「はじけろ煎茶道」

「愛と勇気の煎茶」を目指す松月流家元渡辺宗敬のblogです。煎茶の心は、和のこころ。超保守的解釈で煎茶道を志して居ります。

ネットデモ・転載記事

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
イメージ

すめらぎいやさか。
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。

今日の産経新聞「話の肖像画」に駐日大使全体の代表であるサンマリノ駐日大使、マンリオ・カデラ氏の記事が載っていたのでご紹介したい。
以下に引用します。

〈2011(平成23)年に日本に駐在する外国大使全体の代表である「駐日外交団長」に就任した〉

 現在154カ国の大使館が日本にありますが、大使の中で私が一番の古株であることから、各国の大使で構成する外交団の団長を務めています。もし私が大使をやめたら、次はエリトリアの大使が団長になります。

 各国の新しい大使が着任すると、たいてい私のところに挨拶に来るのですが、彼らから「日本にいる間、日本人を喜ばせるためにはどうすればいいか」などとアドバイスを求められたら、こんなふうに答えています。「できるだけ日本人と仲良くして友達をたくさんつくってください。できれば、靖国神社を1回でいいから見てください」と。

 私は骨董(こっとう)が好きなので、靖国神社の境内で開かれる青空骨董市によく出かけていました。よく理解していない人が多いのが残念ですが、靖国神社は国のために戦って死んだ軍人のためのメモリアル神社です。靖国神社は、実は世界中にあるんですよ。アメリカの靖国神社は、ワシントン近郊のアーリントン国立墓地、フランスはパリの凱旋(がいせん)門、イタリアはローマのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂。中国にだってあるでしょう。

 中国の人が、靖国神社のことを戦争の犯罪人の神社と言っているのはとんでもない。戦争のとき、勝った国も負けた国も、いい人、悪い人、どこでもいたんですよ。おかしいと思いませんか。それなのに、靖国神社が、悪魔みたい、行っちゃいけないといわれるのは、とんでもない。どこの国も国のために亡くなった人のための施設があるんですよ。なんで靖国神社だけこんな差別と区別している? 非常にナンセンスだと思いますね。

〈昨年10月にベルギー国王が国賓として来日された際、宮中晩餐(ばんさん)会に招かれた〉

 ベルギー国王やオランダ国王をはじめ、国賓の来日時には、天皇陛下が宮中晩餐会を催されますね。そのとき、全ての大使を招くことはできませんので、代表として外交団長の私が呼ばれるのです。また、天皇陛下が外国にお出かけになる際は、駐日大使の代表として、空港にお見送りとお出迎えに行きます。天皇陛下のお誕生日にお祝いのスピーチをするのも外交団長の仕事なのですが、すごく緊張します。外交団長は名誉ある地位ですが、仕事は大変デリケートなんです。でも、そのおかげで、何度も陛下にお目にかかることができました。

 これまで数え切れないほど日本人と会ってきましたが、一番威張っていないのが天皇陛下なんです。すごく謙虚な方。すばらしい。本当に哲学者みたいです。でも、誰とは言いませんが、ときどきすごく威張っている人がいますね。そんなときは、「失礼ですけど、天皇陛下が威張っていないのに、なんであなたが威張っているのですか?」と言いたいぐらいです。けんかになっちゃうかもしれないから、実際には言いませんけどね(笑)。
マンリオ・カデロ大使の経歴は
 イタリア・シエナ生まれ。イタリアで高校卒業後、パリのソルボンヌ大学に留学。1975(昭和50)年に来日し、東京に移住。ジャーナリストを経て、89(平成元)年、駐日サンマリノ共和国領事、2002年、同特命全権大使。11年5月、駐日大使全体の代表である「駐日外交団長」に就任。著書に「世界で一番他人にやさしい国・日本」(共著、祥伝社新書)、「だから日本は世界から尊敬される」(小学館新書)など。(産経新聞より引用)
大使のサンマリノ共和国は
イメージ

 イタリア半島の中東部に位置する共和制国家。首都は国名と同じくサンマリノ市。周囲は全てイタリアで、国土面積は十和田湖とほぼ同じ。世界で5番目に小さな国(ミニ国家)である。また、現存する世界最古の共和国。サンマリノは、現存する共和政体を採用する国としては世界でも最も長い歴史をもつ。アメリカ大陸がヨーロッパ人に知られる以前、すでにサンマリノ共和国初代大統領が就任していたといわれる。1631年、ローマ教皇が独立を承認し、世界最古の独立共和国となった。その後、1815年には、ナポレオン戦争後のウィーン会議でサンマリノの独立が再確認されている。(wikipedia参照)
イメージ
(サンマリノ共和国国旗
イメージ
欧州初、サンマリノ共和国の神社建立(一般社団法人国際教養振興協会より)
上記画像もサンマリノ神社は世界最古の共和国として1700年以上の歴史を持つサンマリノ共和国と、世界最古の君主国である日本両国の友好シンボルとして、さらに東日本大震災の犠牲者の慰霊を目的として平成26年6月22日に建立されました。欧州初のことです。神社建立は、サンマリノ駐日大使であるマンリオ、ガテロ大使や、外交評論家であり神道に対する理解が深く、ジョンレノンに神道を指南した加瀬英明氏の多大なるご尽力によって実現されました。

式典当日は日本からは、東京大神宮の権禰宜、禰宜の神職が奉仕され、ご来賓の方々の中には、政府関係者ほか、安倍首相のご母堂さまも列席された。

カデロ大使は、サンマリノ共和国での神社建立に際し、「私は神社・神道を宗教だと思っていません。日本人が永きにわたって培ってきたライフスタイルそのものだと思っています。このスタイルは欧州の人間にも必要ではないかと思ったのです」と・・・
また神社建立に際し、日本、日本人についてNEWSポストセブンの取材に次のように述べられています。

日本人の道徳心の高さ、親切さはまさに世界に誇ってもいいくらい立派なものです。それは先の東日本大震災の被災者たちの姿を見てもわかります。

 こんなに勤勉で、真面目な民族は世界に類を見ません。だからこそ、第二次世界大戦後の荒廃の中から不死鳥のごとく蘇り、世界のトップに比肩するまでに駆け上がることができたのです。日本は戦争で一番苦労をした国です。日本に一番ダメージを与えたのはアメリカです。にもかかわらず、現在では日本とアメリカはとても仲の良い国です。戦後70年の時間を経てそういう関係になりました。ベトナムとアメリカも戦争をしましたが、現在では仲の良い国です。ヨーロッパでもナチス・ドイツがありましたが、現在では近隣諸国と良い関係を築いています。それなのになぜ、中国と韓国は日本に対していまだに過去のことを水に流せないのでしょうか。

 そして、日本は自国の発展だけでなく近隣のアジア諸国をいかなる状況下でも、様々な方法で支援してきました。経済的側面だけではありません。あらゆるアジア諸国は、日本の生活様式や制度をお手本として、自国の生活様式や政治の改革を大きく前進させてきました。アジアと世界の平和と自由と経済発展に貢献してきました。だからこそ、ごく一部を除く世界中の国々から感謝され、尊敬されているのです。日本人はそのことに自信を持っていいと強く思います。

いつまでも隣国、支那、朝鮮半島の国々に振り回されてはなりません。マスコミが言う世界の声とはこの三国のことであり、誠の世界の声とは外交団長であるカデロ大使をはじめ友好を堅持していてくれる国々を示します。そして陛下を敬愛されています。
日本に居を移して40年近くになり、数多くの日本人に会いました。国会議員や大会社の社長など地位の高い人も数多くいましたが、最も謙虚な方は陛下です。立ち振る舞いが優雅で、周囲にとても気をつかわれます。私は陛下のことを心より尊敬申し上げております。


転載元転載元: 日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。

イメージ
横川省三記念公園

すめらぎいやさか。
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。

東京都港区麻布台一丁目4番6号に存在する横川省三記念公園面積:571.90平方メートル元朝日新聞の記者で、日清・日露戦争では海軍従軍記者などとして活躍した横川省三氏(1865〜1904)を記念して造られた公園です。昭和13年、遺族保存会から寄贈された場所(現六本木3丁目)を公園にしましたが、昭和39年の首都高速道路工事のために現在の位置に移され、その後、平成元年度には全面改修が行われ今日に至っています。
筆者が認めた横川省三の事績は、戦前の日本人であれば、小学生でも知っていたことでしょうが、今日ではどれだけの日本人が横川省三を存じているでしょうか?。それほど大東亜戦争以降我が邦の歴史や先人の偉業、功績は蔑ろにされたままなのです。

明治という時代は、国家草創期にもかかわらず、国民一人一人にいたるまで国家意識があった素晴らしい時代でした。ひとりひとりが「自分がやらなければ国家が衰退してしまうという危機意識があり、またそれらを担ったのです。
拙稿をご覧いただいておられる方々におかれましては、日露戦争は、西洋列強の外圧で開国を余儀無くされた小国日本が明治維新から僅か37年後に国家存亡を賭して、国力10倍の大帝国ロシアに敢然と戦いを挑んだ戦争で、明治37年(1904年)2月から明治38年(1905年)9月まで戦われたことはご存知だと思います。


イメージ
横川省三 肖像


筆者が横川省三の人物像に惹かれるのは、横川が国家の危急存亡の時に、民間人でありながらも作戦任務に挺身し、祖国に殉じた忠君愛国の烈士であったという日本的な英雄像もさることながら、ロシア軍に捕らえられ、処刑される迄の僅かな日々に馥郁と薫った彼の日本人としての高潔な人格、品格が、敵軍の将校や兵やヨーロッパ各国の観戦武官をも感服させ、更にヨーロッパ報道界にまで、彼の人格が感銘を与えたという歴史的事実にあります。

日露戦争時、帝国陸軍は特別任務班を編成、露軍の動脈たるシベリア鉄道を爆破し輸送を妨害する作戦を立てました。軍人のほか民間人もこの作戦に加わりました。そのうちの一班の班長が横川省三でした。
明治三十七年四月十一日、横川班は満州のチチハル付近において鉄橋を爆破せんとしましたが作戦は失敗に終わり横川と班員の沖禎助(おきていすけ)は露軍に捕獲され軍法会議にかけられました。
軍法会議において二人は虚実を交え百数組の特別班が任務をおびて活動中であることもとより決死の覚悟であることを堂々と語ったのです。最初に下った判決は絞首刑でした。しかし、横川はこの判決に異議を唱え、銃殺刑を申し出たのです。横川省三が絞首刑の判決に異議を申し立てた時、傍聴人の多くは横川が命乞いをするものと予想していました。軍人としての名誉ある銃殺刑を望むという、横川の凛然たる態度に、法廷内の誰しもが驚きと感動を禁じ得なかったと伝えています。この軍法会議を傍聴していたドイツの観戦武官は露軍士官に「日本軍にこのような人物が多数あるとすれば、如何に露軍が優勢であっても、苦戦するのは必至であろう」と述べたという。

メジャーク大佐はクロパトキン将軍に急使を奔らせ、二人の減刑を嘆願したが、クロパトキン将軍は、「自分は日本軍人の特性をよく知っている。日本の軍人は一度死を決して大任に当った以上、事敗れて捕虜になるような場合、生還を欲するような国民ではない。今回の両勇にしても、たとえ軍法会議で赦してやっても、彼らは日本軍人の名誉のため、恐らく腹を切って自決するであろう。
すなわち、彼らの亡骸を山野に曝すより、彼ら勇士に敬意を払う為に、直ちに銃殺刑に処せ」と述べ、減刑の請願を許可しなかったという。


イメージ


四月二十一日、処刑の日、横川と沖は家族に遺書を書き所持金をすべてロシア赤十字社に寄付すると伝えました。
メジャーク大佐は驚き、
「遺されるご家族に送られるのが良いのではないか。法に従って、遺族に
送ってやるから、考え直したら、どうか」と念を押したそうであるが、
横川は
「貴官がそうお思いになるのもご尤もです。貴官の御厚意は誠に有り難い。
しかし、我らの天皇陛下は、決して我らの遺族をお見捨てになりません。
また、日本の国民は遺族を王侯の待遇を以って遇するので、少しも心配は
要りません。何卒、お納め願います」と応えたという。
メジャーク大佐が更に「それでは何故に、ロシアの赤十字に寄付をするのか」
と問うと、横川は 「この戦争に於いて、不幸にして日本軍の砲弾に依って
傷付き、病める貴国軍人に対し、少しでも罪滅ぼしをしようという気持である
から、どうか納めて欲しい」と応えたという。

二人の日本人が処刑を前にして、その所持金の全てを故国に待つ家族に遺す
のではなく、敵国たるロシアの赤十字社に寄付したことは忽ち、ロシア軍将兵、列強諸国の観戦武官、多くの従軍記者の知るところとなり、その天晴れな行為は驚嘆と畏敬の念を以って受容されたのです。

また処刑にあたり、ロシア兵が二人を柱に縛り付けようとしたが、武人の端くれとして、縄目の辱めは受けぬと断固拒絶、受け入れられた。
二人は、遥か彼方の祖国、宮城(皇居)を望む東南の空に向って遥拝した。
「天皇陛下万歳!大日本帝国万歳!日本軍の大勝利万歳!」と叫んだのが辞世でした。銃殺刑執行官のシモノフ大尉は12名の射撃手に向け、「射撃用意!」と命じ、その後、声を落として、「愛を以って、撃て」と指示したという。
二人が苦しまずに死ねるよう、しっかり心臓を狙って撃てという意味であった。こうして、満州の荒野に轟く12発の銃声と共に、二人の日本男児の命が果てた。時に横川39歳、沖30歳でした。
日本の国民はこの二人の消息を6月中旬、フランス国パリ発ロイター通信、
及びロシアの新聞2紙の記事に依って知りました。
横川と沖の決死の行動、敵軍さえもが畏怖の念を抱いた凛然たる態度、悲劇的な最期を知り、開戦間も無い大国との大戦争の先行きに不安を抱いて
いた多くの日本人の士気を大いに鼓舞したと言われています。

しかも横川班以外の特別任務班は度々、シベリア鉄道の爆破に成功していた
ことから、横川や沖のような、死をも恐れぬ勇敢な日本人たち満洲各地に潜入し、シベリア鉄道の破壊活動に邁進しているということは、露軍は大きな脅威と捉えた。
露軍総司令部は急遽、シベリア鉄道警備にコサック騎兵50数個中隊を配置
したことで、露軍の多大な戦力ダウンに繋がり、この戦力分散が後に奉天
大会戦の敗北を招いたとクロパトキン将軍は回顧したといわれています。
横川らの特別任務班のシベリア鉄道破壊活動は戦略的に大きな意味を持ち、
日露戦争の勝利に影ながらも、多大な貢献をしたのである。

日露戦争の際、宮中に於いては、明治天皇の皇女、常宮(つねのみや)、周宮(かねのみや)両内親王殿下が戦死者を祭壇にお祀りになられ、戦死者の
姓名を逐一ご記帳為され、冥福を祈っておられた。
ある時、横川、沖の名をご記帳になられたが、この二人に肩書きが無位無官であることを訝しく思われ、側近の者に理由を問われた。
二人の事績をお聞きになったところ、お二方は涙に咽ばれ、お顔を伏せられたが、やがて筆をお執りになって、二人の名の上に「忠君愛国之士」と記されたという。横川が銃殺刑に処せられた、30年後の昭和9年、岩手県盛岡に住む横川の長女律子(47歳)のもとにシモノフと名乗るロシア人の老人が訪れた。
彼は、横川省三と沖禎介の銃殺刑執行官を務めた、シモノフ大尉その人でした。
シモノフ大尉はその後、帝政ロシア軍の陸軍少将にまで累進したが、大正6年
のロシア革命後、日本に亡命。
白髪の老人となったシモノフは律子と対面し、涙ながらに語ったという。
「私はいつの日か、お父様の立派なご最期の様子を直接お伝えしようと思って
おりました。貴女にお会い出来て、こんなに嬉しいことはない」
「私はあの時、真の日本武人の姿を見たような気がしました」と・・・

横川はじめこの時代の日本人の力強さは、地殻を突き破って、マグマが噴出するかのような、異常なほどの激しさ、強さが感じられる。
国論が二分し、卑劣漢が横行する平成日本。
明治に学び、強い明治に還る秋がきているのではと筆者は願ってやまないのです。



転載元転載元: 日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。

イメージ
出典:國學院大学


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝を申し上げます。


「この国の心をうつす、日本人になろう。」
國學院大學がかって産経新聞 に掲載された國學院大學の全面広告です。
古来より皇室のみ用いることを許された色、優雅で繊細な雰囲気をもつ日本の伝統色「麹塵(きくじん)」の前に、美しい所作でお辞儀をする清楚な女性の所作(しょさ)は忘れられつつある日本人の高貴さを現した画像です。
昨今、コンビニやデパートで行われているお辞儀は日本らしい高貴なものではありません。

平成に入り一年、また一年と病んでいく「祖国日本」とても残念でなりません。
日本を日本たらしめているものを忘れ、他国に阿る人が増え、御国を護った先人、先達を敬わず、今生きている現世の日本人はさもわが国の歴史の主人公のように振る舞い、伝統、文化までも破壊している餓鬼のように筆者の目には映ります。
日本国民とは肇国以来、連綿と伝統、文化を紡いできたすべての日本人を指すものです。
わが国の現状は国論が二分し、迷走状態にあります。羅針盤を正確に扱えず大海原で揺れる船のようなものです。
道に迷い、針路に迷った時は元来た道へ戻れと言います。
明らかに現代日本はかっての凜とした日本に戻る秋がきているのです。
しかし、昨今のわが国の世相は毎日報道される凶悪犯罪、およそ日本の政治家と呼ぶにはほど遠い政治家たち、わが国になじまない施策を行う政府。民主主義をはき違えた沖縄米軍反対デモや、それらをねじ曲げ報じるマスコミ。
稲田防衛相の靖国参拝を政治問題化しようとする腐ったマスコミの醜態。

世情はといえば毎日繰り返される死刑に相当する殺人事件が累犯におこり、かってわが国には皆無といえた尊属殺人が多発し、被害者と加害者との因果関係もない無差別殺人も珍しくありません。
まじめに働く人々が生活保護制度を悪用する輩よりも収入が少い、働く意欲をなくさせる。明治維新以降149年、わが国は、まず、世界の先進国に追いつくことに急ぐあまり、欧米諸国の思想、文化、体制の導入、欧化万能の風潮が日本全土を覆い、日本古来の思想・文物が顧みられない状態となっています。これらは大東亜戦争後急加速し、日本の日本らしさの欠片(かけら)さえも残さない有様です。

明治の先人はわが国が独立を全うし、国家の発展を将来に期するためには、思想も文化も体制も、単に欧風の模倣でなく、わが国の歴史・民族性に基づくものでなければならないという気運が興り欧米化への歯止めがかかりました。
しかし平成の日本人にはこれらを考えることもなく至っている次第です。
識者らが絶賛する議会制民主主義ですが、筆者にとって議会制民主主義とは粗悪品以外の何者でもありません。野党第一党の党首が国籍問題で嘘、偽りの末に説明すらなく居座っている有様。
議員になってはならぬ人、政治家としての資質、教養に欠ける人々らが闊歩(かっぽ)している有様は選挙とは何かと首を傾げたくなります。選挙で選ばれた者であっても粗悪品は粗悪品、滓は滓です。その時の世情やマスコミに煽られて選挙権を行使するならば投票しないほうがいいです。

近代日本を切り開いた人らは選挙で選ばれた人ではありません。泰平の世を保った徳川幕府。草莽の志士、坂本龍馬しかり、西郷隆盛しかり、わが国の歴史を紐解くと選挙がすべてではないと言えましょう。
わが国の政治の大半は歴代天皇陛下より任命された役人が合議制によってしかも皇室に忠誠を誓った官僚によって行われた歴史が圧倒的に長く、皇室を蔑ろにした足利幕府の時代は大変世情が混乱しました。これらは戦後、とりわけ平成の今日も酷似していると言えましょう。
日本には日本のよさがあり、日本でしか定着しない精神文化、政治があり、
これまでも、これからも紡いでいかねばならぬものがあります。


「この国の心をうつす、日本人になろう。」

「降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ」




本年も今日一日を残すのみとなりました。本記事が本年最期の更新となります。多くの方々のご来訪いただき、コメントを頂戴し、感謝もうしあげます。
来る年が日本という国が日本らしさを取り戻し、未来の日本人によい国にして継承していく年にと衷心より願っています。
よいお正月をお迎えくださいませ。

天皇陛下萬歳

転載元転載元: 日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。


気ブログランキングに参加しています。 
まずはここをポチッとお願いします。 イメージ 2


イメージ


イメージ



----------------------
「保育園落ちた 日本死ね!」 流行語大賞に山尾しおりが受賞
授賞理由:
近年ではネットでの扇情的な情報発信が社会的議論の契機となることも少なくない。
待機児童問題。2016215日、匿名で日記を書き込めるネットサービス「はてな匿名ダイアリー」に「保育園落ちた日本死ね」と題された文章が書き込まれた。
育児中の母親とみられる人物が「議員が不倫してもいいし、賄賂を受け取るのもどうでもいいから、保育園増やせよ」などと訴える内容だった。衆議院予算委員会の質問でもこの書き込みが引用された他、書き込みに賛同する有志が国会前で抗議行動を起こした。
 
山尾しおり挨拶:
私がこの賞を受け取っていいのかどうか、とてもためらっているのですけれど、「保育園落ちた日本死ね!」という声を挙げた名もない一人のお母さんの鋭い言葉を「保育園落ちたの、私と私の仲間だ」と優しい言葉で皆でくるんで、それを後押ししてくれた28,682人の女性達に代わって、この賞を受け取らせて頂きたいと思います。
----------------------
 
「死ね」が大賞受賞?
自分の国に対して「死ね」を流行語にして受賞させるユーキャンは反日の国賊企業といえる。まともな日本人企業であれば「日本死ね」が選考された段階で却下させます。
 
我々の祖国日本は、世界に誇る天皇陛下を頂く国であり、四季折々の美しい国、日本です。その日本国に誇りを持っている一臣民からすると「日本死ね」は絶対に許せない言葉だ。
 
今回の「授賞理由」は「ネットでの情報発信が社会的議論の契機となることも少なくない」とあります。
 
ならばネットの発信で社会的議論となった言葉はもっとあるはずです。
 
たとえば「朝鮮人帰れ」「二重国籍」「ガソリーヌ山尾」もネットから発信されて社会的議論になった言葉です。しかしそれらを全く無視してネットでは話題にもならない「日本死ね」だけを取り上げて流行語にするのはおかしいのだ。


しかも、この社会的議論にもなっていなかった「日本死ね」をTBS「ニュース23」が公共の電波を使って意図的に社会的議論にして、それを受けて反日左翼のガソリーヌ山尾が衆議院の委員会で取り上げる。
 
これこそ反日左翼の連携でつくられた言葉であり、流行語でも何でもない。
 
これを流行語にしたのが朝鮮人を含めた反日揃いのユーキャン流行語の選考委員達です。姜尚中、俵万智、室井滋、やくみつる、箭内道彦、清水均。
ひどく偏った面々だ。
 
そして国会前の抗議デモもどうせこの類だろう。普通の人はそんなことはしない。
 
「日本死ね」は「朝鮮人死ね」よりもはるかにヘイトスピーチといえる。
本来ならばメディアが「日本死ねはヘイトスピーチ」と騒がなければならないのに逆に同調し、一方で「朝鮮人死ねはヘイトスピーチ」は大騒ぎだ。

日本人にとって「日本国」と「朝鮮人」のどちらが不要か?
どちらがなくなっても困らないか?
明らかに「朝鮮人」です。
 
イメージ


「日本死ね」の授賞式、なぜガソリーヌ山尾が受賞されているのか。
やはり自作自演だったのか。授賞式に出てきたのだからそう言われてもやむを得まい。
 
日本の国会議員でありながら「日本死ね」の受賞を喜んで受け取るガソリーヌ山尾。こういうのを国会議員にしていて日本がよくなるわけがない。

・・・・・・
人気ブログランキングに参加しています。 
受賞よりも自分の疑惑だろう、と思った方はここをポチッとお願いします。

イメージ 2

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


気ブログランキングに参加しています。 
まずはここをポチッとお願いします。 イメージ 2


イメージ

-------------------------
韓国ネットが「さすが日本」と2度驚いた博多の陥没、1週間で元通り=「まるで穴なんてなかったみたい」「技術もすごいけどさらに立派なのは…」
20161115日、福岡市のJR博多駅前で陥没した道路の復旧が約1週間の作業を経て完了した。この現場の様子を韓国・ニューシスが報じ、韓国で注目を集めている。
 
8日早朝に起きた大規模な陥没では、縦横30メートル、深さ15メートルに及ぶ大きな空洞が道路にぽっかりと開いた状態となり、地下に埋められていたライフラインも損傷したため、停電や通信障害などの被害が出ていた。
 
当初は復旧のめどすら立たないとの報道も一部あったが、それからわずか1週間、ライフラインはすべて復旧し、15日には現場の埋め戻しと舗装作業が完了し、午前5時から通常通り通行が可能となった。
 
道路陥没のニュースが報じられた当初、韓国ではショッキングな現場映像にもかかわらず人命被害が出なかったことに注目し、「さすが日本だ。韓国ならどうなっていたか」などと日本に感心する声が多数上がっていた。
 
あれから1週間、早くも平常を取り戻した現場の様子に、韓国のネットユーザーからは再び驚きや感心のコメントが寄せられている。
 
「日本の技術力は世界一!」
「さすが、これは見事」
「韓国だったらもう少しもうけようとして、とりあえず3カ月は工事するね」
「技術もすごいけど、福岡市がきちんと謝罪したのがさらに立派だと思う。韓国なら責任のなすり付け合いで大変だよ」
「やっぱり日本は韓国よりも明らかに先進国」
2016.11.16 レコードチャイナ)
--------------------------
 
1977年、パラオのコロールからバベルダオブ島に架けられる橋を韓国の建設会社が鹿島建設の半額で落札したことがあった。
 
しかし、完成直後から中央部が凹み、1996年に橋は真っ二つに折れて崩壊。
 
この橋には電気・水道・電話のライフラインが埋設されていたため全てが遮断されてコロールの町の機能は完全に麻痺。クニオ・ナカムラ大統領は「国家非常事態宣言」を発令した。
 
パラオはこの補償を韓国企業に求めようとしましたが既に倒産しており、韓国政府に何とか救いを求めましたが「我々には関係ない」と断られました。
 
この困ったパラオに手を差し伸べたのが日本でした。
 
日本は無償援助で鹿島建設が請負い、2002年に完成させました。パラオ国民は日本に感謝してその橋を「日本パラオ友好の橋」と命名して、今も使われています。
 
こういう事があったことを韓国人は知っているのか?
 
韓国の尻拭いをしてきた日本。口先だけでモノの役に立たない韓国。

イメージ
 
これほどの陥没を1週間、24時間体制で、事故もなく復旧させたことは見事であります。
 
よく土木建設業は「談合」と言って叩かれ、「公共事業は無駄」と言って叩かれ、しかも建設業者は一般競争入札の行き過ぎた競争にさらされて潰れていく業者も多い。
 
しかし一旦地震や台風などの災害が起きれば、休みも夜中も関係なく、危険な場所に行って作業をして、ライフライン復旧や道路の維持管理をするのが建設業者です。
 
こういうことを知っている住民の方は意外と少ない。マスコミも自衛隊の救助活動は報じても建設業者の復旧はまず報じない。マスコミが報じるのは公共事業叩きと建設業者叩きです。
 
ただ、ライフラインの復旧など、地域にその担い手がいなくなると、困るのはそこに住む住民の人達です。
 
特に災害時には地の利があり、地元の勝手が一番わかっている地元業者が一番頼りになります。その人たちがいなくなったら誰がやるのか。
 
今回の復旧も、儲けなんかよりも、まずは地域のために早く復旧しなければという心意気で不眠不休の作業に当たっていたのではないか。
 
日本人は、いざという時には「損得」よりも「善悪」で行動するものです。
 
この日本人の本質を2回の大きな戦争で目の当たりにした明治天皇は御製で日本人の本質をこのように詠われています。
 
「敷島の 大和心のををしさは ことあるときぞ あらわれにける」
 
日本人の大和魂の勇ましさは、一旦、日本国に事が起きた時にこそあらわれるものである。

時代が変わっても日本人の「敷島の大和心」は変わらないのだ。

・・・・・・
人気ブログランキングに参加しています。 
見事な復旧だ、と思った方はここをポチッとお願いします。

イメージ 2

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


.
so-kei♪
so-kei♪
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

お気に入り

「煎茶・茶道」のなかま

「日本」

「ホームシアター・映画」

「タイヤ・乗り物系」

「ボウリング」

「焼肉ブログ」

「富士山&山登り」

永久欠番

ブログバナー

友だち(50)
  • てつじん
  • ハセキョー☆
  • ゆっき〜
  • マッチャン
  • ff55to100
友だち一覧

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事