井伊大老 天皇彌榮(すめらぎいやさか)
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「唐本御影」
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
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明日は紀元節(建国記念日)でもあり、大日本帝国憲法発布(明治22年2月11日)の日でもあります。
筆者は思うのです。日本人が憲法というなら聖徳太子の十七条の憲法と明治大帝の帝国憲法しかありえません。
十七条憲法は、作られ公布されてから1600年以上の年月を経ていますが、現代にもそのまま通用する思想、生き方、社会の在り方、組織の在り方、日本人の常識の根幹が、完璧に記されています。
今一度、十七条の憲法を熟考いただき、十七条憲法の精神、日本人の精神に立ち返るべき秋だと筆者は思います。
投稿文字制限の関係上、原文と現代語訳のみとします。
一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。
現代語訳
一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。
二曰。篤敬三寳。三寳者仏法僧也。則四生之終帰。萬国之極宗。何世何人非貴是法。人鮮尤悪。能教従之。其不帰三寳。何以直枉。
現代語訳
二にいう。あつく三宝(仏教)を信奉しなさい。3つの宝とは仏・法理・僧侶のことである。それは生命(いのち)ある者の最後のよりどころであり、すべての国の究極の規範である。どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理をとうとばないことがあろうか。人ではなはだしくわるい者は少ない。よく教えるならば正道にしたがうものだ。ただ、それには仏の教えに依拠しなければ、何によってまがった心をただせるだろうか。
三曰。承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆地載。四時順行。万氣得通。地欲覆天。則致壊耳。是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。
現代語訳
三にいう。王(天皇)の命令をうけたならば、かならず謹んでそれにしたがいなさい。君主はいわば天であり、臣下は地にあたる。天が地をおおい、地が天をのせている。かくして四季がただしくめぐりゆき、万物の気がかよう。それが逆に地が天をおおうとすれば、こうしたととのった秩序は破壊されてしまう。そういうわけで、君主がいうことに臣下はしたがえ。上の者がおこなうところ、下の者はそれにならうものだ。ゆえに王(天皇)の命令をうけたならば、かならず謹んでそれにしたがえ。謹んでしたがわなければ、やがて国家社会の和は自滅してゆくことだろう。
四曰。群卿百寮。以礼為本。其治民之本。要在乎礼。上不礼而下非齊。下無礼以必有罪。是以群臣有礼。位次不乱。百姓有礼。国家自治。
現代語訳
四にいう。政府高官や一般官吏たちは、礼の精神を根本にもちなさい。人民をおさめる基本は、かならず礼にある。上が礼法にかなっていないときは下の秩序はみだれ、下の者が礼法にかなわなければ、かならず罪をおかす者が出てくる。それだから、群臣たちに礼法がたもたれているときは社会の秩序もみだれず、庶民たちに礼があれば国全体として自然におさまるものだ。
五曰。絶餮棄欲。明辯訴訟。其百姓之訴。一日千事。一日尚尓。况乎累歳須治訟者。得利為常。見賄聴 http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/gen.jpg 。便有財之訟如石投水。乏者之訴似水投石。是以貧民則不知所由。臣道亦於焉闕。
現代語訳
五にいう。官吏たちは饗応や財物への欲望をすて、訴訟を厳正に審査しなさい。庶民の訴えは、1日に1000件もある。1日でもそうなら、年を重ねたらどうなろうか。このごろの訴訟にたずさわる者たちは、賄賂(わいろ)をえることが常識となり、賄賂(わいろ)をみてからその申し立てを聞いている。すなわち裕福な者の訴えは石を水中になげこむようにたやすくうけいれられるのに、貧乏な者の訴えは水を石になげこむようなもので容易に聞きいれてもらえない。このため貧乏な者たちはどうしたらよいかわからずにいる。そうしたことは官吏としての道にそむくことである。
六曰。懲悪勧善。古之良典。是以无匿人善。見悪必匡。其諂詐者。則為覆国家之利器。為絶人民之鋒釼。亦侫媚者対上則好説下過。逢下則誹謗上失。其如此人皆无忠於君。无仁於民。是大乱之本也。
現代語訳
六にいう。悪をこらしめて善をすすめるのは、古くからのよいしきたりである。そこで人の善行はかくすことなく、悪行をみたらかならずただしなさい。へつらいあざむく者は、国家をくつがえす効果ある武器であり、人民をほろぼすするどい剣である。またこびへつらう者は、上にはこのんで下の者の過失をいいつけ、下にむかうと上の者の過失を誹謗(ひぼう)するものだ。これらの人たちは君主に忠義心がなく、人民に対する仁徳ももっていない。これは国家の大きな乱れのもととなる。
七曰。人各有任掌。宜不濫。其賢哲任官。頌音則起。 http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/kan.jpg 者有官。禍乱則繁。世少生知。尅念作聖。事無大少。得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此国家永久。社稷勿危。故古聖王。為官以求人。為人不求官。
現代語訳 七にいう。人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な人物が任にあるときはほめる声がおこる。よこしまな者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、生まれながらにすべてを知りつくしている人はまれで、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小にかかわらず、適任の人を得られればかならずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かにのびやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈をたもち、あやうくならない。だから、いにしえの聖王は官職に適した人をもとめるが、人のために官職をもうけたりはしなかった。
八曰。群卿百寮。早朝晏退。公事靡 http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/ko.jpg 。終日難盡。是以遅朝。不逮于急。早退必事不盡。
現代語訳 八にいう。官吏たちは、早くから出仕し、夕方おそくなってから退出しなさい。公務はうかうかできないものだ。一日じゅうかけてもすべて終えてしまうことがむずかしい。したがって、おそく出仕したのでは緊急の用に間にあわないし、はやく退出したのではかならず仕事をしのこしてしまう。
九曰。信是義本。毎事有信。其善悪成敗。要在于信。群臣共信。何事不成。群臣无信。万事悉敗。
現代語訳
九にいう。真心は人の道の根本である。何事にも真心がなければいけない。事の善し悪しや成否は、すべて真心のあるなしにかかっている。官吏たちに真心があるならば、何事も達成できるだろう。群臣に真心がないなら、どんなこともみな失敗するだろう
十曰。絶忿棄瞋。不怒人違。人皆有心。心各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/kyo.jpg能可定。相共賢愚。如鐶无端。是以彼人雖瞋。還恐我失。我獨雖得。従衆同擧。
現代語訳
十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。おたがいだれも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって行動しなさい。
十一曰。明察功過。罰賞必當。日者賞不在功。罰不在罪。執事群卿。宜明賞罰。 現代語訳
十一にいう。官吏たちの功績・過失をよくみて、それにみあう賞罰をかならずおこないなさい。近頃の褒賞はかならずしも功績によらず、懲罰は罪によらない。指導的な立場で政務にあたっている官吏たちは、賞罰を適正かつ明確におこなうべきである。
十二曰。国司国造。勿斂百姓。国非二君。民無兩主。率土兆民。以王為主。所任官司。皆是王臣。何敢與公。賦斂百姓。
現代語訳 十二にいう。国司・国造は勝手に人民から税をとってはならない。国に2人の君主はなく、人民にとって2人の主人などいない。国内のすべての人民にとって、王(天皇)だけが主人である。役所の官吏は任命されて政務にあたっているのであって、みな王の臣下である。どうして公的な徴税といっしょに、人民から私的な徴税をしてよいものか。
十三曰。諸任官者。同知職掌。或病或使。有闕於事。然得知之日。和如曾識。其非以與聞。勿防公務。
現代語訳
十三にいう。いろいろな官職に任じられた者たちは、前任者と同じように職掌を熟知するようにしなさい。病気や出張などで職務にいない場合もあろう。しかし政務をとれるときにはなじんで、前々より熟知していたかのようにしなさい。前のことなどは自分は知らないといって、公務を停滞させてはならない。
十四曰。群臣百寮無有嫉妬。我既嫉人人亦嫉我。嫉妬之患不知其極。所以智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以五百之後。乃今遇賢。千載以難待一聖。其不得賢聖。何以治国。
現代語訳
十四にいう。官吏たちは、嫉妬の気持ちをもってはならない。自分がまず相手を嫉妬すれば、相手もまた自分を嫉妬する。嫉妬の憂いははてしない。それゆえに、自分より英知がすぐれている人がいるとよろこばず、才能がまさっていると思えば嫉妬する。それでは500年たっても賢者にあうことはできず、1000年の間に1人の聖人の出現を期待することすら困難である。聖人・賢者といわれるすぐれた人材がなくては国をおさめることはできない。
十五曰。背私向公。是臣之道矣。凡人有私必有恨。有憾必非同。非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云。上下和諧。其亦是情歟
現代語訳
十五にいう。私心をすてて公務にむかうのは、臣たるものの道である。およそ人に私心があるとき、恨みの心がおきる。恨みがあれば、かならず不和が生じる。不和になれば私心で公務をとることとなり、結果としては公務の妨げをなす。恨みの心がおこってくれば、制度や法律をやぶる人も出てくる。第一条で「上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議しなさい」といっているのは、こういう心情からである。
十六曰。使民以時。古之良典。故冬月有間。以可使民。従春至秋。農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。
現代語訳
十六にいう。人民を使役するにはその時期をよく考えてする、とは昔の人のよい教えである。だから冬(旧暦の10月〜12月)に暇があるときに、人民を動員すればよい。春から秋までは、農耕・養蚕などに力をつくすべきときである。人民を使役してはいけない。人民が農耕をしなければ何を食べていけばよいのか。養蚕がなされなければ、何を着たらよいというのか。
十七曰。夫事不可独断。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事。若疑有失。故與衆相辨。辞則得理。
現代語訳
十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。
「和」の精神を失い、対立ばかりが目立つ昨今、日本人はまず、日本人の原点に立返るべきです。
天皇彌榮(すめらぎいやさか) |
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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。 「わが国の戦前は非民主的な社会で、戦後アメリカに民主主義を与えられた」と信じる人は今日も多く存在します。戦前は軍国主義国家であり、戦後アメリカ(占領軍)から民主主義を与えられたという占領以来から続くプロパを信じる人も多く、教育現場などでは、占領以来一貫してこのように教えられてきました。マッカーサー信奉者などがそれである。これらはとんでもない嘘八百です。
そもそも戦前は民主主義社会でした。現在の支那など社会主義体制などと異なり、完全な選挙が行われていました(成人男子のみ)。例えば大東亜戦争は圧倒的な民意の支持を受けて開始された戦争なのです。
政府批判の自由もありました。マスコミを含み多くの人々は政府を批判していたのです。朝日新聞などは政府の弱腰を徹底して批判し煽りました。制限されたのは政府批判ではなく、根本的に國體を破壊させる言動(共産主義暴力革命思想)です。 現在は成人男女に選挙権、立候補権があり、根本的に國體を破壊させる言動すら許容される社会体制である。これらは占領政策後に施行されました。しかし、これらをもって「民主主義を与えられた」と言うのはどうでしょうか?。先人をあまりにも愚弄する思い上がった考え方です。
また戦前と比べて民主主義が退行している部分もある。日教組や日弁連など、民意に制御されない官僚系圧力組織が、政策その他に強力に介入している所だ。 しかし、「アメリカに民主主義を与えられた」アメリカの占領政策そのものが極めて非民主的ではなかったでしょうか?。
徹底した言論統制がしかれ日本国民はアメリカ占領軍を批判する自由など皆無でした。更に普通の民主社会ではありえない報復裁判(極東軍事裁判)などに及んでいる。
当時アメリカでは黒人に選挙権はありませんでした。アメリカ自体がまともな民主国家ではなかったのです。 「日本の戦前は非民主的な社会で、戦後アメリカに民主主義を与えられた」は完全なまやかしなのです。
勿論、支那は有史以来選挙が行われたことはありません。
わが国は明治22年アジアで最初の近代憲法を制定し、翌23年帝国議会を開催しました。なぜわが国がアジアで最初の選挙、議会政治を為し得たのでしょうか?
欧米と似通った民主主義の土壌があったのでしょうか?
明治元年、明治政府は国家の基本方針、「五箇条のご誓文」を発表しました。その第一条が「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」です。民主主義の根幹とも言える原理を新政府が掲げられたのです。
しかもその淵源は「神代」の昔、天岩戸(あまのいわと)まで遡ります。
古事記では「誓約で身の潔白を証明した建速須佐之男命は、高天原に居座った。そして、田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりの乱暴を働いた。他の神は天照大神に苦情をいうが、天照大神は「考えがあってのことなのだ」とスサノヲをかばった。
しかし、天照大神が機屋で神に奉げる衣を織っていたとき、建速須佐之男命が機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだ馬を落とし入れたため、驚いた1人の天の服織女は梭(ひ)が陰部に刺さって死んでしまった。ここで天照大神は見畏みて、天岩戸に引き篭った。高天原も葦原中国も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。
そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、対応を相談した。思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。常世の長鳴鳥(鶏)を集めて鳴かせた。
鍛冶師の天津麻羅を探し、伊斯許理度売命に、天の安河の川上にある岩と鉱山の鉄とで、八咫鏡(やたのかがみ)を作らせた。玉祖命に八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠(八尺瓊勾玉・やさかにのまがたま)を作らせた。
天児屋命と太玉命を呼び、雄鹿の肩の骨とははかの木で占い(太占)をさせた。賢木(さかき)を根ごと掘り起こし、枝に八尺瓊勾玉と八咫鏡と布帛をかけ、フトダマが御幣として奉げ持った。アメノコヤネが祝詞(のりと)を唱え、天手力雄神が岩戸の脇に隠れて立った。
天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。
アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と太玉命が天照大神に鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていたアメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。 すぐにフトダマが注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」といった。こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった。
八百万の神は相談し、須佐之男命に罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した。
ここで重要なのは「八百万の神々」が「神集い集ひて(かむつどいつどいて)」多くの神が集まり、企画して天岩戸を開けました。
また「八百万の神々」が「共に謀りて」多くの神々が相談して建速須佐之男命を罰し、追放したということです。
高天原の統治者は天照大神です。大神の一存で建速須佐之男命は追放できたはずです。しかし大神はそうなさらなかった。
天照大神は天岩戸に閉じこもられ八百万の神々に考える機会を与えられ、皆で相談、すなわち「衆議」によって沙汰することをさだめられたのです。
『大祓詞』「(おおはらえのことば)は、神道の祭祀に用いられる祝詞」
の冒頭の一節です。
高天原爾神留坐須 皇賀親神漏岐神漏美命以知?
八百萬神等乎神集閉爾集賜比 神議里爾議賜比?
我賀皇御孫命波 豐葦原乃水穗國乎安國登平介久
知食世登事依奉里伎
此久依奉里志國中爾荒振留神等乎婆 神問波志爾
問賜比 神掃比爾掃賜比? 語問比志磐根樹根立
草乃片葉乎母語止米? 天乃磐座放知天乃八重雲乎
伊頭乃千別伎爾千別伎?天降志依奉里伎
現代語訳にすると
高天原(たかまのはら ※天上の神々の国)にいらっしゃる皇祖神
(すめみおやのかみ ※親神様)の御命令によって、八百万(数多く)の
神々が一堂に集まり、幾度も議論が重ねられた。
こうした神々による会議・相談の結果、
皇御孫命(すめみまのみこと=瓊々岐命 ににぎのみこと)は
豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに=日本国)を平和で
穏やかな国として統治しなさい、とお任せになった。
しかし、豊葦原瑞穂国には、素直に従う神もおれば、
ご威光に従わず荒れ狂い暴れ回り、恭順を示さない神々もいた。
そこで、瓊々岐命はそうした神々に『なぜ従わないのか』
ということを幾度も問われたあと、それでも反抗し
従わなかった神々を徹底して討伐し、追い払われた。
こうして、荒ぶる神々だけでなく、言葉をしゃべっていた岩や、
樹、一片の草にいたるまで、その言葉をやめて静かになったように
国土が平穏になったので、瓊々岐命はその玉座を発たれ、幾重にも
重なってたなびく雲を激しく千切るようにかき分け押し分け、
高天原から地上に降臨された。
※参考資料 『神道行法の本』
普段、何気なく聞いている「祝詞」の多くにわが国のお国柄の根幹が述べられているのです。
また、聖徳太子が推古12年に定められた憲法17条はこの衆議公論の伝統を明文化されています。
その第一条に、一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。
現代語訳にすると
一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。
これらは「和」に基づいた衆議公論を国家の基本として太子が定められたものです。
よく識者と呼ばれる方々が欧米の民主主義の知識を振り翳されますが、わが国が衆議公論の伝統を紡いできた国家であることを国民に知らせません。
偏向報道による世論誘導で情報弱者を惑わすことに終始しています。わが国にはわが国の衆議公論のありかたが存在します。
遠い先人、神代に思いを馳せ、学ぶことが大事ではないでしょうか?
上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらんことを・・・
参考文献 戸部民夫 『日本神話…神々の壮麗なるドラマ』
『神道行法の本』 株式会社学習研究社 |
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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。 昨年の六月の出来事ですが、“猫の駅長”として知られた(本社=和歌山市伊太祈曽)貴志川線の三毛猫「たま」(メス、16歳)の社葬が、貴志駅(紀の川市貴志川町神戸)構内で神式で営まれた。全国各地から、駅長を愛した3000人以上のファンらが駆け付け、花をささげるなどして別れを惜しんだことは記憶に新しいことです。
わが国では往古の昔より森羅万象すべてを拝み崇めてきましたが、素晴らしいことです。日本では人も動物や、魚、虫、山川と一体だと信じて、人間がその上にあるという発想などありませんでした。
「たま」駅長の神式葬儀は多くの海外のテレビ局が、奇異の眼をもって取材したが、ユダヤ・キリスト・イスラム教では、人と自然は別のものであって、神がこの世界を創った時に、人に自然の支配者となるように命じているのが特徴です。
今日日本人が憧れる欧米は奴隷や、人種差別が行われてきましたが、「和」の国日本では、古来から人種差別が行われたことがなく、海外から仏教が到来すると、神仏が争わずに、「神様仏様」といって混淆(こんこう)した歴史があります。海外のように宗教抗争や、奴隷制度が行われたこともなく、何事においても差別しない文化が日本の精神の特色です。
江戸末期、わが国は鎖国を解き、わが国は開国しました。
明治時代の日本には、欧米からたくさんの考え方や技術が一気に入ってきました。ダムが決壊して大量の水が一気に流れ出したような勢いで情報や文化が流入してきました。それらを理解し国づくりに役立てるためには翻訳しなければならず困ったことがおこりました。
当時、西洋語にあって日本語にない概念が多く存在しました。現代でもそうですが、似たようなことばが見つかっても、日本語と英語とでは、概念の範囲がずれているのです。概念としてずれているということは、西洋語の意味にぴったり合う日本語の単語は「ない」ということと同じであり、このような事態に対して、まったく新しいことばを作ったのが明治の造語です。それまで日本語にあった似た意味の言葉で代用したりして、訳語を決めていった。そのようにしてできたことばの多くは、それ以後、西洋の単語に対応することばとして、日本語の中に定着し、いまでも使われている漢字です。
欧米の語彙をもとに日本でつくられた語
亜鉛 暗示 栄養 遠足 温度 概算 概略 会談 会話 回収 改訂 拡散 活躍 関係 観点 間接 直接 寒帯 基準 協会 共鳴 強制 金婚式 銀婚式 緊張 空間 契機 経験 系統 化粧品 原則 現役 現実 現代 効果 高潮 肯定 国教 固定 採光 雑誌 作用 時間 刺激 指導 実感 失恋 資料 宗教 集団 出版 常識 承認 進度 新聞記者 制限 清算 性能 石油 積極 絶対 接吻 宣伝 総合 促進 体育 体操 代表 対象 単位 探検 単行本 電池 伝統 農作業 背景 否定 否認 必要 批評 評価 標語 不動産 方式 本質 蜜月 目的 目標 理想 理念 了解 類型 運動 改革 階級 解散 幹部 議員 議院 議会 企業 協定 金融 銀行 共産主義 社会主義 業務 共和国 組合 警察 景気 経済恐慌 軽工業 決算 権威 現金 公民 広告 工業 下水道 上水道 高利貸 国税 債権 施行 思想 市長 自治領 指数 事務員 実業 資本家 社会 重工業 消費 商業 証券 情報 所得税 人権 信託 進歩 人民 政策 生産手段 政党 選挙 総理 代議士 闘争 同士 法人 無産階級 輸出 立憲 労働組合 労働者 基地 軍国主義 国際 将軍 退役 領海 領土 冷戦 幹線 航空 終点 出発点 乗客 速度 鉄道 電車 電報 道路 飛行機 医学 遺伝 意訳 概念 科学 化学 学校 学生 仮定 擬人法 客観 教育学 教科書 教養 経済学 形而上学 原子 原理 元素 建築 講演 講座 講師 光線 酵素 個体 質量 社会科学 主観 進化 進化論 心理学 水素 成分 退化 単元 蛋白質 窒素 抽象 直径 定義 哲学 電子 電波 電流 図書館 物質 物理学 平面 方程式 放射 母校 密度 唯物論 要素 理論 倫理学 論壇 論文 論理学 黄熱病 看護婦 神経衰弱 伝染病 百日咳 病院 保健 演出 歌劇 喜劇 銀幕 芸術 図案 展覧会 美術 舞台 漫画 (2013.ワック出版『歴史通』5月号宮脇淳子「歴史エッセイ」より転載)
「神話」も明治訳語の一つで、それまでは「ふること」といいました。
今日の日本語のなかには、おびただしい数の明治訳語が我が物顔をして、氾濫し、闊歩しています。
たとえば、音読みの熟語「幸運」が漢語、「ラッキー」が外来語、「幸い」がやまと言葉です。まだまだ知らず知らずのうちに我々はやまと言葉を使っています。
「ごきげんよう」は少し前のNHK朝ドラ「花子とアン」で繰り返し使われた挨拶の言葉で、ここちよい響きが印象的でした。
漢字では、「ご機嫌良う」で、意味としては「次回会うまでご機嫌良くお過ごし下さい」=「お元気で」といった気持ちが込められています。
童謡 - ふるさと
動画は不朽の名作、唱歌「ふるさと」です。
最近の小学校では、唱歌はあまり教えなくなったと聞いています。
唱歌「故郷」は、誰もが聞いたことのある心の歌であると思います。
この歌は、長野県中野市(旧豊田村)出身の高野辰之氏によって作詞され、高野氏が生まれ育った地の風景が、歌詞のモデルとなっています。 この唱歌は多くの日本人のこころに響く名曲です。その理由の一つが歌詞のすべてがやまと言葉であることです。
やまと言葉も最近の学校ではほとんど教えなくなりました。
やまと言葉とは往古の昔、我々の祖先が創り出したわが国固有の言葉であり、悠久の昔より連綿と紡いできた、伝統の上に生まれた言葉です。
「山」「川」「夢」「ふるさと」これらみんなやまと言葉です。
現在の日本語の単語は三種類、残るふたつは漢語と外来語ですが、漢語は支那語から採り入れた言葉で、「山地(さんち)」「河川(かせん)」などがわかりやすいです。
「ふるさと」も漢語では「故郷(こきょう)」となります。
漢字の読みで言えば、音読みで発音される言葉が漢語、訓読みがやまと言葉です。外来語は支那以外から来た言葉で、多くはカタカナ表記で表されます。
「故郷(こきょう)」よりも「ふるさと」が日本人の心に染みるのは、わが国の美しい風土のなかで生まれたもので、やまと言葉そのものが祖先よりの送りものであり、一音一音が祖先の感性が投影されたものです。
最近は造語能力に富む支那語おしゃれで格好よい外来語に押されて、長く長く使われ、愛され、祖先からの贈り物であるやまと言葉が使われていないのを残念に思います。
言葉の乱れは世相の乱れとも言います。
やまと言葉は美しい潤いのある言葉です。
うつくしい言葉にふれると、気持ちがよくなり、まるで心が洗われるようです。
ではやまと言葉とは、どんな言葉なのでしょうか?。
わかりやすく言えば、万葉集に収められた歌は、わずかな例外はあるものの、ほぼすべてが大和言葉です。誰もが一度は耳にしているであろう明治期に作られた唱歌も、ほとんどにやまと言葉が使われています。
唱歌が長く謡い継がれ、万葉集が不朽の名作と言われる由縁はわが国独自の言葉だからなのです。
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「これ、へイトスピーチだろ」
「何、このキチガイ!」
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ヘイトスピーチ抑止、条例案可決へ…大阪市議会
民族差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の抑止を目指し、大阪市が市議会に提案した全国初の条例案が、早ければ15日にも可決・成立する公算が大きくなった。
議会側には慎重意見もあったが、市長与党で最大会派の大阪維新の会が提示した修正案に対して共産などが賛成する方向で調整を始め、過半数を確保できる見通しとなった。
例案は、橋下徹前市長が昨年5月に提案。学識者による審査会の調査に基づき、ヘイトスピーチを行ったと認定した者の氏名や団体名を公表するほか、被害者が訴訟を起こす場合に必要な費用を貸し付けるとしていた。
だが、市議会では、市長が審査会委員を決めることに異論が噴出。訴訟費用貸し付けについても「訴える側だけに貸し付けるのは不公平」との指摘があり、継続審議になっていた。(2016.1.8読売新聞)
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今週15日に大阪市で全国初のヘイトスピーチ条例が可決しそうです。これは全国に広まっていく可能性がありますので注視すべきです。
「訴える側だけに貸し付けるのは不公平」とありますが、ヘイトスピーチを法や条例にすること自体が不公平なことなのです。
なぜなら被害者は常に日本人だからです。
彼らの理屈で言うと在日は被害者にはならないのです。
日本人が在日に何か言って、在日が「ヘイトスピーチだ」と言うと、その日本人は認定されて名前も公表されて社会から「ヘイトスピーチ」のレッテルを張られるのです。
しかも在日は市の公金(税金)を使って裁判する“特権”も得る条例です。その費用は裁判で勝って賠償金で返せばいいのです。
ヘイトスピーチ条例が出来ると在日は余計調子に乗ります。いい気になります。朝鮮人はそういう民族です。それに対して日本人がどこまで大人しく我慢できるかです。
というか、ここは日本なのですから、日本人が我慢する必要はないのです。
日本人が我慢をしなければならないような条例をつくること自体、間違っているのです。
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