「はじけろ煎茶道」

「愛と勇気の煎茶」を目指す松月流家元渡辺宗敬のblogです。煎茶の心は、和のこころ。超保守的解釈で煎茶道を志して居ります。

一煎一話集

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《一煎一話集》桃李不言 下自成蹊

「桃李不言 下自成蹊」
〜桃李は言わず下自から蹊(こみち)を成す〜
 
桃や李(すもも)は、美しい花を咲かせ、人々はその花を一目見ようと集まってきます。そして美味しい実がなれば、その実を食べようと集まる人で道ができます。でも、花や果物が喋ったり、手招きをしたという訳ではありません。それでも、香りと味の魅力に人々はやって来ます。
 
■その昔、中国の李将軍の素晴らしさを司馬遷が評したときに用いた一言です。(史記)
 
日本でも数多くの引用がなされ大変有名な言葉です。
 
一般的には…
「桃李もの言わざれども、下自から蹊を成す」と読み下されます。
 
しかし、かの芥川龍之介は…
「桃李もの言わざれば、下自から蹊を成す」と読み下しています。
 
桃や李はものを言わないからこそ、徳が高いのだと仰って居ります。寡黙を美徳とし、不言実行を旨とした古き良き時代の男らしい考え方ですが、この言葉の如く地道に徳を積んでいきたいと願うものです。現在、松月の仲間を減らすばかりで、中々に会員を増やす事の出来ない不徳を恥じ忍び揮毫させて頂きました。しかし、何かと賑やかな現代社会に於いて、声の大きい者、恥を知らぬ者が威張り、大きな顔をして歩く世の中を、苦々しい思いで眺めて居ります。この様に、荒んでしまった現代社会だからこそ、「洗心の茶」心を洗い清めるお茶の一時が大切だと感じて居ます。心の籠ったお茶には、千万の言葉にも勝る思いが伝わる瞬間があります。こんな世の中に、一煎のお茶を以て、一石を投じるのが、我々煎茶人の役目と信じ、精進して参りたいものです。
 
平成二十七年八月吉日  煎茶道松月流 家元  渡辺宗敬
 
 
お・ま・け
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この写真に写る急須は、常滑焼の新進作家・山田想さんの作品に為ります。おじいちゃまに、人間国宝の故・山田常山さんを持つだけに、腕前は天才と言っても過言ではない才能の持ち主です。チョッと小生意気なところもありますが、若さ故の勢いにも感じられます。そして、その若さに、「同じモノを作って居ても、今の時代に合わせた商品価値を高める努力が必要」と、逆に教えられました。
 
現代煎茶趣味の確立は、急務です。歴史と伝統の継承。そして、新しい感覚の融合を目指して取り組んでます。そこで、色紙とは別に、こんな「ポストカード」を作ってみました。日本の伝統文化の多くは、わび・さびや粋(いき)と言う静かな世界感が背景にあります。どうしてもビジュアル的に弱いので、押し出しを強くする必要があるので、そこは悩みどころでもあります。背骨と申しましょうか?本筋を弄らず、少しずつ時代に合わせて、出来る事から改めて行く努力をしてみたいと思って居ます!!
 
お蔭様で、今年は、桃を沢山頂戴致しまして、美味しく頂きました。桃李の如くありたいものです。so-kei♪
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《一煎一話集》竹有上下節

松無古今色…まつにここんのいろなし
竹有上下節…たけにじょうげのふしあり
 
 
 この言葉は、よく別々に揮毫されますが、対の句となって居ります。松は「松樹千年の翠」と言われるように、そのみどりを古今に変わりなく一様に保ち続けます。竹は上下の節があり何時でもはっきり区別があります。禅の解釈では、この二つの相対する句によって、正しい平等と不平等が表されるとされています。

 一つには、大自然の前、神仏の前に於いては如何なる人間も動物も植物も生きとし生けるもの全てが平等であります。しかし、ひとたび神仏の手を離れた瞬間、そこには節度を持った関係が要求される事になります。

 親子の関係であれば、親は子を守り、子は親を慕う事によって絆が生まれます。日本の古来からの伝統に鑑みますと「尊敬」と「謙譲」のこの二つによって人間関係は成り立っているのですが、ここを忘れて自分勝手に生きてしまっている人が増えました。出来る事ならば、分相応・身分を弁えた暮らしと言うものを取り戻していきたいものだと願って居ります。

 さて、我々煎茶人にとっての「竹」とは、どんな意味を成すのでしょうか?どこまでも真っ直ぐに天にも届きそうな勢いの良さ、風に吹かれてそよぐその姿の心地良さ、そしてどんな風にも負けない柔軟さ、力強さ、これら総てが私達を魅了して止みません。そして、これらは須らく竹に上下の節が有るからこそであり、その枝葉を支える為に縦横無尽に張り巡らされた根っ子があるからに相違ありません。これは、人間に置き換えても同じ事が言えます。祖先から受け継いだ歴史と伝統と言う根っ子があり、人生に於いては節目があり、それを受け入れ、乗り越えてこそ、真の強さと喜びが生まれるものだと信じて居ります。

 日本には、素晴らしい自然と四季があります。「春夏秋冬」の季節の移り変わりも一つの節目でしょう。歴史に培われた五節句と呼ばれる行事も大切な節目です。入学に卒業、更に出会いも勿論新しい節目となります。結婚・出産、誕生日や記念日も大切に過ごして参りたいものです。これら様々な人生の節目に、一煎のお茶が新しい輝きをもたらしてくれる事を強く願うものです。

 竹林に思いをよせる時、風の囁きと笹の葉の擦れ合う声に大自然と一体となって暮らして来た古えの文人の気持ちに帰ってみて下さい。そして、大いなる宇宙と心を繋げてみたいものです。一煎のお茶で、心に清らかな風が吹きます様に…。
 
                                       煎茶道松月流 家元 渡辺宗敬
 


 
下手な字を書き生活の糧とさせて頂いて居ります。その中に、私自身の思いを込めたメッセージを入れさせて貰ってます。その時々の思いなので、自分自身の成長と共に内容も変わる事もありますが、その心はいつも一つです。そして、時々読み返す事もあるのですが、中々に立派な事を書いている割に成長しない自分に反省致すものです。恥の上塗りの様な人生ですが、謙虚に受け止め、自らの信じる道を進みたく願うものです。
 
しかし、この頃、改めて思いますのは、同じ言葉であっても受け取り方によっては、全くの別のものに為ると言う事です。文中にもあります「平等」と言う言葉ですが、これは本来日本人ならば誰しもが持ち得た素晴らしい伝統なんですが、西欧風のインチキな垢に塗れてトンデモナイ解釈がまかり通る世の中と為りました。
 
人間とは、そもそも自由でも無ければ平等でも無いのですが、だからこそお互いがお互いを思いやって、それぞれが分相応に感謝して暮らしてきたのが、日本人の英知でした。ところがルソーやマルクスが言うところの哲学によって、「恨み・辛み・妬み」と言った歪んだ精神が、これら大切な言葉を汚らわしく上書きしてしまいました。
 
残念ながら、これが明治以降行われた欧米化の一番の弊害だと思っています。お茶の世界には、「茶席の上での平等」と言う言葉があるのですが、これは立場の違いがあるからこそ成り立つ文化であり、立場の差を乗り越えてこそ成立する素晴らしい伝統だと信じるものです。今時の味噌も糞も一緒の平等とは、質が違います。
 
敢えて言わせて貰えるのなら、日本人には尊敬と謙譲で結ばれた、平等よりももっと素晴らしい伝統があります。これが、「和の心」に導かれた真実の人間の関係です。更に日本には、「ナガサキ」と言う言葉があります。「ナ」とは「アナタのナ」です。私よりも、あなたが先と思えた時、人生に光が差します。
 
お茶の世界は、先輩・後輩の上下関係も煩く、完全なる縦社会です。私自身、長い間「茶席の平等」について悩んできました。けれど、威張らず驕らずに、相手が一歩引けば、自分はもう一歩引き、どこまで行っても、相手よりも上に行かないと言うのが、古来からの日本人の英知みたいです。尊敬と謙譲、感謝の心と思いやりの心で結ばれる仲間を増やしていきたいものですね!!人間なんて、結局は理屈じゃなく「こころ」です。
 
では、下がるばかりで良いのか?こちらが頭を下げているのに、それを踏みつけてくる無法者には正しい対処が求められます。話して分かる相手には、上手に諭して上げるのも正しい関係を維持する為には必要です。ただし、話しても分からない連中には、時に鉄拳もやむなしかも知れません。「馬鹿に、馬鹿と言える日本人に為りたい」ものです。「お前こそ…」と言われそうですので、今日はこの辺りにて失礼致します(笑)。
 
今日の出逢いに感謝です。嘘の平等に「NO!」を突き尽きてやりましょう(^^)v  …by so-kei♪
 
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「歴史を繋いで行くという事」〜今の私達「松月の仲間」が目指すべき世界〜

ここに一枚の写真があります。もう彼是、数十年前の豊川稲荷での献茶式の風景です…。
 
初代家元の威厳に満ち堂々としたお姿と、周りを取り囲む高弟の先生方の張りつめた緊張の面持ちながらも、凜として清々しくも美しい居住いに心動かされる一枚です。
 
今年3月に「歴史を繋いで行こう」と言う高い志の下、東京・九段下にあります「靖国神社」へ、献茶式を奉納させて頂きました。現在の日本に於いては、「自虐史観」とも言われる自らの歴史を卑下する歴史観が教科書をはじめ、マスコミ・市民団体から流布され、自分達の歴史や祖先に誇りや敬意を持てず、胸を張って生きることすら否定された日本人が育っています。私は、この現実から逃げる事無く、綺麗事と言う名の偽善で隠したりせず、真実の歴史を学び祖先の汚名を晴らし名誉の回復に努めたいと願っています。
 
近隣諸国がどう言おうと、戦前戦後、そして明治維新と言う二つの壁を乗り越える事が出来れば、江戸時代の粋な文化、侘び寂びの茶文化が花開いた安土桃山時代、平安朝の雅な世界へと繋がり、振り返るほどに素晴らしい歴史と伝統を抱く国だと気が付くはずです。そして、漢字からひらがなを作り、更なる表現方法を手に入れた日本語。また、正倉院に今も残る御物が証明する様に、世界中の文化を取り入れ大切に育み、その上澄みを掬い取り、更なる高みへと昇華させてきた伝統を持つ国です。この根底に流れるオリジナルを「和」と呼ぶのだろうと考えています。そして、ここに至る「道」こそが、私達の愛する煎茶道の「ミチ」と信じるものです。
 
今年は、煎茶道の祖と呼ばれる高遊外賣茶翁の没後250年の節目の年にも当たりました。歴史とは、振り替えれば一本の大きな道です。そして、自らの人生が途切れた事がない様に、私達の祖国「日本」の歴史も途切れる事無く幾千年もの時を刻んで居ります。言い換えるならば、今を生きるものは、祖先や先輩方が築かれた道を歩ませて頂き、その諸先輩方と歴史にこそ守られて暮らして居ります。まずは、松月流の諸先輩方に感謝と憧れを以て目標として近づいていきたいと考えています。そして、賣茶翁の「清風の心」、いにしえの日本人から脈々と受け継がれた「和の心」へと繋いで行きたく願って居ります。
 
 
煎茶道松月流 三代家元 渡辺宗敬  
 


 
大掃除の季節ですが、はかどってますか??
我が家では、こんな写真が出て来ました…。
 
この所、「歴史を繋いでいこう」と言う目標の下、様々な行事やイベントを開催させて頂いて居りますが、我が国には振り返れば振り返る程に素晴らしい歴史と尊敬出来る方々が居られます。その歴史を繋いく第一歩が、家族であり、先輩です。一昔前の写真ですが、僅か週十年前には、こんなにも凜とした日本人が沢山いらっしゃいました。この写真を見て、感動すると共に「自分自身、そして私の流派は、今一度こうありたい」と強く願いました。
 
年末年始に当たり、今年の反省と来年への抱負を兼ねて、この一文を掲載させて頂きます。過ぎゆく1年と又新たに始まる1年と歴史の1ページが開かれる瞬間です。大切なものは、いつまでも繋いでいきたいものですね。
 
今年1年間、本当にありがとうございました。又、来年も宜しくお願い致します!!…by so-kei♪
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七夕祭り「星に願いを…」

 七夕祭りを別の名で、乞巧奠と申します。乞巧奠の「乞巧」とは巧みを乞う事、「奠」は祀ると言う意味です。牽牛・織女の二つの星の願いがかない、年に一度この日に会えるという伝説から、裁縫や書道の上達を祈る祭り「乞巧奠」へと発展していきました。日本でも記録上では奈良時代以前から、宮中を初め年中行事として行われてきました。
 また、現在の7月7日を、旧暦に直しますと一ヶ月から一ヵ月半のずれが生じますので、本来の「七夕」は秋の始まりのお祭りと言う事になります。日本古来の「たなばた」祭りは、お盆の始まりであり、先祖への供養の行事でありました。古代の日本人は、人間が死ぬと星になると信じていました。その夜空に輝く祖先の星へ、お供物をお供えして感謝を示すと言うのが本来の意義であったと捉えるべきでしょう。
 そこに、織姫と牽牛が出会う中国からの星伝説と乞巧奠のお祭りが結び付き、江戸時代になると正式に五節句の一つに制定され、現在の笹竹に願いごとを書いた五色の短冊や飾りを吊るし、軒端に飾るお祭りへと変化してきました。五色の色ですが、陰陽五行説に基づき、「赤・青・黄・白・黒」の色を指します。嘗ては、五色の糸をお供えしていた訳ですが、時と共によりカラフルな短冊へと変化していった様子です。
 七夕の次の日「七夕送り」と言う風習が日本各地に残っていますが、祭りに使った笹舟や供物を川や海に流したりする習慣は、お盆の前に穢れを祓う禊の意味合いも含まれて居ます。又、毎年8月に東北地方で行われる「ねぶた祭り」などは、この流れをくんでいます。
 いずれにせよ「七夕・乞巧奠」に限らず、星空の美しさは古今東西変わりなく、大宇宙を見上げ星に願いを掛けると言うロマンに溢れています。私は、毎年富士山に登り山小屋に泊まりますが、3000m上空から眺める夜空の星空は圧巻で、「天の川」が見事に描き出されます。そんな時に、古来よりの星祭の伝説を想いかえしております。願い事や夢は、幾つになっても持ち続けたいものですね。そして、沢山叶います事をお祈りしまして、ご挨拶に代えさせて頂きます。              
煎茶道松月流 家元 渡辺宗敬 


 
この頃、「日本人って何なんだろう」と言う疑問をいつも持ちながら過ごして居ります。
 
教科書を紐解けば、何でもかんでもお隣の支那・朝鮮から文化を貰ってきた事になって居ります。しかし、この「七夕祭り」にしても、「七夕」と書いて「たなばた」と読ませるところからしても、漢字伝来以前からのお祭りが大元にあり、そこに大陸からの新しい文化を取り入れ発展させて来たと見るのが自然ではないでしょうか?私自身は、そう解釈致しております。
 
漢字から「ひらがな・カタカナ」を作り、漢字かな混じりの文章へと発展させ表現の豊かさを獲得したのを初め、我が国は様々な文化を世界中から取り入れ、それを更に高い段階へと昇華させてきました。その根底にあるオリジナルを「和のこころ」と呼んでいます。これは、目に見えるものではなく、心の中に深く刻み込まれているものだと感じています。そして、目に見えないからこそ、見つけてみたいですし、感じてみたいといつも願っています。
 
しかし、そうやって思って居りますと、ところどころで姿を変えて、この「和のこころ」と言うものが現れて来ます。「和風」と呼ばれるものが有ります。これは、まさに他国の文化を日本風にアレンジしたものを指しますが、正しくは「和のこころを以って、他国の文化を成仏させる」と訳すのが正解だと思っています(笑)。
 
ところが、現在の日本に於いては、欧米は言うに及ばず、支那・朝鮮の悪い所ばかりを真似して優れた文化を破壊して居るだけの人が増えてしまいました。そこには、恐らく全てを覆い尽くしても余りあるであろうとする「大和のこころ」がスッポリと欠如してしまった人の大量発生が原因ではないだろうか?と疑っています。
 
日本人とは、何だろうと?問えば問うほど、この「大和心」に尽きると思います。日本列島に生まれたから「日本人」なのかも知れません。国籍が日本であれば、日本人だろうと考えるのは普通です。しかし、この「和のこころ」の欠如した日本人なんて、日本人と呼んでよいのでしょうか。お前は、何人だ?と言う話です。
 
この話を致しますと、「そもそも日本列島には人なんて住んでなかった」「大和民族なんて存在しなかった」「結局、古の日本人は混血を繰り返し現在に至った」と仰る方が居ます。私は、逆に言わせてもらえば、それならば如何なる人種をも取り込みまとめ上げてきた力の源こそが「大和心」であり、和の文化の証明と為るの筈です。
 
現在の我が国は、歴史を取り上げられ文化不毛の地へと成り下がろうとして居ります。しかし、学べば学ぶほどに、素晴らしい歴史と文化を持っているのが、私達の住む「日本」です。是非、この思いを繋げて、日本人の叡智の象徴であり、原点でもあります「和のこころ」へと至りたいものです。ここに至る過程を「道」と呼びます。
 
私は、煎茶道の家元をさせて頂いて居ります。この煎茶道の「道」も、この「和のこころ」へと至る道であると確信致すものです。情緒と風流を極めると共に、そんな心を思い起こさせる一煎のお茶を淹れて参りたいものです。
 
嘗て、七夕祭りにお供えしていた五色の糸が繫がる先は、ご先祖様であり、この「和の心へと」導いてくれるものだと信じて居ります。この「日本人らしさ」を取り戻した時にこそ、我が国は再び輝き始めるものと確信致しております。一煎のお茶は、心を清め曇りを掃います。是非、心に満点の星空を描いてみて下さい。
 
こんな願いを込めながら、今年の七夕祭りは夜空を見上げて居りました。この先、月遅れの七夕、旧暦でのお祭りも御座います。様々な願い事が有る事と思いますが、心の片隅に「日本の未来」を一緒に夢見てみて下さい。一杯のお茶が、歴史の縦軸を思い起こさせ、今を生きる私達一人ひとりを繋いでいく事を願っています。
 
…と言うよりも、繫がって居るんです!ここに気が付くか?どうかで、自らの「たましい」が輝いてきます!!
 
日本人とは、この「大和心」に至った者、又は至ろうとする者。なのかなぁ?と思う次第です。…by so-kei♪

日々是好日

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一煎一話集「日々是好日」

日々是好日 〜ひびこれこうじつ・にちにちこれこうにち〜
 
 
 日々是好日、慣れ親しみのある言葉ですが、改めて見直してみますと何とも赴きの深い言葉だと気が付かされます。「ひびこれこうじつ」とお読み上げ頂いても、禅の言葉らしく「にちにちこれこうにち」と読みくだいて頂いてもどちらでも結構だと思います。

 お煎茶の味は人生と一緒で、甘苦渋と申しましてその複雑な味わいは、何度淹れても一度として同じにはならないと言う事です。美味しく出る時もあれば、そうでない時も多々有る訳でして、それが難しくも楽しい一時となります。勿論、一向に上達せずに、辞めていかれる方もおいでですが、長くお稽古を続けられてらっしゃる方に共通するのは、「お茶だけではなく人生を楽しんでいる。」と言う事に尽きます。楽しいだけではなく辛いのも人生、良い時があれば悪い時があるのも人生。これらを全て呑み込んで過ごしていらっしゃいます様にお見受け致しております。

 お煎茶を美味しく淹れられた時には満面の笑みで、失敗してしまった時には「今度は、上手に淹れましょう」と照れ笑い。お客様も一緒に笑顔で挨拶を返します。いつの時にも、笑顔を絶やさない素敵な人柄こそが煎茶人と呼ばれるに相応しい方と信じて居ります。

 そして、本当に悲しい時には涙を流せばいいんです。涙の後に、また新しい人生を歩み出して参りましょう。一杯のお茶には、心が籠もります。嬉しい時には嬉しい味が、悲しい時には悲しい味が沁み出します。その人の人柄、その時々の心を頂戴するのが、本当のお茶です。美味い・不味いがお茶の味ではありません。酸いも甘いも総て汲み取って心と心が触れ合う瞬間、そんな「お茶」を楽しんで頂きたいのが、私の願いです。

 その為には、真の優しさと強さが必要です。ここを養ってこそ人の道であり、茶道・煎茶道の「道」の行き着く先です。相手を思いやる優しい気持ち、その気持ちに応える感謝の心を育ててこそ素晴らしい人生と呼べます。稽古は、人を作ります。「形を学んで、心に至る。」古来よりの日本の伝統です。頭で考える事も重要ですが、心で感じてこそ日本人に生まれた甲斐があると言うものです。

 昨日の風は今日の風、今日の風は明日に繫がる風です。歴史に途切れる事が無いように、人生も然りです。また、この風は、私達一人に吹いている訳ではありません。沢山の人の流れの中を吹いているのが世の流れです。歴史に学び、人に学ぶ。歴史の繋がり、先人祖先との繋がり、新しい繋がりが生まれ沢山の「絆」の中でこそ人は強く成れるものです。ご承知の通り一見何の関係も無さそうな事柄も、全てのものは須らく繫がっています。

 だからこそ、いつの日も笑顔を絶やさず参りましょう。どんなに辛い時であっても、この笑顔に繫がっています。この好き日は、思い出の中に仕舞わずに、未来に取っておく必要もありません。だって、今この瞬間だからです。
 
 
 
今日も明日も明後日も、この好き日と為ります様に・・・
 茶禅一味と申しますが、日々是精進との思いでお過ごし下さいませ。

             平成辛卯 十一月吉日           煎茶道松月流 家元  渡 辺 宗 敬
今回から、新しくスタート致します「一煎一話集」。写真や画に、私の拙い思いをのせて茶話を綴っていこうと思っています。日本人の心、お茶の心、様々な角度からお話を進めて参りたいと存じます。第一回目は「日々是好日」から始めさせて頂きます。豪そうな事を沢山並べましたが、私も厄年・大殺界・天中殺・八方塞の最悪の雲気の中、グチグチと過ごしておりますが、笑って過ごしても一日・泣いて過ごしても一日!同じ一日なら元気一杯に過ごして行きたいなぁと、思いの丈を綴ってみました。
 
捨てる神ありゃ拾う神在りとも申します。厄年云々と宣伝しておりましたら、京都でご活躍の清川吉兆先生が、厄除けのお茶碗を贈って下さいました。何でも、御目出度い吉祥文様を茶碗の外にも中にも是でもか!と書き清め下さった一品だそうです。これでお茶を飲めば勇気100倍ですね!題字は、拙者so-kei♪によります筆汚しで御座いますが、皆さんの所にも幸せと元気が届きますように祈っております!!!
 
一煎一話集・・・一冊の本に纏めるのが夢です!ご意見・ご感想、参考にさせて頂きます。by so-kei♪

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