインズもまた、「マンドヴィル→アダム・スミス/デイヴィッド・ヒューム→ミーゼス→ハイエク」「コーク→エドマンド・バーク→レプケ」の経済学とは対極的な位置にある。

 ミーゼス/ハイエク/レプケの系譜にある経済学徒にとって、カルト宗教のマルクスも(私有財産制を認めるだけの)極左全体主義のケインズも、ともに自由社会が排除すべき猛毒の有害思想でしかない。 日本でケインズを最初に講義したのは1930年代後半の東京帝大経済学部だが、ゴリゴリのマルクス主義の教授が担当した。 ケインズマルクスが同族の経済思想である以上、当然の成り行きだ。  

 今日、日本が貧困化しているのは事実だが、それは資本主義が原因ではない。 全くの逆である。 日本がマルクスケインズを吸引し過ぎたことが原因となって、必然的に発生する病気が「貧困」なのである。 日本のように飛び抜けた世界最大の“ばら撒き福祉”の超福祉国家は、それ故に、国家財政も、国家の経済基盤も、国民の経済的自立の精神も、根底から腐食して突き崩してしまう。 よって国家・国民がだんごになって“貧困”の奈落へと転がり落ちる。 (沖縄や過疎地の惨状を思い起こせばよい) 「貧困」からの脱出は、日本が国民挙げて“脱福祉”を決断する以外に道はない。

 しかも日本は、豊かな賃金を支えてきた、市場原理への尊敬民族に息づく雇用伝統・慣習への尊重において成り立つ自由社会の雇用制度(spontaneous order)を、1986年の男女雇用機会均等法から、平気で破壊し続けてきた。 伝統や慣習に基盤のない雇用制度は、労働者・勤労者の所得を限りなく低下させる。 貧困化の原因である。

 共産党員と中核派・革マル派出身者が事務次官を含め全ての局長ポストを握る(スターリン時代のソ連の官庁かと紛う)厚労省の言いなりに、「働き方改革」とか「輝く女性」とか雇用制度を計画経済体制並みに破壊し尽す安倍晋三によって、日本の貧困病は、今後加速的に重病化していく。

「なんだ、そうだったのか、池上彰の子供向きテレビ授業は全て真赤な嘘だったのか」

 話を池上彰『高校生でもわかる《資本論》』に戻すとしよう。 池上彰は、次のような歴史の偽造をしている。 大東亜戦争に最も反対したのは、昭和天皇、幣原喜重郎、吉田茂ら保守系外交官グループ、大蔵官僚の多数、小林一三らの市場経済派の財界人たちであった。 だが、池上彰は、詐欺師でも口にできない、次のような真赤な“逆立ち嘘歴史”を平気かつ大声で語っている。

「大東亜戦争に戦争前から反対した人たちがいた。
その人たちは日本共産党や
日本共産党以外でもマルクス主義という考えを持っている人たちだった」

「この人たちが
みんな弾圧されて刑務所に入れられていたんだよね、
戦争中は。」

(注10)。

 今ここで頭に浮かんだまま1930年〜45年のマルクス主義者をリストしよう。 誰が刑務所にいつ収監されていたか、誰が戦争に反対したか、池上彰よ、回答されたい。 

 脇村義太郎、大森義太郎、大内兵衛、有沢広已、宇野弘蔵、向坂逸郎、東畑精一、加田哲二、野呂栄太郎、山田盛太郎、土屋喬雄、平野義太郎、櫛田民蔵、猪俣津南雄、中山伊知郎ほか。

 経済学者でなく、それ以外の分野でのマルクス主義者ならもっとたくさんいる。 彼らは刑務所に収監されていたのか。 彼らは大東亜戦争に反対したのか。 池上彰の作り話は、底なし沼である。

 要するに、上記のリストを見るだけでもわかるが、大東亜戦争に反対したマルクス経済学者やマルキストなどいない。 池上彰は、事実を全く逆にしている。 マルキストこそが、大東亜戦争に反対する国民を「軟弱」「非・国民」などと罵倒して、強引に大東亜戦争を拡大させ続け、ついには対英米の太平洋戦争へと日本国民を煽動・誤導したのである。 佐々弘雄らマルキストのみが編集を独占していた朝日新聞の、1937年7月から八年間にわたる“連日の大東亜戦争讃美キャンペーン”を読み返せば、小学生でもわかる事。  

 また、池上彰よ。帝国陸軍の中のマルクス経済学狂のエリート軍人は、刑務所に収監されたのか。 それとも、大東亜戦争の開戦を煽り、その推進に旗を振ったのか。 はっきりと回答されたい。

 現実の歴史事実では、帝国陸軍こそが、マルクススターリンに狂って計画経済を唱道したのである。 1934年10月、陸軍は自分の軍事費で『陸軍パンフレット(=「国防の本義とその強化の提唱」)』を60万部も出版した。 それは全編、「マルクスに従って、計画経済を導入せよ」のアジ文書であった。

 池上彰よ、このパンフレットを書いた鈴木貞一、池田純友、四方諒二の三人は、刑務所に入ったのか、それとも出世したのか。 鈴木貞一は閣僚である企画院総裁まで上り詰め(陸軍中将)、スターリン型計画経済の導入と対英米戦争の旗振りをした。 1941年11月5日の御前会議の前に開かれた閣議で、東条英機が昭和天皇のご命令通りの対英米戦争の取りやめを決定できなかったのは、“教条的なマルクス経済学狂”鈴木貞一ががなりたてる対英米戦争強硬論を抑えることができなかったからだ。 こんな初歩的歴史ぐらいは、池上彰でも知っていよう。

 あるいは、大東亜戦争の嚆矢である「対蒋介石戦争(日中戦争)」を、1937年7月、近衛文麿が独裁者然として開始したが、近衛文麿こそ河上肇の愛弟子で、マルクス経済学の狂信者だった事実も、池上彰よ、知っていよう。 このことは、近衛文麿の京都帝大の学士論文を読めば、あきらかなこと。 池上彰よ、近衛文麿の学士論文ぐらい読んだらどうだ。 そして、近衛文麿が対世論工作のために影響ある知識人を集合させた昭和研究会は(注11)、“ソ連工作員”尾崎秀実を挙げるまでもなく、そのほとんどがマルクス主義者だった。

 マルクス狂こそ、最凶の戦争主義者である。 日本が平和を欲するならば、池上彰や日本共産党を筆頭に、マルクス主義者を日本から一掃する事が絶対に必要である。 マルクスや共産主義思想に傾倒したもので、戦争狂にならないことは万が一もあり得ない。 戦争は積極的に開戦してもできるが、隣接国のロシアや中共に対日侵略させる受け身のやり方の戦争もある。

 池上彰は、後者の形態で日本全土を阿鼻叫喚の戦争に巻き込もうとしている。 そうでなければ、上記のような真赤な嘘歴史を捏造などしない。


 以上の簡単な私の指摘に、もし愛国心がある読者なら、「なんだ、そうだったのか」と納得し、池上彰が、テレビを使って嘘だらけの子供向け授業をしていた理由は、なんだ、これだったのか」と怒りに拳を震わせるだろう。

墓石の下から菊池寛と池島信平が怒る、編集社員の八割が共産党員の文藝春秋社

 ところで、さる三月号の『文藝春秋』誌は、「総力特集 日本の教育を立て直せ」と銘打って、池上彰吉野源三郎の息子との対談「父・吉野源三郎の教え」を掲載している。 だが、この企画もこの対談内容も、「日本の教育を立て直せ」が嘘ラベルである。 実際のモチーフは「日本の赤化教育をもっと共産革命一色にせよ」である。 この企画をした編集長の大松芳男は、文藝春秋社きっての共産党員である。  

 『文藝春秋』と言えば、日本文学を護るべくプロレタリアート文学を一掃せんとした菊池寛や、戦後の『世界』『中央公論』の共産革命煽動に抗して、「反共こそが、日本を守る」を旗幟とした池島信平を思い出す。 が、今ではすっかり様変わりで、『文藝春秋』はかつての『世界』に成り下がり、共産党一色になってしまった。 上記の池上彰の対談も、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を教科「道徳」の副教材にしようと図る共産党の意向を踏まえてのもの。 道徳教育の副教材と言えば、新渡戸稲造『武士道』スマイルズ『品性論』がベストなのは言うまでないが(注12)、スマイルズの道徳四部作など、“共産党の機関雑誌”に化した『文藝春秋』は、名前すら触れることはしない。  

 

注  

1、ルソーのカルト「平等教」とマルクスのカルト「階級打破教」がモチーフの、共産革命に誘う洗脳作品 『路傍の石』 は何度も映画された。 私は1955年、小学校5年生の時、赤い教師の映画館引率のもと松竹製作 「路傍の石」 を鑑賞させられた。 その前年の小学校四年生時の映画鑑賞は、同じく松竹製作で、“ゴリゴリの共産党員”壺井栄が原作者の 「二十四の瞳」だった。  「路傍の石」の方は、“現実から遊離した創り話性”が見え見えで馬鹿馬鹿しくてほとんど観なかったが、「二十四の瞳」の方は感動しながら観てしまった。 高峰秀子の名演技には子供ながら何度も涙を流した。 この「十歳では洗脳され、十一歳では洗脳されなかった」体験は、後年における国際政治学者として“ヒトラーやレーニンのプロパガンダ術”を研究するのに役立った。  

2、吉野源三郎 『平和への意思』、岩波書店、341〜2頁にも再録されている。同書338〜9頁。  

3、吉野源三郎 『同時代のこと―ヴェトナム戦争を忘れるな―』、岩波新書。  

4、吉野源三郎 『君たちはどう生きるか』、岩波文庫、298頁。  

5、私立の武蔵高等学校中学校の校長・梶取弘昌は、教条的な共産党員だと考えられる。 そうでなければ、保護者から預かっている中学二、三年生を、“稀代の共産主義者”池上彰の赤い毒牙に提供して共産革命の戦士に仕立てあげるなど、まともな教育者なら決して避ける教育犯罪を平然とするわけがない。  

6、公共物の日比谷公園を不法占拠して 「年越し派遣村の村長」 を自称した湯浅誠には 『反貧困』(岩波新書) 『湯浅誠が語る現代の貧困』(新泉社)など、共産党が背後で指揮する反・貧困運動の煽動本が多数。 菅直人や辻元清美とも昵懇な同志なのは、血統が同じだからだろう。 まさに 「池上彰=湯浅誠←(親友・同志)→菅直人」 関係構図によって、池上彰は北朝鮮人で日共党員の菅直人とも間接的な同志関係ということになる。  

7、池上彰 『記者になりたい』、新潮文庫、21頁に、「新聞記者が《社会の悪》と勇気をもって全面対決する。僕はこれに憧れた。・・・特に、朝日新聞の夕刊に連載された本多勝一記者の《戦場の村》は衝撃的だった。・・・本多記者はアメリカ軍と戦う解放戦線(=共産軍)のゲリラの村に潜入し・・・」とある。 周恩来に巨額の金品をもらって書いた“真赤な虚偽満載小説”『中国の旅』を読めば一目瞭然であるように、血統が北朝鮮人で、日本を心底から憎悪しあらん限りの嘘を捏造しては日本を誹謗し続ける大嘘製造機械が本多勝一の正体であった。 が、池上彰は、“大嘘付き”北朝鮮人・本多勝一の(金日成と同じ)日本憎悪と米国敵視がたまらなく痛快で心底から傾倒。 過激な共産主義者であるのを共通項として、池上彰とはまさに“大嘘製造機械・本多勝一のクローン”。  

8、池上彰 『高校生からわかる「資本論」』、集英社、22頁。  

9、ミーゼス 『ヒューマン・アクション』、春秋社。第26章などを参照されたい。

10、上掲 『高校生からわかる「資本論」』、23頁。  

11、酒井三郎 『昭和研究会』、TBSブリタニカなどが、そのメンバー割り出しに参考となろう。  

12、中川八洋 『教育を救う 保守の哲学』、徳間書店、20〜21頁。

転載元転載元: オノコロ こころ定めて


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